第26話

「よ、よかった! ティア!」


 その報告を聞き、急機動の連続で息も絶え絶えだった宿の若女将に気色が戻る。


「ミスター・ジンデル! アナタガタノ主ハ、我々ノ仲間ガ捕ラエマシタ! コレ以上ノ争イハ無意味デス! 地上ニ降リマショウ!」


 ポーケントッターが喜悦に満ちた声で、渡り合っているもう一機のソウルアーマーの搭乗者に呼び掛けた。


 しかし相手からの応答は、ポーケントッターと、さらにはメロディの予想を超えていた。


「――あんな卑怯者がどうなろうと知ったことか! 殺すなら殺すがいい! 俺は構わん! それよりも目の前で朋輩を墜とされ、このまま黙って地上に降りられるか! 『白銀の稲妻』、アーマードライバーの誇りを懸けて、いざ尋常に勝負しろ!」


 これにはポーケントッターもメロディも、面食らうしかなかった。

 首謀者である『仮面の男』の人望の低さが、ここまでとは――。

 完全に当てが外れた。

 急ごしらえのティア救出作戦はこれ以上ないほど上手くいったのに、戦いだけが終わらない。


「や、やめて下さい! わたし達が戦う理由なんてないんですよ!」


「そちらになくても、こちらにはある! 屑とはいえ上役を捕らえられ、朋輩を墜とされたまま、何の抵抗もなく降伏したとあっては、俺のアーマードライバーとしての名誉が守れぬ!」


「そ、そんな理由で!」


 メロディは罵った。

 そして同時に悟った。

 これがいつまでも戦争が終わらない理由なのだと。

 この面子だの名誉だのと言った人間特有の概念・感情の存在が、いつまでも戦争がなくならない理由なのだ――と。


 汚された面子は拭わなければならない。

 貶められた名誉は挽回しなければならない。

 人間同士の争いなど、とどのつまりはその程度のくだらない理由で繰り返されているのだ。


 ――相手を打ち負かして、征服して、自分の名誉を上げ、面子を守って満足する!?


「そんなに戦争がしたいなら、おもちゃの兵隊相手に部屋の中でやってて下さい!」


 メロディが叫んだ。


 呼応するように、ポーケントッターがジンデルの機体に斬り掛かる。

 しかし、空中での戦闘はジンデルも慣れていた。

 加えて、ソウルアーマー単体で戦わなければならないポーケントッターに比べて、ジンデルは自身のアーマードライバーとしての技量を、機体の戦闘力に加えることが出来た。

 ジンデルとその愛機は、共に過酷な戦場を潜り抜け、強い信頼関係に結ばれていた。

 ソウルアーマーは、自らを操るドライバーとの絆が強ければ強いほど、強力な戦闘力を発揮すると言われている。

 ジンデルと彼の愛機との間には、その絆があった。


 ポーケントッターは空中での不利を悟って、地上へ逃れた。

 空中三次元での戦闘よりも、地上二次元での戦闘の方が、まだドライバーの差を埋められる。


「地上ニ降リマス!」


 ポーケントッターの声が聞こえるがメロディは答えられない。狭苦しいクックピットの中で振り回されて、気息奄々だった。

 心の中で滾る怒りだけが、彼女に意識を保たせていた。


 ジンデルが瞬間ターンを警戒しながら、ポーケントッターを追尾する。

 ポーケントッターは、隙のないジンデルに逆撃を加えることが出来ぬまま、地上に降り立った。ジンデルが続き、二機のソウルアーマーは今度は大地の上で対峙した。


 間髪を入れずに、ジンデルが仕掛ける。

 草地を削って、二機の鉄巨人が斬り結ぶ。

 ポーケントッターは焦った。

 これ以上は、中のメロディが持たない。

 ナントカ――ナントカ決着ヲ着ケナケレバ!

 ジンデルが右手の光剣で、必殺の突きを入れてきた。

 ポーケントッターは左手に形成した光刃で、その突きを外側に受け流す。


 今度は、ポーケントッターの番だ。

 右手のプラズマセイバーが煌く。

 もちろん、ジンデルも読んでいる。

 経った今ポーケントッターにやられたのと同じディフェンスで受け流そうとする――。

 その時メロディは、朦朧とする意識の中でただただ怒っていた。

 目の前のソウルアーマーに、アーマードライバーに、自分の生きる国に、社会に、世界に、ただただ怒っていた。


 そして撲ってやりたかった。

 自分や、自分の大切な人たちに、こんな理不尽さを強要する『何か』を、ただただ撲ってやりたかった。

 その思いが、握りしめる操縦桿を通じて『生体カプラ』であるドライバーシートに伝わり、そしてポーケントッターに届いた。

 右手で形成している光剣が、掌を包み込むように変化した。


「いい加減に――いい加減にしなさい!!」


 スパンク平手打ちが振り下ろされる。

 てっきり斬り掛かられるか突かれるかと思っていたジンデルは、ポーケントッターのその動きに虚を突かれ、一瞬防御が遅れた。

 ジンデル機の左手を掻い潜り、プラズマの平手打ちが、強かに相手の横っ面を叩く。


 装甲が溶解し、頭部が破壊され、鋼鉄の巨体が地面に倒れる。

 メインカメラを破壊されたジンデル機は、セイフティが掛かり、機能を停止した。

 メロディは、目の前の『理不尽』を叩き伏せた。


「はぁ、はぁ、はぁ――うっぷ! 開けて――ここを――ここを開けて下さい!」


 勝利の余韻に浸る間もなく、たまらずクックピットのハッチを開けて、外に転がり出るメロディ。

 そして今度こそ本当に、胃の中のものを全て吐いた。

 食道が、喉が、胃液で灼けた。


「うっ、うううっ……!」


 嘔吐し終わると、メロディは泣いた。

 涙と鼻水で、顔が歪んだ。

 それでも泣いた。

 こんなの……こんなのわたしの戦いじゃない!

 こんなのは、わたしの戦いじゃない!


「メロディーッッ!! パパーッッ!!」


 その時、森の中から声がした。

 顔を上げると、自分と同じように涙と鼻水で顔をグシャグシャにしたティアが、こちらに向かって一目散に駈けてくる。


「ティ、ティア!!」


 メロディも立ち上がって、走り出す。

 足が雲を踏むようで、数歩もまともに走ることが出来なかった。

 ティアは構わずに、そんなメロディの胸に飛び込んできた。

 メロディはティアの体当たりを支えきれずに、柔らかい草地の上に倒れ込んだ。

 草地に倒れながら、メロディとティアは固く抱き合った。


「メロディ!! メロディ!! メロディ!!」


「ティア!! ティア!! ティア!!」


 二人は泣いた。

 ワンワンと泣いた。


「怖かった!! 怖かったの!! ティア、怖かったの!!」


「ごめんね!! 怖い思いをさせて、本当に――本当にごめんね!!」


 そんな二人を、続いて森から出て来たサンディスや自警団の男たち。それにアーマーから分離したばかりのポーケントッターのものを含めた、二つのマジックアイが見守った。

 そして二人が泣き止むのを待って、サンディスがメロディの手をとって引き起こした。


「――さあ、ポートホープに帰るか」


「はい」「うん」


 メロディとティアが、涙に濡れた瞳で微笑んだ。

 森の中に墜落していたウルフスタンが意識を取り戻したのは、その時だった。

 ウルフスタンは、意識を失っていたのは一瞬だけだったと錯覚した。

 ポーケントッターとの戦闘はまだ続いていると思い込んでいた。

 単機で戦っている朋輩のジンデルを援護しなければ! ――とそれだけが頭にあった。


 ウルフスタンは機体を一気に上昇させた。

 すぐにセンサーが、地上に二機のソウルアーマーの反応を捉えた。

 目を向けると、緑の草原上で、僚機のジンデルがポーケントッターに打ち倒されていた。


「おのれ、『白銀の稲妻』!」


 突然の飛翔音に、ポーケントッターを含む全員が不意を突かれた。

 空を振り仰いだときには、ウルフスタンの操るソウルアーマーが、ポーケントッター目掛けて急降下してくるところだった。

 ポーケントッターは反撃体勢を取ろうとして――出来なかった。

 彼の足元には、ティアやメロディやサンディスたちがいたからだ。

 近すぎる!

 メロディたちは、全員が目を見開き、悲鳴すら上げることが出来ずに固まっていた。


 ポーケントッターは、覚悟を決めた。

 回避は出来ず、反撃も不可能となれば、あとはせめてティアやメロディたちを巻き込まないように上手く受け流すしかない。

 だが、果たしてそんな神業じみた、奇跡的なディフェンスが出来るか?

 ポーケントッターの量子頭脳が、複雑高度な演算の結果『逡巡』した瞬間、


「――任せろ!」


 ポーケントッターの物とは別の、もう一体のマジックアイ――バイロン・ヘーゼルダインのマジックアイから、少女の鋭い声が発せられた!


 直後、今まさにポーケントッターに襲い掛からんとしていたウルフスタンの機体を、横合いから高速で飛び出してきた別のソウルアーマーが、裂帛の気合いと共に斬り裂いた!

 突然の乱入者に背中のメインスラスターを斬り裂かれたウルフスタンの機体は、バランスを崩し、錐揉み状にスピンしながら、メロディたちから100メートルほど離れた草地に激突し、もうもうたる土煙を舞上げた。


「――レディ・バーミリアル! クロスフォード侯爵夫人!」


 メロディが、頭上でウルフスタンの機体と機位を入れ替えたソウルアーマーに向かって叫ぶ。


「どうやら間に合ったようだな。国中に聞こえたアーチボルト家の猛者を屠るとは、メロディ・スプリングウィンド、宿屋の女将にしてはなかなかやるではないか」


 スカーレットの声が、頭上のソウルアーマーと傍らのマジックアイの両方から響いた。


◆◇◆


「貴様が愚か者で助かった。あのような稚拙な作戦に引っ掛かってくれるとはな」


 スカーレットはヘーゼルダインの本体を巧みに操ってポーケントッターの隣に着陸させると、機体を降りて、すでに縄目を受けて草地に座らされているアーチボルト家の男の前に立った。


 スカーレットが立てたティアの救出作戦自体は、急ごしらえの実に稚拙なものだった。


 ヘーゼルダインのマジックアイによる偵察によって、森の中に二機のソウルアーマーを発見したスカーレットは、画像分析の結果、それをアーチボルト家の機体だと看破した。


 サンディスの話から、前日にアーチボルト家の使いの者が追い返されていたことが分かり、これで誘拐犯が特定された。


 それからスカーレットは、ティアを奪還するための実際の段取りを決めた。


 まず始めに、誘拐犯を油断させるために、スカーレット自身がヘーゼルダインの本体と共にポートホープを離れる。この際、ヘーゼルダインのマジックアイは連絡用に残しておく。


 次に、サンディスが夜陰に乗じてポートホープの自警団を集めて、件の森に赴き潜伏する。

 アーチボルト家側のマジックアイによる監視は、ポーケントッター本体やそのマジックアイが意味ありげに動き回ることで注意を引きつける。


 思惑通り、誘拐犯側はポーケントッターの動きにばかりに気を取られて、サンディスらの動きを見逃した(ヘーゼルダインのマジックアイは、サンディスたちに同行して連絡係となった)。


 メロディはポーケントッターと共に約束の時間に森に赴き、誘拐犯を挑発。ティアの側から二機のソウルアーマーを遠ざける。


 ソウルアーマーが充分に離れたところを見計らい、身軽なサンディスが背後より忍び寄ってティアを奪還。自警団の待つ森の中に逃げ込む。

 当初は自警団全員でティアを奪還する計画だったが、大人数では気づかれる危険性が高いとサンディスが主張し、奪還はサンディスが単独で行うことに決まった。


 最後は、パルキアに帰還したかに思わせていたスカーレットが、センサーに探知されぬよう低空で引き返し、ソウルアーマー同士の戦いにケリを着ける――。


 実に大ざっぱな作戦だったが、それがここまで見事に成功したのは、ひとえに誘拐の首謀者であるこの男の個人的資質によるものだろう。

 ああも簡単に二機のソウルアーマーを人質であるティアの側から離さなければ、救出作戦はこうも上手くは運ばなかったはずだ。

 二対一という絶対に有利な状況下で、常日頃から見下している平民に挑発されれば、その自尊心の高さ故に乗らざるを得ない。全てはこの男の個人的資質傲慢さが招いた結果だった。


 当初の目的であるポーケントッターの勧誘に失敗したどころか、主人から貸し与えられた二機のソウルアーマーのうち、一機は頭部を破壊されて中破の判定。もう一機は完全に大破して機体損失の上、ドライバーも重傷を負った。


 さらには幼い少女を誘拐するという卑劣な手段を採ったことも、ポートホープの住人たちの知るところとなった。

 噂はすぐに国中に広まるだろう。

 アーチボルト伯爵の面子は失墜したのだ。

 この哀れな男が再び主人の前に立てば、もはやその命はないはずだ。


「愚かか……」


 男が呟いた。


「確かに我が輩は愚かだ……しかし本当に愚かなのは、果たして誰でしょうな」


「どういう意味だ?」


「すでに国王陛下によって対メンデーム戦に備えた動員令が下された。我が伯爵家への仕官を免れても、どの道ポーケントッターは戦場に出るしかない。王命に背けば、そこの娘は反逆者の子となる。戦争がある限り、あなたがご贔屓のポーケントッターは、『ソウルアーマー』である運命から逃れることは出来ないのです」


 そして男はくくく……と、力なく笑った。


「我がアーチボルト家に仕官しておれば、伯爵の自慢の逸品となり、前線に出ることもなく、その娘とも末永く暮らせたものを。まったく馬鹿な真似をしたものだ。くくくく……ははははは」


 誘拐犯たちは、自警団によってポートホープまで引き立てられた。


 メロディ、ティア、サンディス、ポーケントッター……そしてスカーレット。


 残された全員の胸に、後味の悪さだけが残った。


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