第18話

 翌日もティアは、元気に学校に向かった。


 赤いリボンのついたオシャレな麦わら帽子を被り、お気に入りの鹿革の靴を履いて、肩から斜めに以前にメロディが学校に通うときに使っていた鞄を提げて、50分余りの道のりを胸を張って歩いて行く。


 そして教室に入ると、大きな声で挨拶。


「おはよ~ございます!」


「おはよ~」


「おはよ~」


 すでに仲良くなった級友たちが挨拶を返してくれる。挨拶を返してくれるのはやっぱり女の子が多かった。

 ティアが窓際の自分の席に着くと、挨拶を返してくれた級友たちがやってきて、ティアがまだ知らない学校の話をしてくれた(級友の男児はティアを怖がらせようと、学校に取り憑いているという幽霊の話をしたが、ティアはむしろ目を輝かせて興味を持った)。

 やがて授業の開始を告げる青銅の大鐘がゴ~ンゴ~ン♪ と鳴り、級友たちは自分の席に戻っていった。


 先生はまだ来ない。


 昨日もらった時間割りによると(ティアは修道院育ちなので、聖典を読むためにある程度の文字はすでに習い覚えている)、今日最初の授業は歴史のようだ。

 ティアは色々なお話を聞くのが大好きなので、ワクワクした。


「……あの」


 ティアが椅子の上で足をパタパタさせながら授業が始まるのを待っていると、隣の席の女の子が話し掛けてきた。


「ん? なあに?」


 ティアは顔を横に向けて、その女の子に笑顔を見せた。

 この娘とは昨日も自己紹介をした程度でほとんど話していない。

 栗色の髪を肩口で切りそろえた、大人しそうな女の子だ。

 背はティアと同じくらいだろう。歳も同じぐらいだ。


「……あの、ティアリンクちゃん……ティアリンクちゃんのパパって、本当にあの巨人なの?」


「うん! ティアのパパ、本当にあの巨人だよ。『ソウルアーマー』っていうの。『ふ~こんがたじりつしきじゅうせんとうかっちゅう』って言うのが本当の名前なんだけど、ティアまだよく意味が分からないの」


「……そ、そう」


「あなた、クレアちゃんでしょ?」


 昨日お互いに自己紹介はしたから名前だけは知っている。


「……う、うん」


 クレアがモジモジと頷く。

 別にポーケントッターのことを聞きたかった訳ではなく、他に何か言いたいことがあるようだ。


「……あ、あのね、ティアリンクちゃん」


「ティアでいいわ。仲の良い人はみんなそう呼ぶから」


「……ティアちゃん、よ、よかったらクレアのお友達になってくれる?」


 クレアという教室では目立たない女の子は、精一杯の勇気を振り絞ってティアに言った。


「あなたはティアのお友達なんだから、ティアはあなたのお友達よ――そうでしょ?」


 ティアは自己紹介をした相手は、全て友達だと思っていた。

 ティアの答えは少し分かりづらかったが、クレアは欲しかった答えを得られた。

 こうしてティアとクレアは友達になった。


 ティアにとっても、クレアにとっても、それは同年代の初めての友達だった。


◆◇◆


 その日の授業が終わると、ティアは早速クレアを『春の微風亭』に招待した。

 ティアとクレアはまずクレアの家に寄り、ティアはそこでクレアの母親に紹介された。

 クレアは学校にいるときとは打って変わって明るくなって、『ママ、お友達ができたの!』とティアを母親に紹介した。


 ティアは例によって、ハキハキのハキ! と自己紹介した。


 クレアの母親は大変驚き、『まあまあ! あのクレアにお友達が!』と非常に喜んだ。

 その後、クレアは荷物を置き、母親にティアの家(?)に遊びに行く許可をもらって、二人は『春の微風亭』にやってきた。


「……うわ~~~」


 宿屋の前にそそり立つ巨人の姿を見上げて、クレアが驚嘆の声を漏らした。


「わたしのパパよ。『白銀の稲妻』っていう有名な『ソウルアーマー』なの」


 ティアが誇らしげに紹介する。


「――パパ! クレアちゃんよ! 昨日お友達になったの!」


「オオ、ソレハソレハ! 初メマシテ! ティアノ父親ノ、ナカト・ポーケントッターデス! 色々トイタラヌ娘デスガ、コレカラ仲良クシテアゲテ下サイ!」


 娘が早くも友達を連れてきたことに感激したポーケントッターは、胸に手を当て、クレアに向かって馬鹿丁寧にお辞儀をした。

 慣れてないクレアは、まるで自分に向かって小山が倒れてくるようなその迫力に、「……ひっ!」と、怯えた(クレアは自宅から離れるにつれ、やっぱり大人しい女の子に戻っていた)。


「ポーケントッターさん、そんなに前傾して、また宿を壊さないで下さいね」


 中からメロディが出て来て、ポーケントッターに言った。そしてクレアに向き直り、


「ティアのお友達ね。初めまして。わたしはこの『春の微風亭』の女将のメロディ・スプリングウィンドよ」


 と、微笑んだ。


「……は、初めまして……クレア・ランズベリーです……ティアちゃんのママですか?」


「マ……い、いえ、ママじゃないわ。ティアとポーケントッターさんは、うちの宿屋のお客さんなの」


(わ、わたしって、そんなに年上に見えるのかしら?)


 幼いクレアの純朴な疑問は、メロディを少しだけ傷つけた。


 それは、同い年の友人には、もう結婚して子供をもうけてる娘もいるけど……それだってせいぜい乳飲み子……。


「と、とにかく中へどうぞ。今、温かい飲み物を作るわ」


 クレアは一階の酒場に招き入れられ、ティアと共にカウンターの丸椅子に座った。

 それから、目の前に出された湯気の立つマグカップを見て、瞳を広げた。


「……こ、これ……」


「チョコレートよ! ティアの大好きな飲み物!」


「さあ、遠慮なく召し上がれ」


 カウンターの奥のメロディの言葉に、ティアは『頂きます!』と勢い良くマグカップに口を着け、そして『あちっ!』と笑った。


 クレアはしばらく、その濃い茶色の飲み物を見つめていたが、やがてオズオズとマグカップに口を近づけた。

 陶器のカップに熱さを感じて、ふーふーと、息を吹きかけた。

 それからようやく恐る恐るといった様子で、一口すすった。


「……」


 それは、クレアにとって初めての体験だった。

 こんな甘く官能的な飲み物を口にしたのは、初めてだった。

 クレアは、自分が夢でも見てるんじゃないかと思った。


「とっても美味しいでしょ?」


 隣でティアが、目をキラキラさせて自分を覗き込んでいた。


「……うん……とっても美味しい……クレア、こんな美味しい飲み物を飲んだの初めて……」


 心ここにあらず――な面もちで、クレアが答える。

 夢なら覚めないで欲しい――とも思った。

 それからクレアは、チョコレートを飲みながら、メロディの質問に答えていった。

 家は『白鯨通り』にあって、両親と暮らしていること。

 父親は代書屋をしていること。

 兄弟はなく、一人っ子であること――などを話していった。


「ナルホド、クレアサンノオ父サンハ、代書屋サンデスカ」


 いつの間にかポーケントッター(目玉)も酒場に入ってきて、クレアの話を聞いていた。


「……は、はい、そうです」


 宙に浮かぶ巨大な目玉に、おっかなびっくり頷くクレア。


「ソレデハ、ワタシガ手紙ヲ書クトキハ、クレアサンノオ父サンニオ願イシマショウ」


 ――ワタシノ手ハ繊細ナ動作ヲシマスガ、手紙マデハ書ケナイノデ。

 そう言って、目玉からニョニョニョニョ――と二本の手マジックハンドを生やすポーケントッター。

 物は掴めても字は書けない。


『……ひっ!』とクレアが驚く。


「手紙なら、わたしが書いてあげますよ」


「ポッ……若イ女性ニ手紙ノ内容ヲ見ラレルナンテ、ソンナ恥ズカシイデス……」


「……いったい、誰に出すつもりだったんです?」


 ポーケントッターとメロディの『大人な会話』を経てさらに話は進み、話題はやはり学校の話になった。


「『聖火祭』?」


「……学校にみんなで泊まって、一晩中大きな火を燃やすの」


「大きな火……」


 ティアには知らない言葉、しきたりだ。


「この夏の航海の無事を祈ってね。昔からのこの町の伝統行事なの。学校だけじゃなくて町のあちこちでやるのよ」


 学校でやるのは、その子供版みたいなものね――クレアの言葉をメロディが補足した。

 聖火祭の時期は、この町全体がかがり火で明々と照らされるのだ。


「ポートホープノ聖火祭ハ、ゴドワナデモ有名デスカラネ」


「エッヘン、その通りなのです」


 故郷を誉められて、メロディが胸を張る。


「……みんなでシチューを作って、火の前でダンスもするのよ」


「素敵!」


 ティアは目を輝かせた!

 学校に泊まるなんて、想像もしたことがなかった!

 しかも、みんなでシチューを作って、その上ダンスまでするなんて!


「……ティ、ティアちゃん、その時はクレアと踊ってくれる?」


 クレアは不安と期待の入り混じった眼差しで、ティアを見た。



「? ダンスは男の子とするんじゃないの?」


「……クレア、男の子怖くて嫌いなの」


「そう、それならいいわ! ティアと踊りましょう!」


「……うん!」


「クレアちゃん、Shall we Dance?」


 ティアはパッと椅子から飛び降りると、クレアに向かってお辞儀カーテシーをした。



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