女優と少年

 俺、山崎斗真やまさきとうまは都内の芸術系専門学科校に通っている、高校一年生だ。

 生来のコミュ障ゆえ、四月に入学して三ヶ月、夏を迎えたが、未だ喋る相手すら出来ていない陰キャ野郎だ。

 そんな俺だから、今日も今日とて昼休みに人目を避け、無聊な時間を一人やり過ごすべく屋上に来ていた。

 のだがしかし、不運にも先客が一人。なにやら女子がフェンスに背中を預けて立ち、本を読んでいた。

 そんな彼女が読んでいた本というのが――


「あ、ハルヒ最新巻」


 意外にも見知ったラノベであった。なので、思わず声に出してそう言ってしまう俺。

 しまったと思ったが、時すでに遅し。

 その声でこちらに気付いた彼女と、ばっちり目が合ってしまう。



「聞きたいことがあるの。私、小説投稿サイトに挑戦してみたいんだけど、なんだか思ったように書けなくて。どうすればいいのか教えてくれない?」


 その後、俺がラノベ好きだと知ると、彼女は俺を捕まえ、なにやらそうアドバイスを求めてきた。唐突なことで面食らったが、まぁ上手く書けなくて悩む気持ちはわかる。


「ああ……まぁ、俺も投稿してるから、気持ちはわかるよ。アドバイスというか、愚痴を言い合うことならできるかもしれないね」


 ので、そう答えてみると、「それでいい」との返事が返ってきた。まじでか。急展開。まぁ、どうせ雑なヒマ潰しに使う休み時間でしかなかったから、いいか……。

 そうして、その日から、俺は彼女と話すことになった。

 そんな悩めるニューピー女流投稿作家さんの名は、高峰莉音たかみねりおんさん。演劇科所属。実は艶やかな長い黒髪がよく似合う凛とした美少女で、テレビの女優さんかと思うぐらいキレイな人なので、内心かなりドギマギしながら話しているのだが。


「上手く書くにはどうすればいいのかと一口に言っても色々難しくてだな、マンガ『バクマン』で描きたいものを描いて売れるタイプと計算して売れるものを描くタイプ、二種類の作家がいるって言ってるけど、俺個人としては、流行とかニーズとかから、これならヒットするかな~って計算して書き始めたものって、途中でつまんなくなってやる気なくなっちゃう。自分が好きじゃないタイプの内容を書き続けられる人って信じらんね。結局、自分が好きなものを書くことしかできないね」


「……なんか、いきなり大甘なこと言ってる気がするけど、まぁ、つまらないことを続けるのがツラいっていうのはわかるわね」


 のっけから俺の書き手としての資質に懐疑的な様子を見せる高峰さん。だがこの場合、ありのままを口にしないと意味がないと思うので、俺は構わず続ける。


「それに、売れる売れないで言うと、売れるのに大事なものはキャラクターだと思うんだけど、ラノベとか創作物のキャラって極端なほど立つって思ってて、ほら、キッツくて他人をボコボコぶん殴ったりするくらい振り切ってるキャラの方が人気出たりするじゃない。普通の良い子って現実では良くても、創作物の登場人物としては弱くてあんま印象に残らずに終わりがちなんだよね。特に自分みたいな大したウデもない人間が書くと。だからインパクトを求めるなら極端なキャラを出すしかないんだけど、でもさ、そんなキャラを自作に出すのって自殺行為にも思えるし、ぶっちゃけ、そんな極端なキャラってバカじゃん。自分が好きになれない。好きなものしか書けない人間にはムリ。それから、いわゆる萌えを狙ったキャラとか出すのも、読んでくれる人に安易なバカって思われそうでやだし、書いてて自己嫌悪がヤバくてできない。そうして結局キャラに個性を付けられなくてジレンマなんだよな~」


「ふ~ん……まぁ、それはもっともらしいっちゃらしいけど」


 先ほどの意見よりは共感できるようだったが、続けた俺の言葉に、高峰さんはしかしまだ半信半疑な感じだ。


「じゃあ好きなもんしか書けないなら、自分が魅力的だと思うキャラでも出せば? って話なんだけど、それはそうなんだけど、ただそれがこと女性キャラクターとなると、自分が魅力的だと思う女性、好みの女性を書くってことになって、なんか自分の願望の発露みたいになっちゃって、書いてて気持ち悪く恥ずかしくなってきちゃってダメんなる。そうして、結局無難な性格のキャラしか出せないでいつも終わる」


 そこまで聞くと、高峰さんはしばらく考え込むように黙った後、ふいに声高に言った。


「それじゃあ結局なんにも書けないじゃない! 黙って聞いてればなに? その売れるもの出しちゃダメだって価値観! ラッパーか! 一昔前のラッパーか! この言い訳がましいダメワナビ! やればできるんだけどやらないだけ感マジでうぜぇ! 売れてからほざけよ!」


 やっぱりこうなったか! 正論で痛い所を突かれた! ああそうだよそうなんですよ! 自分でも薄々気付いてたさ! ワナビのダメなところだよそれが!

 しかし、女々しく潔さに欠ける俺は、全面降伏をよしとせず己の面目を保つべく、しどろもどろに言った。


「いや、違うんだ。俺だけじゃなくて読み手だって悪いんだ。例えば、今の読み手は美少女しか求めてないけど、美少女って書きにくいんだよ。色の白いは七難隠す。美少女にはコンプレックスがない。俺はコンプレックスがある人間の話が書きたいんだ。なのに世の中は美少女のみ求める。唯一、小説だけが文章だけで顔が見えないジャンルなんだから、まぁラノベにはイラスト付くけど、そこは美少女じゃなくていいじゃねえか。内面の可愛さに目を向けろよ。なんで声優にまでルックス求めてんだよ。アニメのキャラが表で声優は裏なんだからいいだろそこは。今は声優もプロモーションを担うからっつっても、声優が出てるイベントって時点で一般層は行かねえよ。行く層は、んなイベント関係なく黙ってても円盤買う層だよ。そういうのに興味ない一般層に興味を持ってもらうために行うことがプロモーションっていうんじゃないのかい、ええ!?」


「読み手のせいにして言い訳してんじゃないわよ! どの立場から客選んでんのよ! 途中から脱線して勢いで喋ってごまかそうとしてこすいし! 別に普通に踏まえるべきところを踏まえた範囲で面白いものを書けばいい話じゃない!」


 身もフタもない的を得たツッコミ。ぐぅの音も出ない俺なのであった。


 高峰さんのような美女を前にドギマギしていても、趣味のこととなると、俺はよく口が回った。

 結局、ろくな創作論も語れず、そんな与太話ばかりしていた俺達だったが、不思議と居心地が良く、よくこうして屋上で会った。



 そして、何度目かの時に、高峰さんがふいに表情に憂いを滲ませて、こぼした。


「実はね、私、ちょっと前までお芝居してたの。テレビとかには出れてなかったから知らないだろうけど、これでも結構大きな舞台の主演を任されたりしてたのよ」


 女優さんみたいな人だなぁと思ってたから驚きはなかった。本当に女優さんだったのか。


「だけど、その大きな舞台で失敗しちゃってね。大きな舞台だったからプレッシャーで緊張しちゃって、頭が真っ白になってセリフも全部飛んで……まるで世界が全て凍り付いたようだった。その時の恐怖がトラウマになって、私は舞台に立てなくなった」


 その低くて弱々しい声色から、自身への深い失望の念が伝わってきた。

 身も凍るような、ぞっとする話だった。

 俺も衆目を浴びる場面には弱い性質だから、彼女の気持ちは痛いほどよくわかった。


「それならすっぱり女優の道は諦めれば良かったんだけど、それもできずに未練がましく、物語を書く側の気持ちを知るために小説を書いてみたりなんてしちゃってさ。役者って物語を伝える役目だから、少しでも芝居に活きればって。舞台に立てなきゃ意味がないのにね」


 その言葉から、彼女のひたむきで思いやり深い人柄が伝わってきた。


「だから、あなたと話せてよかった。書く側の葛藤みたいなものが聞けて。ありがと」


 そんなことを言って、寂しげな笑みを浮かべる彼女の顔を見ながら、俺は考えていた。

 そんな彼女のために、俺が何かしてあげられることはないだろうか。そんな彼女だからこそ、俺は何かをしてあげたい。

 その日から、俺はそのことを悩みに悩み抜いた。そして、ある決意を胸に、次の行動に移った。



 次の土曜日、俺は高峰さんを、とある貸しガレージに呼び出した。


「なに? こんなところに呼び出して」

「いいからいいから。これをちょっと見ていってよ。ホラ」

「……えっ!? これって――」


 そして、俺に背を押され、ガレージの入り口をくぐった高峰さんがそこで目にしたものは、かつて高峰さんが大失態を演じた舞台、それを原寸大で再現したセットであった。それには面食らい、唖然とする高峰さん。


「あなたがこのガレージを借りて、わざわざこれを造ったの?」

「そうそう。こういう仕事に就きたいんだ俺。調べて再現してみたよ」


 セットはベニヤ板と絵の具で造ったハリボテのようなものなのだが、表面上は我ながらなかなか上手く再現できていると思う。舞台の木の質感や、城や森や山が書かれた奥の書割の出来も上々だ。

 舞台の上には、ハリボテの高峰さんも立っている。人物画は苦手なので、こちらは実物の美しさを露ほども表現できていないが。


「……一体なんのためにこれを?」

「ふっふっふ、それはね、こいつさ!」


 事態の説明を求める高峰さんに、俺は舞台の脇に置いてあった木箱を取り、その中身を示してみせた。

 そこには、導火線が付いた拳大の黒い球体。わかりやすく古典的な形状をした爆弾が詰め込まれていた。


「こいつは、現実破壊爆弾さ! タチの悪い現実ってやつをぶち壊す爆弾なんだ! 見てろよ!」


 そう言うと、俺はポケットからライターを、そして箱から爆弾を一つ取り出し、導火線に火を付けて舞台の端に投げ付けた。

 眩い閃光が弾け、地鳴りのような爆発音が辺りに轟く。それと共に、舞台の右端の一部が、瞬く間に弾け飛んだ。



「さぁ高峰さんも! 君を苦しめるトラウマの舞台ってヤツをぶち壊せ!」


 初め呆気に取られていた様子の高峰さんだったが、俺にライターと爆弾を手渡されてそう促されると、何か覚醒したようにニヤリと愉しげに笑い、嬉々として舞台に火の付いた爆弾を投げ込んだ。

 俺お手製の爆弾は、派手な光や音のわりに、おもちゃのような威力しかない。しかし、だからこそ高峰さんは何度も何度も投げ込むことができ、自分の影を激しく攻撃することができた。

 やがて、ハリボテの舞台は崩れ落ち、そこに立つ薄っぺらな高峰さんの像も弾け飛び、燃え尽きていった。


「ごらん! かつて舞台の上で震えていた高峰さんはあそこで死んだ! もういない! 俺達は全てを壊したんだ! 腐った現実をすべて壊したんだ!」


 その様を目に、俺の言葉を耳にすると、高峰さんは痛快そうに呵々と笑い声を上げた。

 どこか憑き物がとれたような、なにか吹っ切れたような姿だった。



 それから、高峰さんはもう一度舞台に立った。まだ彼女に目を掛けてくれている監督だかがいるらしかった。

 立ったのは、あの日のものよりは小さな舞台だったが、そこに立つ高峰さんは、屋上に差し込む光りなんかとは比べ物にならないくらい、眩く輝いていた。

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