第10話 風がトオル

なるほど……。

そういうベクトルかーー……。

正直もっと違う方向に重い話だと思っていたが、考えてみれば、放課後残っているだけで、これ以上に重い話なんて、確かに無いのかもしれない。

好きな人も、人によっては何よりも大きいことである可能性もある。

「あ、あの享が……好きな、人?」

奏さんは、素で驚いている。

享は、標準属性として、異性が苦手だと言うものを持っている。

そして、異性で唯一仲が良かったのは、奏さんだという話を二人から聞いた。

であれば、それまでの人生で、深い仲になった異性はいない、と暗に証明されている。

……まぁ、その理論で言えば、俺も同じか。

「……実は、そうなんだ。正直、俺も、誰かを好きになるとは思わなかった。……ここからの話は、まだ誰にも言っていない。……だが、唯一異性の立場で俺の友達である、奏には相談も兼ねて聞いて欲しい。翔も、直感的に良いアドバイスをくれそうだから、経緯を話させてくれ……」

「私は、全然構わないし、むしろ、結構興味がある!」

「俺も、良いアドバイスができることは無いと思うが、そういう話も、聞いてみたい」

「……よし。」

享は、一度黙り、深呼吸をしてから、俺たちに話し始めた。

「これは半年前のことだ。その日は雨でな。俺は電車通いで桜ヶ丘高校に来ているのだが、その日は午後から雨でな。運悪く、その日に限って寝坊してしまった俺は、天気予報も、朝ごはんも食べずに、親の助言を聞くこともなく、家を出て、登校してしまっていた」

「が、しかし。勿論帰る時間は雨が降っているわけだ。俺が普段仲良くしている連中は、ほとんどが文化系が多いとは言え、部活しているから、俺が頼る相手も、運が悪いことに、いなかった。俺は、どうしようもなくなって、昇降口で降り頻る雨を眺めて、呆然としていた」

「そんな時に、彼女があらわれた。彼女は、そんな俺を見かねて、自分は傘を二つ持っているから大丈夫だと言って、俺に傘を貸してくれたんだ。しかし、彼女は、俺に傘を貸した後、猛スピードで、傘もささず、下校しはじめたんだ。つまり、彼女の、傘ふたつ持っている発言は嘘だったわけだ。彼女は、他人に対しても優しかった。俺は、例の女性と喋れない、昔からの悪癖によって、その間、全くもって、言葉を発することができなかった。もちろん、感謝の言葉さえも伝えることができなかった」

「俺は気がつくと、そんな彼女の後を、全速力で追いかけてた。陸上部である彼女の足は相当早かったが、俺も、中学時代は陸上部だったから、比較的すぐに追いついた」

ここからは、享とその女性の問答を叙述する。

「ま、待ってくれ……!!」

豪雨の中、びしょ濡れになってしまった彼女を、体格の良い男子高校生が追いかける。

享は、ようやくその彼女に追いついたのだった。

「あ、あなた……」

その彼女は、自分に追いついてきた彼に驚きつつ、言葉を発した。

「ふ、ふたりで傘をさせばいい……」

享は、自分で言う、異性とコミュニケーションがとれないという、致命的な弱点をもちながらも、雨によるものなのか、全速力で走ったその疲れからなのか、何とか、彼女に対する言葉を紡ぎ出す。

「……た、たしかに。でも、あなたは、私と二人で傘なんかさして、大丈夫なの……?」

「大丈夫だ……!」

彼女のその言葉の意味が、自分とさすことで、変な関係を疑われても大丈夫なのかというものなのか、純粋に、面積的な問題をいっ ているのかを、享の乏しすぎる経験からは、推し量ることはできなかった。

それゆえに、気がつくと、どちらにせよ大丈夫だと言う本音が、彼の口からは飛び出ていた。

自分の頭の上に落ちてきた、大粒の雨が、自分の頭を冷やしてしまう前に、その前に、彼女に、感謝の念を伝えなければならない。

義理堅い享は、そんなことを心の隅で感じていた。

享は、さっと、貸してもらった傘をさす。

そして、彼女だけを傘にいれる。

「き、君がいやなら、俺こそ、傘なしで帰る」

「……いや、私は大丈夫だよ?」

ここで、ようやく享は彼女の顔をまじまじと見たそうだ。

瞬間、感じたことがないほど、胸が跳ねた。

ドキッとした、なんて生半可なものじゃない。

急速に、享の脳を加熱した。

それからはあまり覚えていないらしいが、二人で、学校からは割と距離がある駅まで、相合い傘をして向かったそうだ。

そこで、きちんと、辿々しさはあったが、感謝の念は伝えられたらしい。

その夜は、初めてのその感情に、脳の思考が追いつかず、一睡もできなかった。

問題は次の日からだった。

やはり雨の日、疲れ、その他もろもろの材料が揃っていたから、前の日は会話をまともにできたが、その日は、前日の雨が嘘のように、晴天であり、彼の思考を正常にさせた。

つまりは、いつもどおり女性と全く話せなくなった。

彼女は隣のクラスで、しかも運の悪いことに、廊下に出た時にたまたま会ってしまった。

しかし、享は全く顔を合わせることも、話すこともできず、そのまま走り出すでもなく、虚空を見つめる瞳で無視をしてしまったらしい。

そこから日を重ねて、何度か、また彼女がアクションをおこそうとしてくれたことがあった。

しかし、享はその全てを、虚空見つめ技法、で回避してしまった。

そのせいで、彼女からは逆に避けられ、恐らく嫌われてしまったのだという。

俺と奏さんは、うんうん、と頷きながら、突っ込むことはなく、静かに話を聞いていた。

「……と、まぁ。こんな感じで俺の、本当に恥ずかしい話は、終わりだ。俺が彼女を好きだと言う話は、誰にも相談していない……。同性の、しかもそういう経験がなさそうなやつしか友達にいなくてな、相談する妥当性が感じれなかったから、この話は、誰にも話していない」

「なるほど、な」

「……ちゃんと、わかった。それで、その彼女が誰なのか、聞いてもいい?」

奏さんは、俺と同様に理解を示した上で、その隣のクラスの彼女が誰なのかを尋ねた。

「……。……ここまできたら、言わなくちゃだよな。2年B組の、高坂美玖さん、だ……」

「こ、高坂美玖!?」

「ど、どうした?」

奏さんが、突然驚く。

夜の公園ということもあって声が響く為、声量は抑え目だが、近くにいた俺は、割とその声に驚いてしまった。

「あ、ごめん!高坂さんといえば、去年のミス桜ヶ丘、準グランプリの子だよ……。まぁ、一ノ瀬くんそういうのに興味なさそうだもんね」

「……確かに。聞いたこともない名前だ」

「そう。高坂さんは去年のミス・グランプリにおいて、奏に続く、準グランプリだ。俺も、その名前は知っていたし、顔も知っていた。だけど、あんなに間近で彼女を見たことはなかった」

「なるほど……奏さんの次に人気がある人か。でも、それでわかった。つまり、享は、放課後教室に遅くなるまで残って、校庭の陸上部の練習、いや、その高坂さんを眺めていたわけだな」

そう俺が言うと、奏さんが驚いた顔で俺を見るのが分かった。

何を思っているのかは、わからないが。

「……、流石、というべきか」

享がそう言って感嘆の声を漏らす。

「……た、確かに、あのクラスからは、校庭が見渡せるからね。それに、高坂さんは確か、高跳びの選手。個人単位でみつけやすいもんね」

「高跳びか、なるほど……」

夕日の中、想い人が一生懸命高跳びに立ち向かう姿を見つめる。

確かに、言われてみれば、相当ロマンチックだ。

そういうものに疎い俺ですらわかる。

享は、そういうロマンチスト的側面を持ち合わせた人物なのだと、友達の評価を再更新した。

「奏には、どうすれば、俺が高坂さんとお近づきになれるか、アドバイスをして欲しい……。無論、翔も頼む」

奏さんが、可愛らしく腕をくんで、思案する。

この“可愛らしく“というのは、あくまでも一般論だ。

決して俺が思っているわけじゃない……決して。

「やっぱり、順序が必要だと思う。いきなり、好きな人が相手っていうのは、ちょっとハードルが高すぎるんじゃないかな?一ノ瀬くんはどう思う?」

「そうだな……よくわからんが、順序が大切なのは同感だ。ここで一つ案なのだが、七花さんと、唯。比較的コミュニケーションがとりやすい、二人で練習するというのはどうだ……?」

「た、確かに、それはいい案かも!」

奏さんは、俺の案を高評価してくれた。

「そ……そうだな。あの二人は、学内でも有数の美人だしな。やはり、順序が大切か。じゃあ、その案で頼む…!!」

「……まぁ、本来は奏さんで練習することができれば、手っ取り早いんだけどな」

俺がそう言う。

「そうだね……普通に喋れちゃうから」

奏さんは、そう言ってはにかんだ。

そうして、俺たちの計画に、「享の想い人と仲良くなろう大作戦」も追加されることとなった。

その話のあと、少しだけ雑談した俺たちは、帰路についた。

電車通いだという享と駅前で別れ、俺は奏さんと二人で帰った。

俺たちも軽く雑談をした後、別れ道で別れた。

奏さんの過去については、本人が言うまでは聞かない。

それが俺のポリシーだった。


 

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