第9話 夜の公園

時刻は6時45分過ぎ。

日没を過ぎ、本格的にあたりが暗くなろうとしていた。

俺は、昇降口で靴を履き替え、出口の扉へ向かった。

出口の前には、先に靴を履き終えていた、奏さんと享がいた。

「じゃあ、帰ろうか!」

「そうだな」

そう言って、俺たちは学校前の階段をおりる。

「流石に、4月はまだ日の暮れが早い」 

「そうだね。いつの間にか、こんな時間になってたよね。……そう言えばなんだけど、どうして享は去年度もそうだったけど、こんな時間まで教室に残ってたの?」

「……それは」

奏さんがその質問をした途端、享の足取りは重くなり、表情も暗くなった。

「あ……普通に勉強するためだよね!」

奏さんは享のその変化を、俺と同じように感じ取ったようで、本当のことを言いたくないのなら、言わなくてもいいという意味を暗に込め、そう話した。

その様子を、俺は黙って聞いていた。

人が話したくないことを、強制的に話させることはしたくない。

俺にだって、あまり話したくないこと、思い出したくないことはある。

誰しも、口外したくない秘密の一つやふたつは持っているものだ。

「……そうだ、少し、学校前の公園に寄らないか?」

享が俺たちにそう提案する。

「いいぞ」

「うん、私も」

「……ありがとう。そこで、話すよ。」

そうして、学校近くの公園に着いた。

そこまで広くはない公園だが、中心部には池があり、その中心部には噴水もあった。

よく見ると、水面には鴨が浮かんでいた。

夜の公園は、昼のものとは別の雰囲気を醸し出している。

俺たちは、近くの、三人が座れるほどの大きさをしているベンチを見つけ、そこに座った。

左から、享、奏さん、俺という順番だ。

俺と奏さんは、その間言葉をほとんど発さず、ただ、享が話始めるのを静かに待った。

しかし、その沈黙を奏さんが破った。

「……そうだ!そこの自販機で飲み物買ってくるよ。享も翔くんも、コーヒーでいい?」

「……ああ」

享はそう答える。

「奏さん、俺も行くよ。」

「一ノ瀬くん、別に一人でいいよ」

「いや、俺も行かせてくれ」

俺は言葉ではなく、目で訴えた。

享にも、その秘密を話すための、脳内整理の時間がいるだろう。

そこに俺がいると、何かと気を使わせてしまいそうで。

それと、後は、純粋に、飲み物を買うのは、俺の役目だと思ったからだ。

理由は簡単。

せっかく友達になったんだ。

少しは、その友達の役に立ちたかった。

「うん、それじゃあ、一緒に行こうか!」

「ああ」

そうして、俺と奏さんは敢えて近くではない、もう一個奥の自販機へと向かった。

「……享の秘密、か」

「奏さんは、どのくらいの期間、享のいる教室で待機していたんだ?」

「……そうだね、実は、そんなに長い期間じゃないんだ。享が放課後、教室に残っているっていうのは、別のクラスの友達から聞いたの。それで、聞いたのが一ヶ月前。ちょうど春休みが始まる数日前だったかな」

「……そうか。二人の仲が戻ってくれて、なぜか俺も嬉しいよ」

合理的に考えれば、奏さんも、享も、今日初めて友達になった人物達であり、俺は昔から彼らを知るわけではない。

だから、その二人の仲が悪くなってしまっていたのも知らないわけで、俺自身、二人の仲が元に戻ったことに、嬉しさを感じたことに、疑問を感じていた。

久しぶり……いや、初めての感覚か。

これが、友達がいる、という感覚なのか。

思えば、今日は初めてだらけの日だった。

高校二年生になって初めての登校日、と思ったら、初めての転校生、そして、初めて同級生にいきなり抱きつかれた。そのまま初めて、唯以外の違和感のない人物、つまり七花さんと話し、初めて未来人というものの存在を教えてもらった。

俺は、全く七花さんを疑っていなかった。

俺に抱きついた七花さんは、間違いなく本気で泣いていた。

あれが演技だとは、とても思えなかった。

……よくわからないが、そんな気が強くしていた。

そして、初めての友達もできた。

ふーっ、と、心の中で嘆息する。

「……私も、本当によかったって気持ちでいっぱい。中学一年生のときに……その、色々あって疎遠になっちゃってね。それから、ずっと後悔してたんだ。……今日は本当にありがとう、一ノ瀬くん」

「俺からも、こんな変な計画に巻き込まれてくれて、ありがとう」

「私から巻き込まれにいったからね。何か本当の目的があるんだろうけど、友達作るってうのは大事なことだから」

気づかれていたようだ。いつか、奏さんにも享にも、本当のことを話す日が来るのだろう。俺は、奏さんのその言葉を、肯定するでもなく、否定するでもなく、ただ、静寂で返した。

そうこうしているうちに、目的の自販機についた。

俺は黙って財布を取り出し、千円札を投入した。

そのまま、スムーズな流れで、ホットコーヒーを三本買う。

「私が言い出したことだから、私が三人分払うよ!」

「いや、いい。これも俺からの礼だ」

「……。ありがとね……一ノ瀬くん」

奏さんは、笑顔で俺にそう感謝してくる。

そのまま、たわいの無いことを話ながら、ゆっくりと、享のいる方向へと向かった。

「……ふたりとも、ありがとう」

俺と奏さんが間近まで来たのを見て、享は言った。

「ああ」

そのまま、俺は2本持っていたうちの一つの缶を、享に渡した。

「……暖かい、な」

「まだ少し、あたりは寒いからな」

そのまま、俺と奏さんは元の席順でベンチに座った。

三人揃って、プルタブを開ける。

俺はブラックコーヒー、他二人は、微糖のコーヒーだ。

そっと飲み口を口へ持ってゆき、俺はコーヒーを喉に流し込んだ。

……苦い。

だが、その苦さは不快なものではなく、むしろ心地の良いものだった。

鼻腔をくすぐる芳醇な香り、コーヒーの香りは、その中に何かカフェインのようなものが入っているのではないかと思うほどに、脳を冴えさせてくれる。

一時すると、享が口を開いた。

「……俺はな、放課後の時間に残って、勉強するフリをしながら……その、な。お、俺の好きな人が、外で、部活動しているのを見ていたんだ。」

享は辿々しく、そう告げた。。

あたりを、初春、宵闇の生暖かい風が通り過ぎた。


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