第四章、その3

 スペースライナーは三つあるショッピングモールのうちの一つと隣接した駅に停車する、ランチを食べたら水族館に行くが問題はどこで食べるかだ。

 老若男女で賑わうショッピングモールの屋上庭園に行くと、窓際に軌道エレベーターを見上げることができるハンバーガーレストランに入る。

 ミミナ曰く少々高いけど美味しいと言うお店のテラス席に座ると、高さ一八五二メートルの軌道エレベーターが目の前に聳え立つが不思議と威圧感は感じない。

 この前の臨海学校のことで会話が弾み、優は微笑みながら話す。

「――それで喜代彦君、僕が長男だってうっかり漏らしたおかげでこの前学校に来るなり、カッター部の人に入部を迫られたよ」

「大丈夫だった? カッター部の人たちってガタイがよくて押しも凄いし」

 ミミナは心配した表情で訊くと、夏帆も頷きながら一つの疑問が浮かぶ。

「ミミナちゃんは心配し過ぎよ、水産高校の厳つい三人をあたしの目の前で倒したんだから……ところでカッター部って……何?」

 夏帆は気まずそうに頭上に「?」を複数浮かべ、優は頷いてわかりやすくジェスチャーを交えて説明する。

「カッターボート、略してカッターって呼ばれてる手漕ぎボートの一種だよ。昔の大型船や皇国海軍の軍艦とかに載せていた救命ボートで今は水産高校や海軍、沿岸警備隊の基礎訓練用として使われて競技にもなってるけど……カッター部って昔ながらの体育会系でしかも軍隊的、上下関係も凄く厳しい風潮だから人気ないんだよね」

「だから時には強引な勧誘をするのよ。聞いた話しだけど、入部したら辞めさせてくれないし、朝早くから夜遅くまで練習は当たり前、休みも年末年始しかないって」

 ミミナが捕捉すると夏帆は思わずドン引きしてこの世界にはない言葉を口にする。

「うわぁ……それブラック部活じゃん」

「えっ? なにそれ?」

 優が首を傾げると夏帆は思わず「ハッ」として全身から冷や汗を滲ませ、首を横に振って思わず高い声になる。

「ううんなんでもない! ところでどうして水無月君に入部を迫るのかなぁ?」

「僕が代々海軍士官を輩出してる水無月家の長男だからかな? ……それがカッター部の人たちの耳に入ったみたい」

 優は憂鬱気味に溜め息吐く、家柄で見られるなんて前の世界では考えられないと思ったが、自分にも無関係ではないと気付く。

 薄らとだが前世も父は医者で母は看護師の医療従事者で尊敬の眼差しと同時にどこか避けられてるような感じだった。記憶を辿っているとミミナはキッとした表情になって刺々しくも凛とした声なる。

「その気持ちわかるわ、家柄なんて関係ないのに」

「うん……潮海さんもそれで苦労してるんだよね」

「苦労とまではいかないけどね――」

 優が頷くとミミナは苦笑しながら首を横に振る。

「――私を敷島電鉄グループ会長潮海一蔵しおみいちぞうの孫娘ってだけで入学式の時に新入生代表挨拶に選ばれたり、生徒会役員に立候補して何れ生徒会長になるように勧められたりしたことあったのよ……親にも電鉄グループの令嬢として恥ずかしくないようにって、家柄やお祖父様は関係ないのに」

 ミミナは俯くと優も同調して頷く。

「そうだよね、僕は僕、父さんは父さん、潮海さんは潮海さんでお祖父さんはお祖父さんなのにね」

「そう! それそれ!」

 ミミナは一番聞きたかった言葉のようだった。子は家柄や親の職業とか選べないもんね――前世で言うなら親ガチャとか言う奴だね、大当たり故の苦悩か? 夏帆はそっと目を伏せて言ってみる。

「それならさ、一度みんなの前でガツンと強く言ってみたら? 家柄や親なんて関係ない。あたしはあたしだって! 水無月君もミミナちゃんも見た目大人しそうだけど本当は強い子だって知ってる。だから――」

 それを前世で自分自身にも言っておくべきだったと、夏帆にはその後悔を不思議と覚えてる気がした。だから、凛とした眼差しで自分自身にも言い聞かせるつもりで二人に諭す。

「――みんなに好かれなくたっていいよ、偽りの自分を演じて多くの人に好かれるより……本当の自分を見てくれる人が一人でもいるほうがずっといいわ」

 沈黙した時間が流れ、ミミナは目を丸くして見つめて夏帆は思わず困惑する。

「えっ? 二人ともどうしたの?」

「草薙さん、なんか今大人っぽく見えた気がする」

 優は澄みきった眼差しを向けて言うとミミナも同感なのか頷く。

「私も、夏帆ちゃんなんか違う世界で生きてきた人みたい」

 違う世界と言う言葉に夏帆は思わず図星だと内心強張る。

 確かに前世の記憶を薄らと持ってるからかもしれないけど、それを言うなら思い出してないだけで水無月君もミミナも同じよと、夏帆は笑って誤魔化す。

「あはははは……そうかしら?」

「そんなわけないよ潮海さん、草薙さんは草薙さんだから」

「そうだよね、例えどこの世界から来たとしても夏帆ちゃんは夏帆ちゃんだから」

 優の穏やかで芯の通った言葉にミミナは頷く。ナイスアシストよ水無月君! するとミミナは慈しむような眼差しで夏帆と優を見つめると訊いた。

「水無月君、夏帆ちゃん……臨海学校の夜に逢い引きした話し、聞かせてくれる?」

「ああ……逢い引きね、どうする水無月君?」

 夏帆はやはり話をもちかけてきたかと優と目を合わせると、困ったように微笑む。

「そうだね……呼び出したのは草薙さんの方かな?」

「うん、凪沙ちゃんやミミナちゃんが言ってたように人との繋がりを大切にしようって言ったから……まずはここにいる友達との繋がりを深めなきゃって――」

 そこで夏帆は気が付いた。しまった! 繋がりを深めようと水無月君を誘ったなんて言ってるようなものだった! 気が付いた時には既に手遅れ、ミミナは聞き逃すわけがない! 両目を丸くして頬を赤らめ、両手を口元でクロスさせて裏返った声になる。

「そ、それで真っ先に水無月君を……」

「く、草薙さん……その……」

 優はあの夜を思い出したのか恥ずかしそうに仄かに頬を赤くして目を逸らし、時折チラ見してる、ピュアな女の子か! 海軍士官の長男坊がそれでいの!? と夏帆はそう言いたくなるほどの愛らしい仕草だった。

 するとミミナは意を決した表情で二人に諭す。

「水無月君! 夏帆ちゃん! 水族館では私のことは気にしないで楽しんで! 私二人のこと、応援してるから!」

 但しミミナの瞳は星団のように輝かせ、明らかに進展を期待してると言う眼差しだった。

 優は縋るような眼差しで見つめる。

「草薙さん……」

 何その上目遣い!? 何その小動物みたいな眼差し!? そんな可愛い目で見つめないでぇぇぇぇぇっ!! 夏帆は思わず見つめて困惑した。あなた、本当に海軍士官の長男坊? 今まで会った色んな子たちの中でぶっちぎりに可愛いんだけど……。


 ミミナは気遣ってくれたのか、夏帆と優から二・三歩置いて後ろをニコニコ見守るような笑みで歩く。ハンバーガーレストランを出てからはちょっと気まずい空気になりながらも、胸の鼓動がとても心地よい。

 ああ、やっぱりあたしは恋してるんだ、この内気で頼りないけど逞しい男の子に。

 ショッピングモールと隣接してる水族館――アクアリウム・アマテラスに入る。

 世界中から来てるのか人種、言語を問わず賑わっていて明らかに英語ではない言語も耳に入り館内アナウンスも四ヶ国語くらいはあった。

『――本日はアクアリウム・アマテラスにご来場いただき誠にありがとうございます』

 チケットを買って入場ゲートを通るとここでは敷島湾や敷島諸島周辺の水棲生物を展示しており、珊瑚礁の保全や保護活動、軌道エレベーター建設時の環境への負荷を最小限に抑えること等が展示されていた。

 夏帆は大まかに展示パネルを読んでみると、そういえばこの世界には持続可能な開発目標SDGsなんて言葉ないことを気付く。

 優は大小様々な色のカラフルな魚が泳ぐ水槽を見渡すと、夏帆は指を差す。

「あっ! これこれ! 菊水島にもいたよ!」

「へぇ~こんなに小さいんだね」

 優はカラフルで小さな魚の群れを目で追うと、夏帆はスマホを構えた。

 実は生き物って撮るのが凄く難しい、気まぐれに動き回りシャッターチャンスはほんの僅かでしかもいつ来るかわからない、おまけに人間の都合なんてどこ吹く風だ。

「う~んなかなか撮れないわね」

 夏帆は撮影した写真を確認して不満げに唇を尖らせる、ぶれた写真をそっと優に見せると彼は愛らしく微笑む。

「ホントだ、生き物撮るのって難しいもんね」

「んもう! 水無月君も撮ってみてよ! 難しいから!」

 夏帆は頬を膨らませると、優はスマホを取り出して構えて凛々しい眼差しになってほんの一瞬だけ息が止まって夏帆の時間も引き伸ばされる。

「あっ……」

 綺麗な瞳、それにやっぱり睫毛長い。

 見惚れたその瞬間、至近距離で優と目が合って更に時間が引き伸ばされ、見つめ合って夏帆は人々の喧騒にかき消されてしまいそうな声で囁く。

「……なんて思った?」

「えっ? その……綺麗な唇だなって」

「優君……キス……してみる?」 

 夏帆は潤んだ唇を艶かしく動かすが、その瞬間に後悔して我に返る。

 な、なんてこと言うのよぉぉぉぉぉぉあたしぃぃぃぃぃっ!! 馬鹿じゃないのぉぉぉぉぉぉっ!! 更に追い討ちをかけるように喧騒の中にシャッター音が響いた。

 ま・さ・か……夏帆は超絶嫌な予感がして全身から冷や汗を噴き出し、首の関節が錆びたかのように金切り音を立てながら聞こえた方に顔を向けると、ミミナがスマホのカメラを構えて満面の笑みで構えていた。

 夏帆は嫌な予感がしてミミナに詰め寄る。

「もしかして写真撮った?」

「うん――」

 ミミナは紅潮した顔をスマホで隠しながら首を縦に振って無邪気に笑う。

「――動画撮りながらね」

 ど、動画ぁぁぁぁぁぁっ!? そういえばこの世界のスマホ……前世に比べて格段に進化してるんだよね……3D投影プロジェクターアプリとかヘッドマウントディスプレイを極限まで小型化高性能に進化したスマートギアに繋いで拡張現実のゲームとかできたりと早口で考えが過ってる間にミミナが甘酸っぱさを噛み締めた笑みで言う。

「水無月君にね、キスしてみる? って声……聞こえちゃった」

 ミミナの艶やかで裏返った声に、夏帆の心の中に扶桑皇国最高峰の磯城瑞山しきのみずさん(標高四二三九メートル)が跡形も無く吹き飛ばすほどの破局噴火を起こした。

 いやぁぁぁぁぁぁぁっ!! あたしの馬鹿ぁぁぁぁぁぁっ!! 頭から水蒸気を噴き出してると、察したミミナが慌ててスマホを鞄に入れて夏帆の両手を包むように握る。

「夏帆ちゃん!」

「えっ?」

 ハッとして我に返るとミミナは凛とした声と、芯の強さを全面に押し出した眼差しで見つめる。

「私、応援してるから! きっと水無月君も同じ気持ちだと思う!」

「う……うん」

 恥ずかしさ満点な夏帆は固く頷くと、優が首を傾げた表情で歩み寄って気遣う。

「草薙さん、大丈夫?」

「うん……なんとか大丈夫」

 真っ赤になった顔を隠しながら頷き、ミミナに目をやると彼女は期待に満ちた目で優に何かを合図してる。すると夏帆の左手に温かい感触がしたと思ったらそれに包まれ、それが優の右手だとわかった瞬間、夏帆の心拍数が危険を感じるほど急加速した。

「み、水無月君!?」

「えっと……その……人、多くなってきたから……はぐれないように」

 優は目を逸らず頬を赤らめながらも途切れ途切れで言う、多分それは口実なんだろうと夏帆は温かな笑みを見せて頷いた。

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