やる気スイッチ

 デスクトップの中央で、音声が垂れ流される。

「こちらのグラフをご覧ください。本年度の売上計上金額は、昨今のコロナ情勢により若干の下降傾向にありますが、その他上場企業と比べましても安定したものとなっております。

 弊社は十年以上前にホールディングス化をいたしまして、十三もの部署と連携をとったことで……」


 いわゆるリモートでの企業説明会。

 真剣に話しているのは人事の方で、スライドを囲むように小さく写る画面も自分と同じような格好をして、黙って耳を傾けている。就活生らしく中にはメモを取っていて、こうべを垂れている者もいた。

 参加者が多すぎて、画面が小さすぎて見向きもしていないだろうに、熱心なことだ。いや、うたた寝かもしれないな。

 と、梅木うめき 浩平こうへいは静かなため息をついた。

 こんなことを考えるのは、就活生として失格だろう。スライドに貼りつく自分の姿を見て、ああ、やる気の出ない症候群の顔をしているなぁ、と自己評価を下した。


 就活は三月から本番。就活生らしく椅子に座って説明会に参加しているが、いまいちこれが就活だ!――という感じがしない。だって、通勤電車に乗らず、PCの前で座っているだけなんだから。

 コロナ禍での戦績についての質疑応答も滞りなく終了し、

「では、退室してください」と指示された。梅木は「失礼しました」と一礼してから赤い退室ボタンをクリック。余韻もなく画面が消えた。喧騒も、緊張感も、何も感じない。


 パソコンを閉じてベランダを見やる。目の前にある自然公園を借景しゃっけいにしているため、眺めだけはいい。それに、

「まったく、こんなんで就職できんのかなぁー」

 網戸を開けてすぐの、プランターの前でしゃがんだ。スーツの裾に泥がつかないよう気を付けながら、ネモフィラを指でこづく。先端に青い色素を滲ませた、つぼみ状態のそれに。

「五月なんて来るなって、お前だってそう思うよな」

 三月のあたまに植え替えたのに、背丈は小さめ。微風でもよく揺れる。

 ――うんうん、たしかに、たしかに。

「そうかそうか、分かってくれるよなぁ」

 ――そうだ、そうだ。こんなコロナじゃ、花を咲かせるのもひと苦労だ。エネルギ充填までまだ時間かかるし……とでも言うようにうんうんと蕾を揺らす。

 そうか、お前も分かってくれるか、と勝手に認識して昼飯を買いに行った。



 五月に入った頃、気分転換のソロツーリングから戻ってきた。どこもかしこも並木通りは新緑の葉が芽吹き、自然公園に至っては夏前という有様。やる気がなくなった。

「あ」

 部屋に戻ってきて気づいた。可愛らしい青い花が開いていた。

 人知れず、そこからこんな声が聞こえたような気がした。


 ――おい、いつまでだらけてんだ。もうエネルギー充填は終わっただろ。はよ決めろや、さもなければ……


「あー、はいはい。やりますよっと」

 そろそろ本気をだすかぁ、と郵便受けに向かう。

 戻って、刺さっていた資料請求の資料を床にばさっと放り出した。封筒に手を付け、重さのある冊子を取り出せば、青い表紙。見つめるような目線の、作業服姿の女性。品種改良系の企業だった。

 「夢をかなえる」という宣伝文句と、手にもつ一輪のバラ。青く見えたのはそれが青いバラだったからだろう。

 宣材写真とはいえ、一時でもコロナを忘れさせるような、明かるげな笑みを湛えている。一拍置いて、梅木の顔にも移った。


 ――お、それがいいんじゃないか?

 思わずうっとりしてしまった梅木を茶化すように、リズムよく揺れた。

 同族の青い植物を見やった。あとでたっぷり水をやるから、ちょっと黙ってろ。

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