5 「ロリな私も愛してくれる?」

「そこにいたのは、なんとナボコフの幽霊だったの」

「ナボコフの幽霊、だと……?」

「そう。この全集に乗ってる写真のおじさん」


 書籍の表紙裏、著者ページのところを見せながら、姫奈が言う。こちらを挑戦的に見つめる、ハゲ頭の強面のおじさんがそこにはいた。世界的巨匠と言われればそう見えるし、ただのおじさんと言われればそうも見える感じ。


「眩しい光がお墓のところからわっと出て、なんだろうと思ったらそこにナボコフがいたんだ。いかにも幽霊な感じで、体とか半分透けててユラユラしてて。例えるならんーと……『ホーンテ◯ド・マンション』みたいな?」

「わ、一気に想像しやすくなった」

「さすがに夢かと思ったんだけど違って、それで何秒か見つめ合ったあとかな。ナボコフが私に言ってきたの」

「なんて言ってきたんだ?」

「『うわあ! めっちゃかわいいロリやん!!』って」

「……え、なぜに関西弁」


 当然のようにツッコミを入れた葵太だが、姫奈は不満げに口先を尖らせる。


「仕方ないじゃん、関西弁だったんだし」

「そ、そっか」

「そもそも私がこうして小さくなってる時点で、そこ気にするの野暮じゃない?」

「たしかにそうだ。ナボコフの幽霊出てきたこともすんなり受け入れたわけだし、関西弁なんかキャラ付けでしかないもんな」

「そーだよ、だから気にしないで」

「で、それでどうなったの?」


 葵太が話を戻すと、姫奈はシュンとした顔で、


「動けなかったよ。意味わかんないし、夢なのかな、みたいな」

「さっきの俺みたいだ」

「でも、その間もナボコフは『こんな時間にひとりでお外出歩くのは感心せえへんけど』『そんなことよりも君、僕の好みやわあ』『今まで色んなロリを見てきたけど、君は正直マイベストスリーには入るなあ。知らんけど』『できればずっとそのままの姿でいてほしいなあ』とか言ってて」

「マイベストスリーって言い方若干上から目線で気になるけど、こんな気難しそうな顔して意外と気さくなおっさんなんだな、ナボちゃん」

「そんなことを言ってるうちに、ナボコフが『じゃあ君がこのままの姿でいれるように、願いをかけたげるわ』って言ってきてさ。そしたら……」

「そしたら?」

「ナボコフの頭頂から眩しい光が出て、私の体を包んだの。ご丁寧に頭のうえでこうやって両手を平行に並べて、ビームを出す感じで」


 もったいぶって一呼吸置いたのち、姫奈が神妙な面持ちで、ナボコフの行動を再現しながら続けた。


 そんな彼女を見て、葵太も頭のうえに両手を並べ、そのときの光景を想像した。


 ナボコフの幽霊のハゲ頭から、ピカ―っと光が出て姫奈の体を包む、極めて神秘的な光景を……。


「なんだよそれ! 全然神秘的じゃないよ! 頭皮から魔法出すなよ!」

「いや、必ずしも頭皮って決まったわけじゃないけど。わずかに残った髪の毛から出てた可能性もあるし」

「そこ拾ってもらっても困るんだけど」

「魔法かはわかんないけど、でもその時の私にはすっごく怖くてさ」

「だろうね」

「でも、光が消えたらナボコフもいなくなってて。怖くなって、結局その時は土を持って帰らなかったの」

「泥棒だからな。それで良かったよ」

「うん、私もそう思う」


 苦笑しつつ、姫奈はうなずく。だが、すぐに険しい表情に戻ると、


「その日は怖くてなかなか眠れなかった。一体どんなことが私に起こるんだろうって思うと不安で仕方なくて。でも、朝起きても何も起きなくて、2日3日経っても平気で、『やっぱ夢だったんだ』って思うようになった……だけど、ナボコフの呪いはしっかりと効いてた。そのことに気づいたのは1年くらい経ってからのことでさ」

「それってもしかして……10歳の頃の姿に戻っても、10歳のうちは変化がないから、だから気付かなかったってこと?」

「うん、そういうこと」


 姫奈が静かに、だけど深く、しっかりとうなずく。まったく、なんて話だ。


「私がナボコフにかけられた呪いは、『寝不足になると、会った日の姿に戻す』ってやつだったみたいでさ。だから違和感に気づいたのはそれから1年後、小6のときだった。『あれ、今日の私、なんかいつもより小さくなってない?』って。そこから色々自分なりに調べて、睡眠との関連性を見つけたってわけ」

「……なるほどな」


 姫奈の発言の数々に、葵太はさすがに理解が追いつかなくなった。姫奈がこうして小さくなっているのだから、葵太としては過去に何があっても受け入れられると思っていたが、受け入れるつもりはあっても、思考が停止するのは防げないらしい。


 だけども、もちろん、姫奈の話がそこで終わったわけではない。


「そこからは大変な日々だよ。寝不足になるとロリ化しちゃうから、毎日真剣に眠らないといけないの」

「たしかに、小学生のうちはまだバレないかもだけど、中学生から小学生はどう見てもわかるからな」

「そうなの。正直、授業ならまだいいんだけど、定期試験とか休めないじゃん?」

「今の姫奈がテスト受けてたらビビるわ」


 誰がどう見ても小学生なのだ。高校の制服を着ればコスプレでしかないし、だいたいサイズが大きくてブカブカになるだろう。シャツを着たら、自分のなのに彼シャツになってしまう。


「でも一度、テスト初日にロリ化しちゃったことがあって、そのときは2日分受けられなかった。まだ2年だったから良かったけど、あれが3年だったら内申に響いて今の高校にだって入れてなかった可能性もあるかな」

「マジか……ふー、一緒の高校行けて良かったな、俺たち」

「だね」


 あどけない笑い方で、姫奈は葵太にうなずく。


「あとは身体測定の日とか。今の私、142センチしかないから。いつもより20センチ小さいんだよ?」

「となると、ちょうど俺より30センチ小さいのか」

「ちなみに体重は35キロ。これは今より……7キロだけ軽いかな?」

「んーなんかウソつかれてる気もするけどまあいいか。それ以外全部ウソみたいな話だもん、この際小さなウソなんか気にしないぜ……」

「むー、なんかすごく不満げな言い方だけど、まあいっか。私は今日から162センチ42キロだから」


 そんな話をして、ふたりはお互いに小さく笑いあった。姫奈の背後には、山のような洋書が見えており、ナボコフ関連の書籍も多数あることに今さら気づく。今まで注意を払ったことなどない、ウラジミール・ナボコフという文字列が、今の葵太の目にはダイレクトに飛び込んできた。


 緩んだ空気が流れたのち、姫奈は姿勢を正す。


「話長くなったけど、例の条件ってやつ言うね」

「ああ、聞かせてくれ」

「それは、簡単に言うと……『ロリのときもあるけど、それも受け入れてほしい。付き合うなら』ってことなの」


 10歳の姿をした姫奈は、そのロリな外見とは似つかわしくない大人びた口調で、葵太に話しかける。


「なるべく気をつけて毎日しっかり眠るようにしてるけど、それでも月1くらいでロリ返りしちゃうんだ」

「まあ理由なく眠れない日ってあるもんな」

「だから、もし私と付き合うなら、葵太にはロリのときのわたしも受け入れてほしいの。正直隠すのは大変だし、正直誰かと共有したいって思ってたし……」

「ってことは、他には話してないのか?」

「うん。お母さんはあんなだし、おばあちゃんに言ったらびっくりして心臓発作とかなりそうでしょ?」

「たしかに」

「だから、葵太。もう一度聞くね?」


 そして、姫奈は一呼吸置くと、


「もし、私が定期的にロリになったとしても、それでもあなたは私のことを好きでいてくれる? ロリな私も愛してくれる?」


 まっすぐ葵太を見つめながら、そう尋ねたのだった。



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