第18話 星送りの歌

 どうして。なんで。なんでこの曲が。


 ぐるぐると頭の中を駆け巡るのは混乱だ。聞いたことのあるメロディーが、俺の頭をかき回す。記憶のエミリの笑顔が、ぐちゃぐちゃになっていく。


「ああ、そういえばそんな時期ですね」


 エレンが空を見上げ、穏やかに言った。


「でも違うんですよ。人を捜しに来ているんです」

「そうなの? せっかく城下町に来たなら見ていった方がいいよ。星送りまであと数日だし」

「そうそう城下町には来れないし、アタシも賛成。アンタは……って、陽翔?」


 メアに呼ばれ、はっと顔を上げた。メアが心配そうに上目で俺を見ている。


「陽翔、どうしたの」

「あ、いや……。この歌って、何ですか。あと星送りも……」


 咄嗟に、作り笑いを顔に貼り付けて聞いた。上手く笑えているかわからない。そもそも自分が上手く喋れたのかもわからない。精神が周りについていっていないような感覚だ。


「え、陽翔くん星送り知らないの?」

「あはは、最近忘れっぽくて……」

「……それは大変だねぇ。星送りは、簡単に言っちゃえば流星群だよ。一年に一度、すごい流星群が見られるんだ。特にここエストレイン城下町でね。雨のように降り注ぐ星々を見ながら、儀式や願い事をする。まあ、実際には宴会するだけなんだけどね。ただの祭りだよ」


 最近はそうも騒いでいられないみたいだけどね、とヘルムさんは笑った。まだ、子供たちの歌声は聞こえ続けている。


「この歌は、星送りの時に歌われる民謡だね。ま、この歌を覚えてなくても何にも支障ないよ。歌なんて子供しか歌わないからさ」


 そこで、カランカランとベルの音が聞こえてきた。一時間ごとに鳴るベルだ。ヘルムさんは「もうこんな時間か」と心底嫌そうに呟いた。


「サボりだって思われる前に本部に戻らなきゃな……。じゃあ、三人。また――」

「あ、待ってください。陽翔、写真貸して。この人に見覚えはありませんか?」


 エレンはぼうっとしている俺の手からエミリの写真を取って、ヘルムさんに見せた。ヘルムさんはじっとそれを見つめた後、首を傾げる。


「うーん、見たことないな。美人さんだから見たら覚えてると思うんだけど……。ごめんね、役に立てなくて」

「いえ。もしお仕事の途中に見かけたら教えてください。研究所にエレン宛で送ってくださると嬉しいです」

「研究所!? ……わかった。頑張って捜してみるよ」

「ありがとうございます!」


 ぺこりと頭を下げると、ヘルムさんは手を振り、バイクに乗って走り去っていった。


 その後ろ姿が角の向こうに消えた途端、気が抜けてしまって、俺はその場に座り込んだ。そんな俺を支えるように、メアが隣にしゃがむ。もう子供たちの歌は聞こえない。


「ちょっと、どうしたのよ。さっきから様子が変じゃない。体調が悪い……のとはまた違うのよね?」

「…………あの歌、エミリが歌ってたんだ」


 俺は握りしめていたコップの中を見つめる。すっかり冷めてしまった飲み物が、揺らぎながら俺の顔を映している。


「あの歌って、星送りの歌?」

「ああ。俺の聞き間違いじゃなければ……。もう一回歌ってほしいんだけど、メア、お願いしてもいいかな」

「え、アタシ? ……下手だけどいい?」

「いいよ」


 メアは少し戸惑った様子ながらも、歌い始めた。特別上手いわけではないけど、下手と断りを入れるほどでもない。普段のメアの声よりも、少し幼い歌声。俺は歌に耳を傾ける。


『きらきら輝くお星さま お城を明るく照らし出す

 どうかぼくらをお守りください ぼくらの世界に光あれ』


 歌い終えたメアは、「こんな感じね」と小さく咳ばらいをした。


「本当に、エミリさんがこの歌を歌ってたのか?」

「メロディーは同じ。ただ、歌詞が今のとは少し違っていたような……」


 あの頃はこっちの言葉がわかっていなかったから、詳細に歌詞を思い出すことは出来ないけど。ただ、エミリが歌っていたときは「愛」みたいな言葉が入っていたような気がする。少なくとも、こんなお星さまキラキラみたいな歌じゃなかった。


 ああ、と何か思い出したように、エレンが顎に指をあてる。


「そういえば聞いたことがあるよ。今メアが歌ったのは、子供たちが歌えるように簡単に編曲してあって、原曲があるって」

「で、でも、そもそもエミリがこの歌を知ってるわけないでしょ? だってエミリは人間なんだから」

「うん。エミリは人間だよ。だけど」


 メアは明らかにうろたえているが、そのおかげで、ようやく確信を持てた気がする。自分の心臓にナイフを突き立てるような気持ちで、言葉を絞り出す。


「エミリは間違いなくこの曲を知ってた。俺の聞き間違いじゃない。記憶違いでもない。あり得ない話だけど、エミリは、この世界の言葉でこの歌を歌ってた……!」


 しん、と一瞬痛いほどの沈黙が落ちる。どうして、という言葉しか出てこない。頭がぼんやりして働かない。エミリの澄んだ声が、耳にこびりついて離れない。ぐらぐらと眩暈がする。


 エミリの声をこんなに恐ろしく感じたのは、これが初めてだった。


 やがて、誰かが俺の肩に手を置いた。顔を上げると、メアが真っすぐに俺を見つめている。メアは俺と目を合わせると、小さく首を傾げた。


「心、折れた? ここで諦めるの?」


 その優しく問いかけるような口調に、俺はぐっと一瞬言葉に詰まった。それからゆっくりと首を振る。


「……諦めない」

「そうでしょ。なら立って」


 メアに促されるままに、俺は立ち上がる。同じように立ち上がったメアは、腰に手を当てると満足げに――でも、少し寂し気に笑った。


「じゃ、とりあえず研究所に戻るわよ。これからゴンゴさんと会う約束してるんだから」

「まだ城下町に来たばっかりだ。焦る必要なんてないよ、陽翔」

「……ああ」


 二人に励まされて、俺は足を踏み出す。歩き方を忘れてしまったみたいにぎこちない。

 重い体を引きずりながら、俺は二人の後についていった。


 

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