第17話 研究所と懐かしいメロディー

「まあ、まずは本人に自己紹介してもらおうよ」


 エレンはそう言って、中年男性に向かって「おーい」と呼びかけた。


「ゴンゴさん、起きて。連絡してたエレンです!」

「うわっ!?」


 ゴンゴさんと呼ばれた男性は、エレンの声に飛び起きた。それからエレンに向き直って、ぺこぺこと頭を下げる。


「エレンさん! いやあ、お久しぶりです。お元気でしたか?」

「うん。ゴンゴさんも変わりなさそうでよかった」

「ええ。まだ借金が山のように……。人生そう上手くは行かないもんですね」


 ゴンゴさんは禿かかった頭を掻いてから、ふと俺に目を留めた。「あ!」と声を上げて俺を指さす。


「あなたが陽翔さんですか。エレンさんからお話は伺っていますよ。なんでも、特殊な体質だとか」

「あ、初めまして。えっと……」


 え、これ言っていいの? とエレンを見る。エレンは笑って、「ゴンゴさん、自己紹介」と言った。


「あ、これは失礼しました。私はゴンゴ。ここで魔素についての研究をしております」

「魔素の研究?」

「はい。……あ、いろいろ事情がありまして、城にはいられなくなったのですが……」

「ああ……」


 さっきも借金とか言ってたし、多分いろいろあったのだろう。気になるけどこれ以上は踏み込んじゃいけない。

 とりあえず自己紹介する。


「俺は陽翔です。あの、俺のこの妙な能力について調べてもらえるってことでいいんですか?」

「はい、そういうことです。どうせ暇ですし、恩人であるエレンさんにお願いされたら断れませんからねえ」


 恩人、と呟いてエレンを見ると、エレンは困った風に笑っていた。いつの間にやってきたのか、メアが俺の隣に立って兄を見上げている。


「お兄、何したのよ」

「別に僕は何も……」

「あ、あなたが妹のメアさんですね? お会いできて光栄です。エレンさんはね、研究室から追い出された挙句妻と子供にも逃げられ、途方に暮れてた私を助けてくれたんですよー!」


 ゴンゴさんはこぶしをブンブンと振り、テンション高めなご様子だ。そんなノリで話す内容か? 


「あっ。それで、陽翔さんの体質の話でしたが……これ。簡易測定器を持ってきたので、ひとまずこれで体内の魔素濃度を測らせてもらってもよろしいですか?」


 自分が呼び出された理由を思い出したらしい。すぐ脇に置いてあった小さな機械を手に取り、ゴンゴさんが俺を見た。俺も慌てて「よろしくお願いします」と頷く。


「測定はすぐ終わるのでご安心を。さ、この椅子に座ってください。はい、腕を出して……ありがとうございます」


 座っている椅子が回転式なのもあり、なんとなく注射を思い出す。ゴンゴさんが握っているのはトランシーバーのような機械だ。これも恐らく魔道具なのだろう。


 ゴンゴさんは俺の手の辺りに測定器を当てていたけど、やがて「おお」と声を上げた。


「致死量超えて測定不能です。陽翔さん、あなた狂ってますね」

「いや、それほどでも」

「それほどでもあるわよ何ノンキに笑ってんのバカ!」


 頭を掻いた直後、メアにスパーンと叩かれた。肩を掴まれて振り向かされる。


「致死量超えてるって、いつ死んでもおかしくないってことじゃない! 魔物なんて取り込んだら、ロクなことにならないわよ……っ」

「魔物を取り込んだんですか? あっはっは、それは傑作だ。最高ですよ陽翔さん」

「アンタも笑ってないでもっと詳しいことを教えなさいよ! それでも専門家なの!?」


 メアの勢いはとどまるところを知らない。ただ、メアの目が潤んでいること、その原因が俺だということを考えると、俺も強くは出られない。


 今まで後ろで控えていたエレンが「そこまでにしておけ」とメアの隣に立った。それから頭を下げ、同時にメアの頭も押し下げる。


「すいません、ゴンゴさん。妹が失礼なことを……」

「……ごめんなさい」

「いえ、構いませんよ。私が不甲斐ないのも事実ですからねぇ。メアさんのお怒りもごもっともです」


 ゴンゴさんは朗らかに笑うと、手元の測定器に視線を落とした。


「しかし、これでエレンさんのおっしゃっていたことが本当だとわかりました。陽翔さんは確かに特殊な力を持っているようです。それがどういったものかはこれから解明していきましょう。もし解明出来たら、また家族と一緒に……いや、エレンさんのおばあさんも助かるかもしれませんからね!」


 ゴンゴさんはニッコリと笑う。そんなガチな願望を零されてしまうと、こっちだって反応しづらい。いや、まあ俺のこの力で人を救えるのならいいなって思うけど。


「まだ昼ですし、皆さんは町に行くんですよね?」

「はい。とりあえず本来の目的を果たそうかと」

「では、荷物を取りに来るときにまた測り直してみましょう。その時までにはもう少し本格的な機械を持ってきますので。それならもっと高い数値でも測定できるはずです」

「ありがとうございます。助かります」


 俺とエレンがお礼を言うと、ゴンゴさんは照れたように頭を掻いた。薄くなった髪は白髪交じりで、悲壮感を感じさせる。


「いえいえ。私も人の役に立つことをするのは久しぶりですから、心が躍りますよ。それではまた、後ほど」


 ゴンゴさんは俺たちに一礼した後、のんびりと研究室を出ていった。ここで堂々と居眠りはしていたけど、一応ゴンゴさんの活動場所は魔素研究室なのだろう。


 ゴンゴさんの足音が聞こえなくなったころ、メアがエレンを見上げた。


「ねえ、あの人本当に信用できるの? なーんか不安なんだけど」

「ゴンゴさんは優秀な人だよ。どうして城の研究室から追い出されたのかは知らないけど……」

「一番大事なところだろ」


 でも、悪い人ではないんだろうなって感じはした。得体のしれない俺にも朗らかに接してくれたし、俺もゴンゴさんを信じないと。





 必要最低限の荷物だけ持って、研究所の外へ出る。流石にもう空砲は鳴っていなかった。誰もが息を潜めているような、静かな城下町だ。


 そんな城下町で、俺たちはプリクラ片手に聞き込みを始めた。人通りの多い広場に戻って、なるべく多くの人に声をかけてみる。


「この女の子知りませんか?」


「まだ城下町に来たばかりのはずです。多分、長くても二週間くらい」


「もしかしたらもう寝たきりになっているかもしれません。まともに動くことも出来ないかも……」


「何でもいいんです。本当に少しのことでも教えてほしいんです。見かけたことはないですか? 絶対、ここにいるはずなんです……!」


 誰に聞いても、まともな答えが返ってくることはなかった。エミリの写真をチラリと見て、「知りません」「わからない」「見たことない」と通り過ぎていってしまう。何でもいいのだと縋りついても、背中は遠ざかっていくばかりだった。


 城下町をぐるぐると移動しながら聞き込みを続け、日が暮れる頃には住宅街に辿り着いていた。広場からはだいぶ離れている。


 ぐったりと塀に寄り掛かる俺に、いつの間に買ってきたのか、エレンが温かい飲み物を差し出してくれた。


「お疲れ様。なかなか上手くいかないね」

「ああ……。正直ナメてたよ。聞いた数だけヒントが出てくると思ってた。甘かった」


 ずず、とコップの中の飲み物をすする。甘さと温かさが、疲れた体にじんわりと染み渡る。


「じゃあ諦めるの?」

「そんなわけないだろ。たかが数時間の聞き込みで諦めるような根性なしじゃないよ」


 この程度で諦められるなら、そもそも屋上から飛び降りたりしない。自分でも、そこそこ諦めが悪い自覚はある。


 メアが「相変わらずね」と小さくため息を吐いたとき、


「陽翔くん?」


 聞き覚えのある声に名前を呼ばれた。きょろきょろと辺りを見回すと、向かいの路地の角からヘルムさんが手を振っていた。ガッシュさんのことを気にかけて、俺に依頼をしてきたあの人だ。


「ヘルムさん! お久しぶりです」

「久しぶり。こんなところで会うとは思ってなかったよ」

「俺もです」


 バイクのような二輪の乗り物を引いてこっちへ駆け寄ってきたヘルムさんに、エレンとメアを紹介する。ヘルムさんはにこやかに自己紹介を済ませた。


「ここで会うってことは、ヘルムさん、城下町に住んでるんですか?」

「数日前からね。僕の働いている会社、本部が城下町にあるんだけど、そこに異動になったんだ。なんか社員が一気に体調を崩したらしくって。魔素のせいだろうねー。ガッシュさんの担当から外されちゃったよ」

「なるほど。出世ですか?」

「まさか。雑用ばっかりで忙しくなっただけだよ。せめてもの救いは、この配達用のバイクが使えるようになったことくらいかな」


 労働って嫌だね、とヘルムさんはバイクのサドルを叩く。それから、ふと気が付いたように顔を上げた。


「もしかして、陽翔君たちは『星送り』見に来たの? ちょうどその時期だもんね。あ、ほら、星送りの歌も聞こえてくる」


 住宅街なので、どこかの家の子供が歌っているのだろう。どこか懐かしいメロディーの歌が、微かに聞こえてきた。


 ……懐かしい? どうして、初めて聞くはずの歌に懐かしさを感じるんだ?


 答えは明白だ。俺はこの歌を……いや、正確にはこのメロディーを聞いたことがある。



『それ、何の歌なの?』


 脳裏に蘇るのは、いつかの河川敷の記憶。記憶の中の彼女は、え? と俺を見て、恥ずかしそうに笑う。


『私も、何の歌かはよくわかんない。おじいちゃんが教えてくれたんだ』



 日が暮れかかった住宅街。風に乗って微かに届く子供たちの歌声に、俺は立ち尽くす。


 ――子供たちが歌うメロディーは、エミリが口ずさんでいたものと同じだった。

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