吸血鬼


 宿を探している最中。あたしたちはムルシエラゴに見つかってしまった。

 さほど強い奴はいなかったから、普通に無詠唱で使える簡単な魔法を出して、次々に襲ってくる敵を倒していく。

「もう全員倒したかな」

 アネラが呟く。辺りを見渡す限り敵はもう全滅したようだ。敵の死体を草が覆っている。

 ――が、その時。

 アネラの背後に、黒い黒い影が忍び寄っている。影の主は……吸血鬼だった……

 吸血鬼はほぼ白髪に近い髪と臙脂色のワンピースを揺らして、赤がかった桔梗色の瞳でアネラをじっと見つめている。どうやら気づいているのはあたしだけのようだ。

 声を出して「危ない!」と言わなきゃいけないのに、なぜか声帯が焼かれたように痛くて、声が出せなかった。

 雷姫、ソフィアも同じ状況らしく、血相を変えて足を震わせていた。

 アネラの首筋に触れる爪の長い指。その爪は皮膚にグイっと食い込む。

「!?」

 ここでようやく気付いたアネラ。遅すぎる。

 首の後ろから現れた吸血鬼の顔は九十度傾き、首に思いっきり嚙み付いた。

 抵抗する暇もなく突如倒れたアネラ。首の傷は桔梗色に染まっていく。この

 ままじゃ、アネラがムルシエラゴ化しちゃう……! 

「雷神(レイシェン)火气(フォチー)!!」

「ニュクテリス・カタラ!!」

 二人が呪文を唱え、雷神の怒りである大嵐と、蝙蝠の呪いである毒を吸血鬼にかけたが、効かなかった。両方ともかなり強力な魔法のはずなのに。

 あたしが使えるのは……簡単な薬学、天文魔法、光魔法……ん? 光?

 吸血鬼って、太陽光をあびるとダメだったよね、確か。と、いうことは……!! 

 あたしは天に向かって祈りを捧げる。広大な空の上の世界の、どこかの星のどこかの精霊があたしを感じて、魔術を捧げてくれるといいけど。

 ――!! 遥か遠くの星から感じた魔法。これを使えば……!! 

 シャルセーナを思いっきり振り下ろし、呪文を唱える。

「ソル・ジャーマ・エスプランドル!!」

 シャルセーナのスコープからあふれ出る輝き。それは燃えるように輝く太陽のようだ。眩しくて直視できない。敬われる存在の太陽。あたしに力を貸してくれて、ありがとうございます。

 吸血鬼はその場にバタン、と倒れた。

 とりあえずアネラに駆け寄り、エルリエルの中にあるストスリを傷口に塗っておく。気休め程度だが、無いよりはいい。

「レウェリエ、ありがとう」

「助かったぁ……」

 二人は胸を撫でおろし、地面にへなへなと座り込んだ。

「ん、ああ……あたし、何してたんだっけ」

 アネラが起き上がり、辺りを見渡した。どうやらムルシエラゴにはなっていないらしい。よかった。

 しかし、この吸血鬼、どこかおかしい。

 本当にムルシエラゴなら純粋な桔梗色をしている筈だが、この吸血鬼はほぼ赤に近い桔梗色。何より、手からマウカの街にある果物屋の匂いがするのだ。しかもそこの店主であるエレナ、最近行方不明らしい。どことなく顔がにている……エレナも実は吸血鬼だし。危害は及ばせないけど。

 ここはひとつ、浄化魔法を使ってみよう。それでも浄化されなかったら、本当のムルシエラゴで間違いないから殺しておくのが吉。

「エルモソ・プエプロ・ボルベール!!」

 美しいエステラの民へ戻れ! そんな思いを込めた蒼い星屑は吸血鬼の体を包み込み、消滅した。

 そこにいたのは……まさしく、あの果物屋のエレナだった。エレナ・アンジェリ。

 エレナは驚いた様な表情をして、あたしたちをじっと見つめた。

「もしかして、あたし……ムルシエラゴの呪いにかかっていた?」

 どうやら、状況はなんとなく理解しているらしい。ムルシエラゴの襲われたのだろうか。

「良かったら、状況を教えてくれる?」

 ソフィアがエレナに問いかける。

 エレナは、ソフィアの瞳を見てビクッと震えたが、危なくないと確信したのか、落ち着いた表情になり、ゆっくりと口を開いた。あたしたち四人は真剣に耳を傾ける。

「いつも通り、マウカの市場で果物を売っていた昼下がり。普通に接客をしていた時、入り口から全身黒づくめの集団が入ってきて……お客さんを守らなくては、とあたしは果物ナイフを持って、彼奴らの前に立ちはだかったのだけど、鈍器のようなもので頭を殴られた以降記憶がなくて……」

 よほど怖かったのか、声を震わせながら話すエレナ。

「洗脳術……!」

 ソフィアが覚醒したように立ち上がった。

「どうしたの?」

 あたしが訊くと、ソフィアは少しの恐怖を纏ったその目を天に向け、言った。

「洗脳術……古代ムルシエラゴより伝わり、今もなお悪用されてきている魔術。完全に洗脳し、ムルシエラゴの配下にしようとする極悪非道なものなんだけど……はあ……同族がすみませんでした……」

 呆れたように言ってから、エレナに頭を下げるソフィア。

「ねえ、エレナ。仲間に、ならない? そして一緒に、ムルシエラゴを倒さない?」

 アネラがエレナに問いかけた。

 エレナは「えっ」と呟いて困ったような表情をしている。それもそうだろう。いきなりムルシエラゴを倒さない? とか訊かれても……

「怖いよね。判るよ。でも、今エステラは危機に直面している。そこから救い出してほしいの。もうあの流星群は見られないかもしれない。そんなの嫌でしょ? どうか協力してくれない? 『黒猫のヴァンパイア』よ」

 黒猫の……ヴァンパイア。

 神話に描かれている人物の一人だ。黒猫に変身できて、足音一つ立てずに敵に忍び寄ってその牙で血をすいとる吸血鬼。最初は星々の従者たちと敵対関係にあったが、後に打ち解け、ムルシエラゴを打倒する仲間の一人になった。

 エレナ・アンジェリ。あなたと出逢えたのはまさに運命。

「エステラを……救うため。こんなあたしでよければ、何でもするわ!」

 さっきからの怖気ついた態度からは想像もつかない明るく使命感にあふれた声色。やっぱり彼女は黒猫のヴァンパイアだ。

「ありがとう。エレナ。さあ、また立ち上がりましょう。この愛おしい世界を救うために」

 アネラもまた、海のペガサスらしく皆に言う。

 立ち上がり、北へ向かってまた歩き出した。


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