死闘の覚悟。

 降り立った場所。そこは暗く、どんよりとした空気の街だった。

 あたしたちは起き上がり、それぞれ攻撃準備をする。あたしはシャルセーナを伸ばし、何時でも呪文が唱えられるように。

 ここからは、ある程度街並みが判るソフィアに前を歩いてもらう。一番後ろはあたし。背後を取られないよう、常に警戒しなくてはならない。

 あたしたちはソフィアの作った、ムルシエラゴの魔術師が使うローブを身に纏う。フードを目深に被ったら、誰もエステラ人だなんて思わないだろう。怪しまれないように堂々とした方がいい。

 それにしても、街の民らしき人を見ていると心がチクリと痛む。

 必死に物乞いし、役人に暴力を振るわれる。でも今は泣くわけにはいかないのだ。身を砕かれたエステラ人のためにも、苦しめられているアウロスの住民のためにも、今も拘束されている前世、アネラが想いを寄せていた人のためにも……。そして、あたしが恋するデニーロのためにも。

「あっ……」

 ソフィアが右側を向いて、何か気が付いた様な声を出して立ち止まった。手には明らかに汗をかいている。

「どうしたの?」 

 一番近い位置にいるアネラが、ソフィアに訊ねる。

「とにかく……あそこの茂みの裏に行って!! 早く!!」

 ソフィアが前方に見える茂みを指差し、いきなりそこに向かって走り出した。あたしたちも慌てて着いて行く。

 茂みの裏の地面は湿っていて、気持ち悪い。しょうがないんだけどね……。

「で、どうした?」

 雷姫がソフィアに話しかけた。ソフィアは顔を真っ青にしながら、ゆっくりと話し始める。

「あのさ、今気が付いたんだけど……。あたし、指名手配されてた……」

「え?!」 

 あたしたち四人は声を上げてソフィアに顔を近づける。ソフィアは「シー」と口の前で人差し指を立てた。

「静かに! 見つかったら大変だから! さっき、右にあった医院……あ、勿論ヤブ医者がやってるところだよ? に、あたしの指名手配ポスターが貼られていて……。多分父親がやったんだと思うけどさ……。あと、ムルシエラゴはエステラに強い恨みを持っていることもあるから、もしかしたら虐殺されてもおかしくない……かもしれない」

 ソフィアが呆れたようにしてため息をついた。

 見つかったら虐殺。ソフィアの言葉はあたしたちを激しく戦慄させた。そのくらい重みのある言葉。あたしは震えるアネラの手を取り、ぎゅっと握りしめた。

「……レウェリエ?」

「大丈夫、怖くないから」

 こんな気休め程度の慰めしかできなくて恥ずかしいけど、少しでも自分の温もりが伝わるように手を包み込んだ。

「……だから、何をするかと言うと」

 ソフィアの言葉に四人は必死に耳を傾ける。緊張した、張り詰めた空気が茂みの裏を覆った。

「メイクをします……」

「へ???」

 張り詰めた空気が一瞬にして和やかな空気になる。え? 今なんて? メイクって言った? 

「今、なんて?」 

 一応聞いておこう。けどソフィアは変わらぬ表情で、

「メイク」

 と答えた。

「いや、なんで……?」

 エレナが苦笑いしながらソフィアに問いかけた。でも、ソフィアは「何がおかしいの?」とでも言いたげ。

「あたしのメイク技術、自信あるよ! じゃあまず、アネラから!」

「え、ち、ちょっと……」

 戸惑うアネラを取り押さえてメイクを始めるソフィアを、ただ茫然として見つめることしかできなかった。





 あれから数十分は経っただろうか。

 あたしの顔と髪色は誰かと疑いたくなるくらいに変容しきっていた。

 もっと丸い目だったのだが、完璧なまでの猫目になっていて、何故か鼻筋通ってるし、顔が丸くない。しかも髪色はダークイエローから黒髪になって、どういう魔法をかけたのかは知らんが桔梗色の瞳にまでなっている。

 周りも皆同じように、黒髪に桔梗色の瞳になってる。ソフィアすげえ。

 ソフィアに関しては、ボブヘアにに王子ロリの服だし……。やっぱりお人形になりたいって気持ちは揺るがないのね……。というか何処からその服持ってきたんだ……? 

「皆、ムルシエラゴにしか見えない!」

 ソフィアが喜ぶが、それは褒めてんのか貶してんのかよく判んない。

「じゃあ、行こう!」

 アネラが立ち上がり、茂みから出て行った。

 あたしたちも同様に出ていく。

「ここから先、平原だから隠れる場所無いけど、気を付けて!!」

 ソフィアの忠告にあたしたちは頷き、平原に出る。

 本当に何もなく、あるとしたら数件ほど使われていない掘っ立て小屋があるだけ。それもほぼ全壊に近いため、隠れ家は無いと言っていいだろう。

 その時。大勢の人の足音が聞こえてきた。

「!?」

 全員、感づいて立ち止まる。そして辺りを見渡した。後方から、黒い煙を立てて近づいてくるのは……紛れもなくムルシエラゴの軍隊だった。

「こんなところにいたのか、アナソフィア・ムーン・エリオット。兄上がお前を探していてな」

 ソフィアに近づいてくる、リーダーと思われる男。どこかデスグラシアに似ていた。

「あなたは……叔父のネクロタフィオ」

 どうやらこいつはソフィアから見たら叔父、デスグラシアから見たら弟にあたるようだ。どうりで似ているわけだ。

「まあいい。お前さえ捕らえることができればあとはどうでもいいんだ。我はこの小娘を頂いていくよ……」

「辞めて!!」

 ネクロタフィオに抱きかかえられたソフィアは、涙を浮かべて雷姫の方をじっと見つめている。

 ——バリバリバリ!! 

「え?」

 今、明らかに雷姫の方から雷鳴が聞こえたような……。見ると、雷姫は怒りで顔を真っ赤超えて真っ青にして拳を握っていた。

「許さねぇ……」

 雷姫は拳を突き上げながらネクロタフィオに近づく。そしてブンッと振り上げて、ネクロタフィオをぶん殴った。

「痛っ!!! おい、お前!! 何するんだ!!」

 宙に放たれたソフィアを雷姫が華麗にお姫様抱っこする。流石ですな。

「ソフィアに触れる輩はあたしが許さねえぞ?」

 思いっきりネクロタフィオを睨みつける雷姫。いいぞいいぞ。

「な、生意気な……」

 ネクロタフィオもまたヒートアップしたのか、雷姫に駆け寄ってくる。だが雷姫が隙を見せるなんてことある筈がないのだ。

闪电シャンディエン冲击チョンジー!!」

 放たれた稲妻により、ネクロタフィオは衝撃を真に受けて倒され、この場から消えた。仲間たちも一斉に散っていく。

 雷姫はふふっと笑い、ソフィアを地面に下ろした。

「あんな気安く近づいちゃダメだぞ? あたしにとってソフィアは命みたいなものだから、いなくなったりなんかしたらもう死んだと同じだ……」

「まあ! 嬉しい!」

 と、言いながらまたハグするお二人さん。何なんですかこいつら。やっぱりいちゃつかないでほしいわ。あたしとエレナは手で顔を扇ぐ。……が、アネラはというと二人のいちゃつきを興奮するかのような目で見てる。指先で小さく手を叩きながら、嬉しそうに。なんか「キマシタワー」とか呟いてるし。

「はいはい!! さっさと行きますよ!!」

 エレナが手をパンパンと叩いて三人に忠告する。三人ともため息をつきながら戻ってきた。

「……それにしても……」 

 ソフィアがボソッと呟く。その瞳は、わずかに曇っていた。

「これは、死闘を覚悟した方がいいわ」

 この時は、知る由もなかった。

 この先に信じられないほどの悲しみが待っていることなど。

 

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