——貧乏貴族


 一年とちょっと高級料理店で調理のバイトをしていたらしく、彼の料理はとてもおいしかった。安い食材だけを使っている味の深みではなかった。しかも家庭的で飽きない。


「すごいですね」

 と思わず口から出ていた。彼は喜びと照れを噛み殺したように顔を固め、

「まあね。これくらいは。別に」

 と言っていた。


 わたしは、古本屋巡りが好きである。


 しかし昨日は実際に街へでて店を巡るのではなく、ネットで調べた。それで、NHK出版の「百分で名著」シリーズがたくさんあるという方を見つけ連絡を取った。


 全部で百冊はかるく超えるそれらを、全部もらうわけにはいかない。そういうわけで、いくらかやりとりがあって、わたしが直接家に伺い、そこで数冊選んで買うことに決まった。



 京田辺という大阪とも奈良とも接している京都最南端の市で、わたしは丹波橋で京阪から近鉄に乗り換る。新田辺駅も興戸駅もすぎた後の三山木駅で降りた。地図を見ながら右往左往して到着すると、七十近いおばあちゃんが出迎えてくれた。


 彼女はわたしが連絡を取っていた方の母であった。


 わたしが連絡を取っていたのは、四十後半の久山さんという男の人だった。


「自由に」

 と言ってクリアケースにびっしり入ったそれらを披露してくれた。わたしはその中から、十四冊買うことにした。全部で四千二百円になった。



 ちょうど昼になり、彼がいつも昼ごはんを作っていて今から作るけれどどうですかと、母である美智さんが誘ってくれた。

 わたしはそんなに頂いていいのかと遠慮的になったが、むしろ食べてもらいたいというのでいただくことにしたのだった。

 灰色のスェットのまま台所に立って料理をする彼は、脱力系である。けれど脱力するだけ、分量を見事に見極めることができるらしいことは、見てとれた。わたしも似たようなところがある。


 彼はその料理のバイトと、工場で半年働いた以外、仕事を辞めてしまったらしい。亡くなった父親が多く株を持っていて、それで母子ともに働かずに暮らしているらしかった。


「いわゆる引きこもり、ニートだよ」と美智さんは明るく言った。


 さっきも道さんとわたしが話している間、彼はずっとゲームをしていた。一日中、基本ゲームをしているらしかった。


「平和でよさそうですね」

「生活できてるからね。貧乏貴族さ」


 貧乏貴族か。

 久山さんは生涯、恋人というものを作ったことがないらしかった。美智さんは十九でお金持ちで頭のいい男の人(十六年前に他界したらしいいまは亡き夫)を見つけ結婚したらしい。


「男に興味がないんなら、金持ちと結婚すると楽よ」

 と彼女は言った。

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