エピローグ 夕日とオレとラーメン

「ガク、帰りにラーメン食べに行こう」

「は?」


 朝食、昼食と、顔を合わせてもどことなく気まずくて、会話なく過ごした放課後。何かと唐突な夕日だが、昨日の今日でこれは予想できなかった。


「下等なヒューマンのものとは違うよ。この町にも、吸血鬼用のラーメンを出している店があったんだ。可哀想だから、おまえにも食べさせてやる」

「昨日ラーメン食ってキレてたのは何だったんだよ」


――おまえは僕の味方でいろ。


 思い当たるのはあの告白。コイツはコイツなりに、友だち甲斐ならぬ、味方のし甲斐を示したいと思っているのかもしれない。

 オレが考えこんでいると、夕日はむむむと眉をつり上げた。


「へえ、あんなに卑しく欲しがっていたくせに! 食べないんだね、ラ――メン!」

「無駄に伸ばして発音すんなムカつく! 行きますよ行きます」


 いつもの帰り道とは逆方向のバスに乗り、入り組んだ路地の先に建つビルの地下に、その店はあった。知る人ぞ知るという感じのたたずまいだ。

 夕日は入店と同時に、近寄ってきた店員に注文を告げた。


「半ラーメン一丁と、並ラーメンのり無し一丁」


〝のり〟とは吸血鬼たちの隠語で血のり、つまり食用血液のことだ。

 のり無しと聞いて店員はいぶかしげな顔をしたが、オレが舌を出して見せると納得したように伝票を書いた。このタトゥーはオレの身分証明でもある。


「あの若さで眷属連れなんて、うらやましいねえ」

「あれだよ、片喰先生のお孫さんだ」

「ははーん、さすがブルジョワ」


 吸血鬼の社会は狭く、片喰家は顔が広い。店員たちの無遠慮なひそひそ話を聞きつつ、オレたちはカウンター席で注文ができあがるのを待った。

 夕日は手のひらで顔を覆い、首を振りながら小さく低い声音を出す。


「誇り高い吸血鬼が、下等なヒューマンのような噂話とは嘆かわしい……」

「吸血鬼の店でそのロールしてて恥ずかしくねえの?」

「うるさいだまればか」


 足を三発蹴られ、思わずうめき声をこらえた。痛みが引いたタイミングで、目の前にどんぶりが置かれる。澄んだ琥珀色のスープに黄色い麺がつかり、ワカメ、チャーシュー、メンマ、半切りのゆで卵、刻みネギ、ナルトと具だくさんだ。


「こりゃ絵に描いたようなラーメンだな」


 夕日の方はスープはまだしも、血が練り込まれたとおぼしき麺が黒い。オレたちは同時に箸を割り、いただきますと手を合わせた。

 スープを一口含むと、それだけでインスタントとは違う味の世界がぶわっと広がる。コク深く、色んな種類の旨味が層を作っているようだ。

 麺をすすり上げると、生き物のように口の中で跳ねる弾力とコシがあり、食感が楽しい。ほどよくスープと絡んで、つるつるとした喉ごしが快感だ。


「これが本物のラーメンか~」

「……ケモノ臭い。脂っこい。しょっぱい」


 感激しているオレの横で、夕日は文句たらたらだ。


「でも。ちょっとぐらいなら、美味しい」

「なんだよ、結局楽しんでんじゃん」

「だって、ガクと食べているから」

「は?」


 オレが呆気にとられていると、夕日は小ぶりなどんぶりを持ち上げ、ずぞぞぞとスープを飲み干した。いつになく豪快な食べっぷりだ。


「下等なヒューマンどもは嫌いだし、そいつらと混じって何かするのも嫌だ。でも、初めてのものをおまえと食べられないのは、もっと嫌だ」

「……お、お、オマエ……なあ……」


 絶句していると、夕日が「なんだよ」と目を尖らせた。昨日の血がどうのというのは建て前で、オレが一人で変わったもの食べてすねてただけかよ。

 まあ、こいつがワガママで、寂しがり屋なのは、今に始まったことじゃない。


「最初からさ、もう少し素直に言えよな」

「今言ってるだろ」

「最初からって部分をサイレントすんな!」


 本っ当にこいつは、どうしようもないワガママクソ野郎だ。



 食べ終えて外に出ると、ちょうど日暮れ時だった。今日の空はいつもより赤く、輝いて見える。だからつい、ガラにもないことを言ってしまった。


「夕焼け、キレイだな」


 言ってから恥ずかしくなったが、何か言いたそうな夕日の視線に応えてやりたくなる。コイツに血と、色んなものを渡すのが、きっとオレの役目だから。


「夕日。お前と同じ空」


 初めて二人で夕焼けを見た時、夕日はサングラス越しでもはっきり分かるほど、とびっきりの笑顔だった。またあんな風に笑わせてやりたいと思いながら、ずっとそれができないでいる。


(どうしてあの時、あんなに嬉しそうだったんだ?)


 一回そう訊いてみようと思って、でも照れくさくて、何年経っただろう。


――僕が何をしても、何があっても、絶対に僕の味方をするんだ。

――そうしたら、僕もおまえの味方をする。


 コイツにはきっと、オレが必要で。オレには、オレを必要とするコイツが必要なんだろう。片喰夕日の味方は、骨が折れそうだ。


「明日はきっと晴れだな」


 そう言って歩き出すと、夕日は「曇ればいいのに」と不満そうにしながら、オレと足並みを合わせた。

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メリー・ブラッド・ラーメン! 雨藤フラシ @Ankhlore

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