最終話 これから/林田

 捨ててしまったものを拾いにいってくる、と偉そうに小中先輩に宣言しておきながら、俺のアプローチは一度失敗に終わっている。

 昨日の日曜日が急に暇になってしまったのはそのためだ。


 当然、アポ無しであればそういう場合もあるだろうと思ってはいたが、連絡さえつけば予定は組めると甘く考えていた。


 それがまさか、電話さえも繋がらないとは。

 着信拒否ではないだけまだマシか……単純に電話番号が変わっていた。


 現在、この番号は使われていません、とのこと。


 手がかりがまったくない。

 中学は全寮制だったのであいつと互いの家を行き来したことはないし、地元がどこなのかも聞いていなかった。


 親友と言いながらも互いの家庭環境についてはノータッチ……ではなかったが。

 そもそも意気投合したのが家族の話だった。


 俺は妹が、


 あいつは姉が、


 極度のブラコンだった。


 全寮制の中学に逃げ込んだのは、妹の過度な接触から逃げるためだ。

 あいつも姉からの過保護から逃げるために、全寮制を選んだと言った。


 偶然にも同室になったあいつと家庭環境が似ていて、他人とは思えないくらいに共感した。

 それからだ、入学初日から俺とあいつはどこへいくにもなにをするにも一緒だった。


 かなりバカをやった。

 殴り合いの喧嘩なんか日常茶飯事だった。


 質の悪い悪戯もたくさんしたな。


 クラスメイトの部屋にねずみ花火を投げ込むなんて序の口で、寝ている間にクラスメイトを丸刈りにしたこともあった。

 思い出深いのは集団での脱走だったか。


 まるで刑務所みたいなところだったから、

 協力してくれる同志は探さなくともすぐ隣にいたくらいだ。


 教師に隠れて娯楽を外から調達したり、職員室から盗んだり……。

 それが見つかり縄で吊し上げられ、教師に竹刀で一晩中も叩かれたこともあった。


 こうして振り返ってみればなんて学校なんだと耳を疑いたくなるな。


 それでも俺は陽葵代学園に入学するまでは、

 あれが当たり前だと思っていたのだから恐ろしい。

 戻れと言われても甘い汁を吸ってしまった今は、もう戻れない。


 戻りたくない地獄だった――でも、だ。


 それでも楽しかったことは、嘘ではない。


「灯台下暗しだな……期待はしていないが、会えればいいが……」


 俺と高科で五番勝負をしたゲーセンである。

 陽葵代学園から近い、いきつけの店だ。

 だが、モノトーンの制服はあまり見ない。


 基本的に利用客の平均年齢が高く、柄が良いとは言えないのだ。

 全体的にタバコ臭いし、アミューズメントパークが併設されているわけでもない。

 小さなバッティングマシーンがあるくらいだろう。

 全体的にレトロな筐体が多く、

 常連さんだけで売り上げを回しているような規模の小さなゲームセンターだ。


 利用客は知り合いではないが、顔は見知っている。

 いつも同じ筐体の席に座っているため嫌でも覚えてしまうからだ。


 ……別に、挨拶は交わさない。

 向こうも俺の顔を覚えているだろう。ただそれだけだ。

 対戦がしたいなら言葉はいらず、向かい側でコインを投入すればいい。


 互いに干渉しない世界。


「……居心地が悪いところっスね」

「なんでついてきたんだよ……立花」

「先輩があんなこと言うんスもん。気になって」


 捨てちまったもんを取り戻しにいってくる……、

 確かにそう言ったが、ついてこいと言った覚えはない。


 俺を見てどうするんだ。お前と俺では事情が違う。

 俺は、自分から関係を捨てた――加害者だ。

 だが立花、お前は捨てられた側の、被害者だろう?


「決めつけないでくださいよ。……まあ、先輩の言うとおりっスけど」

「じゃあ聞くが、裏切られた相手から連絡がきたら、まずどう思う?」

「どの面下げて連絡してきてんだ、って思うっスね――」


「……だよなあ」

「それでもまあ……少なからずは、やっぱり嬉しいっスけどね……」


「そうか、お前の相手は女か」


 裏切られていながら憎しみ一辺倒ではない理由がなんとなく分かった。


 憎み切れず、どちらかと言えば裏切られた立花が取り戻したがっているのも納得だ。


 好意があったからだ。好意か利益か、どちらかがないと関係は成り立たない。

 立花の好意がどれくらいのものなのかは知らないが、表情から察するに、少なくとも利害で取り戻したがっているとは思えなかった。


「……どうっスかね」

「悪い、詮索する気はなかったんだよ」


 こうしてついてこられた俺自身、探られているようで嫌なのだ。

 痛みを分かっている以上、俺で止めるのが一番平和だ。

 やり返すつもりはまったくなかった。


「……おれ、もう帰りますよ」


「おう。なんか、気を遣わせたな、悪い。勇姿を見ておけと言わんばかりに俺から伝えたくせに、見るなってのは、俺のわがままだよな」


「そんな風には……思ってないっスよ。

 ただ、説教か大きなお節介だとは思ってたっスけどね。

 そういうつもりなら見てやろうとは思ってました」


「ねえよ。説教? 俺が? 

 お前よりも状況が酷い俺がお前になにを説教できるって言うんだよ。

 それにお節介も、俺は焼かないタイプだ。冷たい、って思われるかもしれないけどな。

 いいよそれで。ただ、強制するつもりはないが、俺はやるけどお前はどうする? ってメッセージは一応、ないわけじゃない。

 決めるのはお前だし、受け取った上で無視しても俺はなんとも思わないよ。

 そんなもん人の自由だ。

 でも、先輩としてだ。

 わざわざお前に伝えるくらいには、お前のことをどうでもいいと思ってるわけじゃないってのは、分かってくれたら俺も報われるな」


「…………そうっスか」

「ああ。……気にすんな。お前の好きにやれよ。文句は誰にも言わせねえ」

「先輩は、良い先輩っスよ、おれが保証します」


 言って、立花がタバコの白い煙で見えづらくなった視界の先へ、消えていった。


「お前の考えを否定しねえって、言うの忘れたな……」


 友達は装飾品だ、自分を良く見せるための道具だと言うあいつの考えは悪ではない。

 繋ぎ止めておく理由はともかく、それでも関係を維持しようとしているだけマシだ。


 だからこそあいつは裏切られる側で、

 裏切る側には決して回らない人間性なんだ。


 ……だからって高科がじゃあ裏切る側かと言えば、違う。


 高科の場合は裏切らないよりも先に、繋がない。

 第一印象で切り捨てているわけだが、それでも裏切るよりはマシだろう。


 少なくとも、一度裏切った俺よりは、随分とマシだと思う。


「さて……」


 レトロな対戦格闘ゲームの筐体にコインを投入する。

 目の前にいる対戦相手とマッチングし、試合がスタートした。


 懐かしい……脱走してはよく遊んでいたな。あいつと、こんな風に。


「…………」


 手が覚えている。

 勝手に指が動く。


 相手キャラの動きに合わせて、自分のキャラが最適の動きをする。

 攻撃を避けて、反撃。コンボを繋いで――しかし相手キャラも俺の得意コンボに合わせて回避をした。距離を取られ、その後、捕まえるのに苦労する。


 体力の八割を削り合った白熱した勝負……しかし束の間、悲鳴が聞こえた。

 女性の声だ……まあ、珍しくもない。少し乱暴な、不良グループのナンパだろう。


 よく目にする光景だ。

 困っているからと言ってこれを毎回毎回助けていたら、休む暇がなくなってしまう。

 一人のヒーローが地球の裏側の餓死しそうな子供を助けられないように、できる範囲は限られている。


 俺の手には余る。

 だからゲームに集中した。


 すると、急に相手の動きが止まり、あっという間に勝ってしまった。

 ……白熱したのもすぐに冷めてしまい、まったく嬉しくない。

 それもそうだ……途中から魂が抜けたように相手キャラクターにはなんの感情も乗っていなかった。


 そもそも、前の筐体の椅子には、誰もいなかったのだから。


「…………だよな」


 筐体を回り込んでいた俺は、さっき聞こえた悲鳴の方へ向かう。


 すると、案の定だった。


 折り畳みナイフを持った、俺よりも少し年上の不良グループ。


 六人を相手にしても完勝。

 全員の顔の骨格を歪ませ、穴という穴から血を出させ、地面に転がしていた。

 一人の男の上に座ったヒーロー気取りのあいつが、助けた女性に向かって食事に誘っていた。


 おいおい……それじゃあ女性からしたらナンパが六人から一人に変わっただけだろ。


 でも、誘われた女性は、満更でもなさそうだった。


 このままだと見なかったことにされて食事にいってしまいそうだったので引き止める。


「賢聖。

 ゲームの続きどうすんだ。

 しばらく放置してるから俺とお前のキャラが互いにアピールしてるぞ」


「…………」


「時間制限もないし、ずっとあのままだぞ。

 俺が一勝したまま、それでいいのか?」


「…………」


 賢聖は背中を向けたまま反応しない。

 女性の手を取り、転がっていた不良たちを踏んづけながら離れていき――。



「……そうだよな、っ、くそ、一言目は分かってたんだ。

 でも、お前を見たら照れ臭くなった――、

 俺たちの間にそういうのって必要かと疑問に思っちまった。

 ……でも、なくちゃいけねえんだ。たとえ親友でもさ、言わなくちゃならねえよな――」


 足が止まる。

 あいつの背中が、俺の言葉を待っていた。


「悪かった」


 お前を裏切って。

 お前から逃げて。


 相談も決断もなにもお前に言わず、自分勝手に離れていって。


「賢聖。俺とお前は、もう一度、親友になれるのか?」


 あいつが振り向いた。

 助けた女性を横に突き飛ばして、



「遅ェよ、旅鷹」



 握り締めた拳が、俺の頬に突き刺さり――、

 後ろに飛ばされ、激突した筐体を揺らした。


 恐る恐る手で触れる……うおっ……頬骨が砕けたかと思った。


「これでチャラだ」

「……いっ、つう……これ、俺の方が、貰い過ぎてねえか……?」


「バカ言ってんじゃねェよ」


 賢聖が俺の胸倉を掴み、腕力だけで持ち上げる。


「オレが受けた痛みは、こんなもんじゃねェよ」

「……分かってる。好きなだけ殴れよ。お前の気が済むまで、いくらでも――」


「じゃあ座れよ。いくらでも殴ってやる」


 言って、賢聖が筐体の椅子に座った。


「早くしろ」と俺を促しながら、

 賢聖のキャラが、俺のキャラを殴り続ける。


 俺が筐体のボタンに触れると、


「動くなよ?」

「おい。これ、殴られ続けろって、こういう……?」


「付き合えってんだ。暇なら喋ってろよ――たとえばそうだな。

 お前があの時に欲しがってたもんは、手に入れられたのか?」



「……ああ。でも、普通と言うにはちっとばかし面白い学園なんだが――」



 俺は語ってやった。

 陽葵代学園に入学してからこれまでのことを。


 賢聖を真似した先輩と不幸なアイドル、友人をファッション感覚で維持する後輩に俺の新しい親友のこと、俺を追い詰めた賢聖の義弟、天才でありながらそれを隠す美人の先輩――、


 そしてもしかしたら賢聖と結婚することになっていたかもしれない、人を疑うってことをつい最近まで知らなかったお嬢様のことを。


 日付が変わっても俺たちの会話は止まらなかった。

 朝になっても、昼になっても。


 俺たちは一年の沈黙を取り戻すように、語り合った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ハイスクールライブ・TV・ショー 渡貫とゐち @josho

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ