第34話 盤外戦術

 理由も完璧、俺の策を全て破った正答だった。

 これで俺の一人負け……のはずだ、普通なら。


 だが言ったはずだ、既に種は仕込んでおき、後は花を開くのを待つだけだと。

 正確に言うなら既に花は開いていて、それに気付く者がまだ現れていなかった。


 ふと、と言った感じに、しかし誘導するように、壁にかけてある時計を見る。

 俺の視線につられて木下も時刻を確認し……「あっ」と気付いたようだ。


 すると、慌てた様子で運営委員からの放送があった。

 それもそうだろう。


 既にゲーム終了時刻を、五分もオーバーしているのだから。


「完璧な推理だったな。

 でも、お前が俺を犯人と指摘した時点で、もうタイムアップだったんだ。

 ってことは、これは俺の逃げ切りで、俺の独断勝利ってことだよな?」


「運営委員側のミス……ですか? 先輩の植えた種が……?」

「まあ、種明かしはしないが、そういうことだ。だからあいつらを責めてやるなよ」


 木下ならしないと思うが、一応、そう釘を刺しておく。

 直接、言いはしなかったが、木下は薄らと笑みを浮かべていた。


 ……満足ってわけではなさそうだが、それでも不満はなさそうだ。


「林田先輩、……勝利者報酬の、契約解除権は、どうするつもりで……?」

「もちろん、お前と茜川の間で交わされた、契約の解除に使うつもりだよ」


 その時だった、耳をつんざく怒声が浴びせられる。



「――どうしてッ!!」



 声の正体は茜川だ。

 笑顔で俺に「ありがとう」と言ってくれるとは、さすがに期待はしていなかったが、

 まさか鬼のような形相で睨み付けられるとは思ってもみなかった。


 彼女の平手打ちが――、覚悟したものの、こなかった。

 咄嗟に思いとどまったのだろう、本来なら感謝されるべきで、

 間違っても殴られるようなことを俺はしていない。


 俺は茜川を助けたのだ。

 まあ、表向きは。


 茜川が上げた腕を下ろして、


「わたしが、自分で助かるって、言ったじゃんっ!!」



「それなんだけどな、お前が俺を犯人だと仮に指摘したとして、

 契約解除権を受け取ったとしても、同時に探偵側である木下も契約解除権を貰えるんだ。


 解除権が両者にあると、希望すれば相殺させることができる。

 お前が自分で助かるには、二枚の解除権が必要になる。


 それ以外だと、そうだな……自力で契約反故の言質を取るか、

 木下にとって不利な契約を結ばせ、結婚の契約解除の交換条件に、

 お前が新しく交わさせた契約解除をトレードに使う、とかだな。


 現時点で、お前は自力じゃ助からない場所にいたんだよ」



 茜川と木下が、両陣営で分かれていれば問題なかったのだが、

 同じ陣営にいると今回は詰んでしまっている。

 とは言え、結婚自体が先の話なので、次回のゲーム参加のくじ運を期待したり、

 ゲーム以外で木下にアプローチしていけば、可能性はゼロではない。

 木下も警戒はするだろうが、四六時中、狙われていたら気が休まらないだろう。


 狙う方も同じだが、疲弊の度合いは狙う方が随分と楽だ。


「そ、そうだけど……でも! またはやしだに助けられた……っ。

 それって、さ……またパパに、言われて……?」


 そうか、そこが不安なのか。

 無理もないか。茜川の周りには、父親の息がかかった友人しかいなかったのだから。


 思えば俺も、理事長からなにか指示を受けていた気もするが……忘れた。

 秘密を暴露されるとかなんとか脅されたが、今になってみれば別にいい。


 分かる奴には分かるだろうし、広めようと思えば簡単に広められる。

 だったら理事長に屈して言うことを聞いても損になりそうだ。


 理事長の命令があろうとなかろうと、俺が自分の意思で動いたことに変わりない。


 だから茜川の不安には、否定をする。


「……いいや、違う。元より、理事長に頼まれてお前と仲良くしていたわけじゃない」


 そもそも、近づいてきたのはお前の方だ。

 理事長からの接触があったのはその後。


 もしも俺に理事長の息がかかっているのであれば、

 操作できるのは茜川との接し方だけであり、

 茜川と友人になるかどうかを決めたのは俺自身の選択になる。


 理事長の娘だから友達になったわけじゃない。


 人懐っこい性格とか、日本人離れした可愛さとか、

 こんな美少女と友達になりたいって気持ちはもちろんあるが、

 しかしそんな部分までを否定したら、じゃあ相手のどこを見て善し悪しを判断すればいい?


 人間関係なんて第一印象から始まるものだろう。


 話しかけたその後で接し続けるか切り捨てるか、判断材料は別になる。


 仮に茜川が美少女でなかったら? それでもまあ、無下にするわけではないが……。



「なによりも、茜川と一緒にいると楽しいから友達になったんだ。

 理事長に言われてお前に近づいたわけじゃない。

 お前に近づくことで理事長に気に入られようとしたわけじゃない。

 あれのことなんかどうだっていい。俺は普通の、誰もが当たり前に過ごすスクールライフを送りたかっただけなんだよ。


 気兼ねなく遊べる親友がいる、慕ってくれる後輩がいる、甘やかしてくれる先輩がいる。

 いつも明るく接してくれる同級生がいる。恵まれてるよ、俺は。

 中学と比べたら、俺はいつ後ろから刺されたっておかしくないくらい、幸せもんだ!」



 そうだ、これは俺が自分で掴み取ったものだ。

 誰かに言われて掴まされたものじゃない。


 これからも、誰かに指示をされて、友達を選ぶような人間にはならない。


「お前が俺をどう思おうが勝手だ。見返りなんか求めない。

 俺はお前のことを、友達だと思ってる。

 嘘だと思うなら無視すればいい、

 冗談だと思うなら笑い飛ばせばいい、

 騙してるんだと疑うならお前も嘘を吐けばいい……、

 ここはそういう学園だ、文句はねえよ」


 けど、


「俺は、信じてる。

 こんな学園でも、俺は友達を疑ったりはしないって決めてんだ」

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