第22話 情報整理2

 茜川が高科を指差す。


「お兄ちゃんが好きだけど、

 それを忘れるためにクラスメイトの男の子を無理やり好きになろうとしたの。

 その男の子とも昔から仲が良かったし、

 元々は異性とは思えないくらい、わたしたちと溶け込んでいたから」


 男子の輪、女子の輪、同性でそう区切られがちだが、

 男女混在したグループがあっても不思議なことではない。


 小学生の時はそれが普通だったこともある。

 それがいつしか、中学に上がって、高校生になると、

 ぶ厚い壁のような隔たりを感じるようになる。


 異性との交流となると、年齢を重ねるとやはり恋愛を意識するからだろう。

 小学生の時のように、異性を同性と思うような気軽な友人関係は築きにくい。


 ……高科と親友を続けられてる俺が言うのもなんだけどな。


 少女Aと親友の女子ともう一人、友人の男子が、一つのグループだった。


 互いの家に行き交い、プライベートを明け透けにするほどの仲だったが、

 最初に禁忌を犯したのは、片方に惚れてストーキングを始めた男子だった――、

 そう思っていたが、案外、親友の女子なのかもしれない。


 少女Aに相談くらいはしていただろう。

 で、相談を受けた彼女は、恐らく考えることもなく応援すると言ったはずだ。

 だって少女Aが好きなのは親友の兄なのだから。


 だけど、ブラコンの妹の好意は変わらず兄に向いている――、

 無理やり、身近な男子に逸らしただけなのだ。


 なんとも複雑な心境だ。

 好意を向けた男子は少女Aを好きになり、

 そんな彼を邪険に扱う少女Aに許せない気持ちを向けていながら、

 実際は兄を誘惑している彼女に別の怒りを覚えていたのだから。


 喧嘩をした事実は変わらない。

 俺たちに認識のずれがあったのは、その理由が違うからだった。



 新たに出揃った情報をあらためてまとめてみると、だ。


 少女Aは好意を抱いていた親友の兄に告白をしたが振られ、

 偶然にもそのタイミングでアイドルスカウトされた。


 振られた兄に再び振り向いてもらうために、

 なんとしてでもアイドルとして成功しなければならないと意気込んでいる。


 だから途中でやめるという選択肢は浮かばず、

 たとえ家族や教師と衝突してでもアイドルを続けようとしていた。


 同時に、兄を誘惑していることで、親友の女子との仲が壊れかけてしまう。


 友人の男子をストーカーにさせてしまい、かなり粘着質な被害が出てしまっている。


 問題はまだある。

 出席日数が足らないことで学園にいることが困難になってしまう……、


 マネージャーは在学中ということを配慮せず、

 アイドルの仕事を多く入れ続けている。

 それは少女Aが望んだことで、彼に落ち度はない。


 茜川から引き出した情報が正確であるなら、こうなる。


 謎に包まれていた少女Aを形作る設定だ。


 ただ、これを把握してもスタートライン。


 明かすべきは彼女が退学になった理由である。


 理由を考えた上で、しかも特定しなければならない。


 ……犯人は、誰だ?



 残り時間が四十分を切った。



(推理パート)


「先輩、没頭し過ぎじゃないですか? 

 休憩中にあれだけ頼んでおいたのに、結局、始まったら協力してくれていませんし……」


 隣の席の尼園が不満そうに口を尖らせる。


 ああ……忘れていた。というかそれどころじゃなかった。

 メモが取れず情報を頼りに少女Aの設定を固めていると、

 それだけで頭がパンクしそうになる。


 こうしている今も覚え切れていないなにかが、

 こぼれ落ちているんじゃないかと不安で仕方がない。


 重要な情報を忘れてしまっていないか、矛盾点を見落としていないか、気になる。


「尼園は今のところの展開、理解できてるか?」

「いえ、まったくっ」


 満面の笑顔である。考えるどころか覚える気もないようだ。


「ようするに犯人を特定すればいいだけじゃないですか。

 だったら別に細かいことを考えなくてもいいんですよー。

 逆算すればいいんです。

 退学になる可能性を全部、総当たりで考えていけば、

 一つくらいは当たるでしょうし、それ以外でも近くまでいってるでしょ?」


 ……案外、馬鹿にできない方法かもな。


 順を追って結論を求めようとしてしまっていたが、

 逆で考えてみると正攻法では辿り着けない部分があっさりと解けるかもしれない。


 たとえば、今まではそれぞれの人物の動機や状況を考えてきたが、

 具体的に退学にさせた方法を洗い出し、可能な手段を列挙させていけば、

 当たらずとも遠からずな答えが出てくるかもしれない。


 早くそうしておけば良かったかもな。


「逆算するにしても、それぞれの人物の動機や状況を知っておかないと難しいわよ? 

 だから、旅鷹くんたちが苦労して近づけた人物設定も無駄じゃなかったわ」


 どちらの方法も間違いではない。

 ただ片方から進むのでは限度がある。

 つまり、二つを組み合わせることで答えが出るという公式になる。


 小中先輩が言うならそうなのだろう。

 そもそも当てずっぽうで犯人が当たっていたとしても、

 理由まで答えなければ勝利にはならない。

 理由を当てるには、やはり動機や状況は切り捨てられない――。


 これまで発言が少なかった小中先輩は、集中をすると口数が減るタイプだ。

 先輩が発言もしないほど思考の海に潜っているということは、

 ある程度の答えが出ていると考えてもおかしくはない。


 と、思ったが、


「無理ね。私にも分からないわ」


 ということは、情報が足らないのか。


 確かに少女Aと深く関わりがある『親友の女子』『友人の男子』『親友女子の兄』――、

 との関係性や、抱く感情はまとまってきたが、それ以外はまだ分からないことが多い。


 マネージャーは少女Aをどう思っている? 


 両親はどうして娘のアイドル活動に反対なのか? 


 教師は両親の意思を汲んでいるが、

 逆に生徒を思って両親を説得しようとは思わないのか? 


 少女Aの妹は姉にどうしてほしいのか――、など、不透明な部分も多い。


 それに少女Aとの関係性だけだとまだ足らないだろう。

 少女Aを除いた登場人物同士の接点も把握しておかないと、答えには辿り着けない。



 パンク寸前の頭に、これ以上の情報が加わるのか……?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る