第20話 嘘か真か

「親友の秘密はばらせない、か……、

 その親友は本当にお前を親友だと思ってんのか?」


「思ってるよ! 幼馴染みだもんっ、だから――」


「いつどこで出会ったんだ? 少女Aの本当の名前は? 

 好きな食べ物は? そこまで分からねェのに親友だなんて言うなら、笑わせるぜ」


 茜川が黙った。

 そういう細かい設定まで、茜川に伝わっていたなら答えられただろう。


 しかし、口を詰まらせた彼女を見るに、そこまでは知らなかったようだ。

 勝手に付け加えることもできただろうに……、出す情報は正確に、という決まりもない。

 だが、茜川は言わなかった。素直に、知らないことは知らないと白状する。


 どれだけ共感し、没入しようが、虚構は虚構だ。

 人が作ったものには、少なからずの穴がある。

 プロの作品ならまだしも、素人が作った、

 この場限りの設定であれば、風通しのいい穴だらけだろう。


「うぅ、でも……でも!」


「お前を友達だと思ってる奴がこの学園に何人いるんだかな。

 お前も心のどこかで勘付いてるんじゃねェか? 

 転入してすぐに人が寄ってくる? 物珍しいからか? 整った容姿をしてるからか? 

 少なからず、あるかもしれねェな。

 だが、ほぼ全校生徒がひっきりなしにお前に会いにくるなんて、異常な光景だぜ。

 オレは興味ねェからいかなかったが」


 茜川陽葵は転入早々に学園の人気者になった。

 まるで学園を代表するマスコットのように。

 廊下を歩けばすれ違う生徒から挨拶をされ、手を振り合う――普通はあり得ない。


 転入生が注目されるのは最初だけだ。

 それでも、やってきてもクラスメイトくらいだろう。

 他クラスの生徒が、数人、訪ねてくるくらいじゃないか? 

 まさか学年を越えてやってくるとは思えない。


 三年生が年下の転入生を見にくるか? 

 一年生が先輩の転入生に興味を持つか? 


 遠巻きに見ているだけならあり得るが、話しかけたりはしないだろう。

 茜川の容姿を加味しても、

 いちいち顔を覚えてくださいと言わんばかりに媚びを売ってはこない。


 だから、そこに強制力が働いていると見るべきだ。


 茜川の肩書きを思い出そう――お嬢様、だ。


 陽葵代学園、理事長の一人娘――そう、茜川の裏には理事長がいる。


 推理は簡単だ。

 推理と言うには謎でもなんでもないのだが。


 理事長が転入する娘に向けて、寂しくならないようにと願い、

 全校生徒に仲良くしてほしいと通達した。

 もちろん俺のところにもプリントで連絡がきている。

 茜川の転入直前のホームルームで、担任の生徒から直々に命令があったくらいなのだから。



『茜川陽葵と友人関係を結ばなければ、ペナルティが下される』



 そう通達されたら、

 先輩のようにペナルティを恐れない生徒以外は、嫌でも茜川と仲良くするだろう。


 そうして出来上がったのが、今の茜川の環境だった。


 茜川が人気者? そんなわけがない。


 これは理事長が娘のために構築した、都合の良い世界だ。


 甘やかされて育った。

 痛みを伴わない幸せな日々を送り続けてきた。


 そんな茜川が今、恐らく初めてだろう――突きつけられた現実に、顔をしかめた。


 痛みというよりは、苦しみ。

 呼吸もままならない状態で、茜川の上半身がぐらりと揺れて、机に肘をつく。


「その親友は、お前のことを親友だと思ってんのか?」


 先輩が繰り返す。

 ここで、鍵が壊された。


 あとは、成り行きに任せていれば自然と箱が開くだろう。


 こんな状態でも茜川は、少女Aを友人だと信じて、秘密を守り抜くだろうか?




「……うそつかないで……。そんなことない! 

 みんなは、パパが無理やりわたしのために用意した友達なんかじゃない! 

 だって、楽しかったもん……っ、

 輪になってみんなで笑い合った裏では、みんなは違うことを考えてたって言うの!?」


「そうだって言ってんだろ。

 この学園じゃ、誰もが貼り付けた表情と心中で考えてることは乖離してるぜ? 

 他人を騙して目先の利益を求めてる。どう口を滑らせてやろうかって具合にな。

 用意周到に準備をして頷かせる。

 純粋で素直な奴ほど、まんまとはまって無茶な契約を交わされるんだ。

 お前みたいな奴がカモなんだよ。ただ、良かったな。

 理事長の父親っていう盾があってよォ。

 それがなければ今頃、お前は破滅してんじゃねェか?」


 抱えきれなくなった負債によって人格が潰されていく――つまり、破滅。


 勝者は勝者でいるために他人を騙し続け、

 敗者は現状から脱するために他人を騙し続ける……、

 そういうサイクルが出来上がってしまっている。


 茜川のような天真爛漫な生徒が他にいないのは、搾取されてしまったからだ。

 もちろん最初からいなかったわけではない。

 新一年生の中には茜川のような素直な生徒もいた。

 だが、そういう生徒は嫌でも目立ってしまう。


 目立ってしまえば、ターゲットにされる。

 あとは当然、勝者が勝つように準備された環境下で、

 たった一言で片がついてしまうわけだ。


 茜川が例外なのは、理事長という父親がいたから。

 未だに人格が百八十度も変わってしまうような、破滅に至ってはいない。


 だけどそれも本人にとっての常識が覆された時、同じ現象が起こるとも言える。


 茜川に無茶な契約を交わさせ、それを重ねることで疲弊させなくとも。


 やり方は別にある。


 たとえば――、

 すると、思考を遮る扉のノック音が聞こえた。


 姿を見せたのは運営委員の女子生徒だ。

 室内放送で呼びかけるのでなく、直接こうして姿を見せたのは、

 手に持ったスマホを渡すためだったらしい。


「鳴滝三年生に……です」

「よこせ」


 先輩がスマホを受け取り、画面をタッチして机の上に置く。


『……やってくれたね、鳴滝君……!』


 低い声は理事長のものだった。

 元々、通話状態だったらしい。

 こうして全員に聞こえるようにスピーカー設定に切り替えたのは、鳴滝先輩だったが。


「なんのことだ?」


『娘のことだ! 通達した時に言ったはずだぞ……決して娘には言うな、と……ッ! 

 ペナルティは、たとえ君でも問答無用だ。退学もあると覚悟しておきたまえ……!』


「勝手にしろ。それにしても、あんたは娘のこととなると一気に周りが見えなくなるな。

 モニターを見てねェのか? だから迂闊に口を滑らせんだよ」


『…………君、なんだか声が遠く――』


「で、誰が嘘吐きだって? 

 お前の父親が直々に答え合わせをしてくれるとは気が利いてるなァ。

 さて、これでもまだお前は、寄ってくる誰もが、

 お前と本当に友達になりたいと思って近づいてきてくれているなんて夢物語を吐くか?」


『ッ!? ひま、り……? そ、そこにいるのか……!? 

 聞こえているのか!? ち、違うんだッッ、今のはドッキリだ、ドッキ――』


「人を傷つけるようなドッキリはしないでって言ったよ。

 パパはわたしが言ったことも守れないの? 

 ……もういいよ。もう、いい。パパなんか、だいっっっっきらいッッ!!」


 茜川が手を伸ばして、指を叩きつけるようにスマホの画面をタッチし、通話を切る。


 それから何度も理事長から着信があったが、茜川がスマホの電源を切った。


 運営委員の女子生徒にスマホを返し……全員を見回す。


 そこにあった表情に、かつての輝きはもうなく――、

 目の下に隈をつけた徹夜明けのように疲弊した、茜川陽葵の姿だった。


 それから彼女が口を開いた。

 鳴滝先輩が知りたがっていた、少女Aの情報を遂にこぼしたのだ。



「少女Aは、教師に性的虐待を受けてたよ」

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