第11話 少女Aの正体とは?

 唐突な大きな音に、全員の思考が一旦止まる。

 不良の鳴滝先輩が、自分の椅子を強く蹴り飛ばしたのだ。


『……鳴滝三年生、イエローカードですよ』

「うっせェんだよ」


 一喝で運営を黙らせた後、先輩が手の平を机に叩きつけた。


「お前ら、様子見で出し惜しみしてんのなら時間の無駄だ、さっさと言え。

 どうせ全員が同じ情報を持ってんだろ? 

 ……どいつもこいつも、全部の情報を言ってねェ。

 弱ェ奴ほど裏で企んでやがんだよ……、そういうところが気に食わねェ。

 それ以上に、退屈なんだよ、お前らのごっこ遊びはよォ」


「そういう先輩はなにも言ってないじゃないスか。

 なにか後ろめたいことでも? 教師が生徒に手を出したとか? 

 あ、でもそしたら学園を去るのは教師である先輩ッスね!」


 立花が、煽っているとしか思えないことを言う。

 ……殴られたいのだろうか? 殴られることで先輩を暴力事件として処理する、

 と考えていたとしたら、能天気な印象のわりに、やることがえげつない。


 しかし、意外にも手も出さずに堪えた先輩が素直に答えた。


「少女Aの重要な情報を誰も言わねェのは、全員が犯人と既に接触してんのか? 

 だから全員が、推理が進展しねェように調節してんのかよ。

 ククっ、らしくなってきたじゃねェか。これこそ、陽葵代学園だ」


 先輩が言う。


「肩を組んで一緒に頑張りましょうって言いながら、

 互いに肩に回した腕で他人の首をどう取ろうか、手をこまねいて画策してやがる。

 そうだよな、所詮はそんなもんだ。

 口約束が判を押した契約書と同等の効力を持つこの閉鎖空間で、

 他人を信頼できるはずがねェもんなあ!!」


「パパが作った学園を悪く言わないでよっ!」


「うるせェぞ、転入生が。

 しかもてめェは理事長の娘だろ、お前を取り巻く今の状況が、

 自分の手柄だと本気で思っていたんだとしたら、てめェは鈍感を通り越してただのバカだ」


「…………? どう、いう……」


「てめェが人気者? 転入したばっかりで他人が寄ってくると思うか? 

 てめェはなんなんだ? そうだ、親の七光りってだけだろ。

 親が偉ければ偉いほど、てめェを見る目は全員が一緒だ。

 てめェを踏み台に、自分が優位に立つための道具、って具合になァ」


 誰もが思っていながらも、決して口にしなかったことを、先輩がずけずけと暴いていく。


「せんぱいが言ってること、ぜんぜんわかんない」


 茜川が首を傾げる。

 思い当たる節が一つもないと言わんばかりに。


「はっ、幸せもんだなあ、てめェはよ」


 明らかに嫌味だ。しかし、茜川は、

「えへへ」と照れ笑いを浮かべる。


「せんぱいとも、仲良くなれるよねっ?」


 先輩から、ぶちっ、となにかが切れる音がした。



「――鳴滝くん!!」



 同級生である小中先輩の一言で思いとどまったらしい鳴滝先輩が、

 上げかけた腕をゆっくりと下ろした。

 あのまま感情に従って行動していたら、先輩は失格になっていただろう――、

 それ以上に、退学になっていた。


「……いくらあなたでも、それをすれば一発で退学よ」

「知るかよ」


 校則違反の塊でありながらも、これまでお咎めなしである。

 それは、鳴滝先輩が理事長のお気に入りであるからだ。

 だがそれも当然、茜川以下の価値でしかない。


 先輩の見逃されていた校則違反も、

 茜川を傷つけたとなれば、理事長の温情もなくなる。


 退学で済めばいいけどな。


「……せんぱい、なんで……?」


「うるせェんだよ、お前」


 先輩が、掴んだ椅子を茜川に目がけて投げた。

 咄嗟に、茜川の前に俺が出る。


 放物線を描いた椅子が俺の腹に当たって地面に落ちた。

 教室内に大きな音が響く。


『先輩(旅鷹くん)!?』


「いや、今のは俺が悪い。

 先輩は当たらないように投げていたのに、俺が割り込んでわざわざ当たっただけだ」


 放物線を描いている時点で、本気じゃない。

 本気で怪我をさせる気であれば、軽く放るのではなく、叩きつけるように投げる。


 そこに、先輩の考えがあったのだろうと思えた。


「鈍くせェ奴だな。受け止めることもできねェのかよ」

「咄嗟だったもので」


「…………」


 木下の視線が背後から刺さってくる。

 あいつの気持ちも、分からないでもないが、

 今の椅子を掴むのは普通に難易度が高いと思うぞ?


「林田、あいつ、ぶっ飛ばしていい?」

「やめとけって。お前が退学したら明日から俺の楽しみってなにになるんだよ」


 隣に並び、前のめりだった高科が、

「……あたしが楽しみなのかよ」と呆れながらも、

 嬉しさを隠そうとしていたが、口端に漏れていた。


「軽く当たっただけだから、痛みも、もうないから大丈夫だ。

 尼園も、先輩も、怪我してないんで安心してください」


「はやしだ」


 俺の制服を掴んだ茜川が、


「せんぱいは、どうして怒ってるの?」


「あんたね――」


「高科、いいって。

 茜川、お前はなんにも気にするな。お前はそのままでいい」


 そうして甘やかされた結果が、今の茜川なのだとしても。

 今ここで事実を伝えたら、受けるショックは計り知れない。


 真っ直ぐに育った天真爛漫な少女。

 だからこそ、ゆっくりと教えることが大事だ。


「自分で気付いた時が、一番きついと思うけど……」


 高科の指摘も、分かってはいた。

 それならそれで、いいとも言える。


 自分で気付いた時、既に茜川にとっては今いる場所よりも何段も上だ。


 すると、運営委員会から放送が入る。


『……今のは明らかに暴力――』


「先輩のこれは暴力じゃない。だからなにも問題はないはずだ」


 被害者である俺の言葉に、運営委員が言葉を詰まらせ、


『……分かりました。林田二年生に免じて、今回は見逃してあげます』

「言ってろ、マニュアル人間どもが」


 先輩が毒づいた後に俺を見た。


「恩には着ねえぞ」


「分かってますよ。これは俺が勝手にやったことです。見返りも求めませんよ。

 単純に、ここで先輩に抜けられるのはきついですからね。

 先輩は分かっているんですよね? 俺たち全員に共通する、少女Aの軸ってやつを」


「お前が言えばいいだろ。わざわざオレを残してまで、言わせたいことか?」

「俺にはなんのことだか」


 言うと、先輩に舌打ちをされた。

 ま、見抜かれてるよな。もちろん、俺も分かってる。


 意図的に隠した情報があることは、言うまでもない。

 だって、誰も触れなかった。それに、この情報を言えば、

 小中先輩の役である学外の男がなんとなく読めてしまうし、

 犯人の疑いが決定的に小中先輩に集まってしまうと思い、言うのがはばかられた。


 序盤から核心を突いたことを言ってしまうと、

 思考回路がそこから抜け出せなくなってしまう危険性もあると思ったのだ。

 一度、思いついてしまうと、それ以外を思いつこうとしても、

 一つ目の思考に寄っていってしまう状況に陥る。


 しりとりなどで体験があるのではないだろうか。

 一度使った言葉ばかりが、思考を埋め尽くしてしまう、みたいなものだ。


 犯人が小中先輩に犯人役を押しつけようとしていた場合、

 同じところをぐるぐると回る推理になってしまうのは避けたい。


 だからこの情報はもっと後まで取っておくつもりだったが……、

 どうやら犯人を特定するにあたって、前提条件とされている設定だったようだ。


 袋小路や迷宮入りどころか、前に進まないのなら、いっそのこと明かした方がいい。


 先輩が気怠そうに言う。


「少女Aは、なんだろ?」


 そう。


 尼園と同じ、現役の


 ただ彼女との違いは、実際に売れているか、そうでないか。


 少女Aの場合は、スカウトされたばかりのド新人ということだ。


 だから、小中先輩が隠した学外の男もはっきりする。

 アイドルである少女Aの学外の関係者であるなら、考えられる役柄は一つ。


「……私の『学外の男』は、少女Aのマネージャーよ」


 俺が知っていたストーカーも彼のことだ。

 スカウトするタイミングを窺っていただけで下心はなかった……、

 友人の男子とは違って。だから大問題にはならなかったのだ。


 逆に言えば、片方のストーカーは、大問題に発展している。


 親友の女子との決裂。

 それが生み出す不協和音。



 アイドルという特殊な環境が、少女Aを退学に追い込んだ。

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