第10話 少女Aのこと


「月並みで悪いんだが、

 退学に追いやられたケースとして、いじめられてたって可能性はあるか?」


 特定するのは原因ではなく犯人なので、仮にいじめだったとしても、

 誰がいじめていたのかを特定する必要がある。


 とにかく、まずはなんでもいいから議題を立てて、

 そこから足したり削ったり反転させたり応用させてみたりして、

 互いが持つ情報から事実でない部分を消去していく。


 でないと、考えることが多過ぎて二時間では足りなくなる。


「そうね、旅鷹くんの案で考えてみましょうか。

 仮にいじめられていたとして。誰に動機があるのかしら。

 少女Aと同学年なのは、

 親友の女子生徒と友人の男子生徒の二名に、早速、絞られたわけだけど」


 小中先輩が俺の提案に、一瞬で乗っかってくれた。

 絞られた役柄は……、男子生徒が高科で、女子生徒が茜川になる。


「わたしは違うよ!? いじめてないもんっ!」

「誰だってそう言うでしょうが。いいからいじめてない証拠の情報はないわけ?」


 高科の指摘に、茜川がうーんと考え込む。


「証拠……かは、分からないけど、

 少女Aちゃんは、ストーカーの被害に遭ってたみたいだよ? その友達の男の子に」


「あたしのことかよ!」


「わたしの役の子は、その男の子のことが好きだったんだけど……、

 でも少女Aちゃんのことをストーキングしてるから……嫉妬してる……って感じかな?」


 いじめていない証拠どころか、いじめる動機が出てきたんだが……。


「絞ったとは言っても、二人が少女Aと同学年ってだけよ。

 クラス単位で完結する問題なら他の登場人物がいる必要性がないわ。

 引っかけの可能性も、もちろんあるわけだけど。

 とにかく、一旦それぞれ少女Aとの関係性も共有しておいた方がいいんじゃないかしら」


「だとしたら小中先輩が一番怪しいんですけどね。

 なによ『学外の男』って。家族でもなければ学園関係者でもない、どこの誰なのよ。

 そこをはっきりさせないと、今のところあんたが犯人の最有力候補よ!」


 尼園がいつものように食ってかかった。


 したり顔で天敵の穴を突く姿は、水を得た魚のようだった。


「おお、水を得た魚のようにはしゃいでんな、尼園」


 と、一年の……立花が禁句を言った。


 尼園がカメラの前ということも忘れて立花を睨む。


「だーれーがーっ、泥園どろぞの住処すみかだって?」


「い、言ってねえけど!?」


「水を得た尼は泥になるのよ! 泥園を住処にしてるって陰口が、

 中学の時に蔓延してて……ふざけんなっ、あたしは尼園澄華よっ!!」


「分がっだ、分がっだから首を、じめるな、じぬ……死ぬっ!!」


 尻餅をついた立花を見下ろした尼園が、

 はっと冷静を取り戻して慌てふためくも、深呼吸を一度してから落ち着き直し、

 カメラ目線で、「なーんちゃってっ」とアイドルとしての自分をフォローしたが……、

 いや、騙されてくれるか?


「さて、脱線から戻りましょうか」


 同じ一年の木下が仕切り直した。

 一年の中では恒例のやり取りなのだろうか?


 今の脱線で、有耶無耶になることを期待していたらしい小中先輩が、む、と不満顔だ。


 学外の男、という役柄は確かに怪しい……。

 しかし、あからさま過ぎる気もするが……。


 繰り返しになるが、それこそが引っかけかもしれないと思えば、きりがない。


 どの役も、少女Aを中心に設定されている。

 だから少女Aと関係があることは確実だ。


 先輩がそれを説明してくれれば、少女Aの人物像に幅が広がることになる……。


 なのだが、


「話したくないわね」

「どうしてですか?」


 先輩が情報の共有を、拒否した。


「誰かが不利になる。この理由じゃ納得できないかしら?」


 当たり前だが、疑いの目が小中先輩に集まった。

 その言い方は、疑ってくれと言っているようなものだ。


「……分かりました。では、小中先輩を抜いて考えてみましょう。

 先輩以外の役柄と少女Aの関係性をはっきりさせていけば、

 先輩と少女Aの関係性も分かるかもしれません」


 すると、一年の木下が俺を見る。


「林田先輩の情報を話してもらってもいいですか?」

「俺の? ああ、分かった」


 少女Aの親友である女子の兄――、近いようで遠い関係性だ。

 少女Aとの関わりは妹を通しておこなわれている設定のようだ。

 ちなみに、俺から見て妹とは、茜川の役柄である。


「妹の親友、って距離感は変わらないな。

 二人きりで会うことはまずなかった。

 偶然、家でばったりと出会うことは何度もあったらしいけどな。

 妹の友達なんだから、家に連れてきたりはするだろ?」


「では少女Aについて、なにか分かることはありますか? 

 ストーカー被害に遭っていたみたいですけど、林田先輩はそれを知っていましたか?」


 なんだか事情聴取みたいだな。

 犯人を特定するのだから間違いでもないか。


「知っていた。

 ただ、茜川が言ったストーカーと俺が知ってるストーカーは別だったな」


 そう、茜川が友人の男子をストーカーと言ったが、

 俺が知る設定の中には、ストーカーは他にいる。


「俺が知ってる方のストーカーは、少女Aの思い込みで、

 大した問題にはならなかったみたいなんだが……これ、役に立つか?」


「……分かりませんが、一歩、前進はした、と思います」


 言って、名探偵のように顎に手を添えて深く考え込んでいる。


 木下はストーカーが二人いると考えたのか。

 それとも俺か茜川のどちらか、もしくは両方が嘘を吐いていると考えたのか。


 そんな探るような俺の視線に気付いたらしく、視線を上げた。


「あ、すみません、次は僕が話す番ですよね」

「ん? ……そう、だな。教えてくれるか?」


「役は少女Aの妹です。姉妹仲は良好でしたよ。

 ただ、ある時から家族間の仲が悪くなった影響で、妹……、

 つまり僕のことですが、原因である姉を嫌うようになっています」


 家族との間で悪い雰囲気になっている、と。

 当然だが、父親と母親が関係していることになる。


「少女Aの……姉の成績不振があったんですよ。

 父親と意見が割れて、母親は担任の教師と面談を繰り返し……、

 それでも姉は態度を改善しなかったみたいなんです」


「それで家庭での雰囲気が悪くなって妹が姉を嫌ったってことか……」


「あ、いえ、違いますよ。

 成績不振のことと姉妹喧嘩は関係ないです。

 妹が姉を嫌ったのは、比べられるから、なんですよ」


 比べられるから?


 姉よりも能力が低い妹とでも言われたのだろうか。

 逆ならまだしも、妹が姉よりも劣っていると言われるのは、

 双子でなければ別段、気にするところでもない気がするが。


 ……いや、優秀な姉の妹なのだから、これくらいできるだろう、

 とハードルが上がってしまう部分はあるかもしれない。

 そうなると、少女Aは優秀だったのだろうか?


 成績不振が原因で一悶着あったなら、優秀とは言い難いか……。


 うーん、中々、軸が見えてこないな。

 次は、父親と母親の意見が聞きたいところだ。


 だが、俺がしようとした質問は、する前に遮られてしまう。



「てめェら、だらだらやってんじゃねェよ」

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