花《ほし》に願いを

初夏野 菫

第1話

 プロローグ 〜夢〜


夕方のとある駅。建物の隙間から覗く夕陽と重なって、男の子が立っていた。顔は影になっていて見えない。遠くから、電車の音が聞こえてきた。男の子の影がゆらゆらと揺れた。

 


 第一章 〜エリカ〜


 変な夢を見た。

 引っ越しの日にこんな重々しい夢なんて見たくなかった、なんてどうしようもない思いを抱えながら、支度にかかった。

 私がいつも通りボーッと服を着替えていると、「恵梨香様。そろそろですよ。」という加藤の声が聞こえてきた。

 「今、何時?」私が聞くと、

 「7時50分です。」と加藤の返事。加藤は、私が生まれた頃からの私のお世話係兼お手伝いさんだ。昔から父とは交流があったらしいが、詳しくは知らないし、知りたいとも思わない。

 「あと40分もあるじゃん。」いつも思うが、加藤は何分前行動をしているのだろう。こういうの、何ていうんだっけ?せっかち?

…まぁいっか。「あとちょっとで終わるから、待っててもらえる?」

 「1分だけですよ。」いや短いな。


 加藤に頼んで頼んで頼み込んで、ようやく散歩の了承を得た。時間的にはあまり余裕はなかったので、小走りで出来るだけ多くの所を行くことにした。

 通学路にあって、小学生の頃から使っている線路がある。電車を待って、また走り出す。ふと、何かが光ったような気がした。近寄ってみると、ストラップだ。少し古くて汚れもあるが、青くてキラキラしてて、何となく高そうだった。何型だろう?花?星?ヒトデ?…とにかく、交番に届けよう。私はそれを上着のポケットに突っ込んだ。

 「やはり、ここでしたか。」車の音とよく知っている声。

 振り向くと、外国製の高級車に乗っていたのはやはり、加藤だった。「やっぱり、加藤でしたか。」

 「恵梨香様、乗ってください。時計をお忘れになったでしょう?もう、時間になってしまいますよ。」

 「もう?車ならもう少し周ってもいい?」車に乗りながら聞くと、

 「ダメですよ。もう充分周ってきたでしょう。」ちぇっ。


 ストラップのことを思い出したのは、その随分と後のことだった。あの後、車で空港まで行き、飛行機に乗った。東京の空港からは自家用車でついに新居に到着。新居を初めて見たのは、一ヶ月前のことだった。福岡の家よりも少し狭かったが、その代わり機能がすごかった。例えば、家のお風呂はいくつかあって、中には露天風呂まで。これで、父とは別のお風呂に入ることができる。他にも、屋上にはバーベキュースペースやプールもある。この家がそっくりそのまま福岡市に来てしまえば完璧なのに、と思った。

 まぁ、そんな素敵な新居に着いた時、家の周りには物凄い人だかりができていた。目立つのは得意ではないので、大きくフードを被って猫背で歩いて行ったら、「あれ、芸能人なの?」「違うでしょ、ぶってるだけ。芸能人だとしても無名。」なんて声が聞こえてきて、学校に行くことに対しての恐怖が増した。

 新しい自分の部屋で荷物を整理している時、ポイッと投げ捨てた上着からはみ出しているものを見て、ドキッとした。やばい、交番にストラップを届け忘れてた。私の中の悪魔の声は、「誰も見てないし、そのままでいいよ。どっかに捨てちゃえ!」と低めネチョネチョボイスで囁いている。ちなみに天使の声は、「とりあえず、加藤かお父さんに言ったほうがいいよ!落とし物届の制度は分からないけど、東京の交番に届けるのも無駄じゃないはず!」と高めピーピーボイスで叫んでいる。どうしよう…。私はストラップをじっと見つめた。

 カタッ。カタカタっ。

 なんか、音がする。お父さんか加藤かな?…いや、2人は今仕事で渋谷にいるはず。連絡もまだ何もないし。

 ドンッ。まただ。今のは壁から聞こえた。

 音のした方を観察してみる。

 今度は、キィーッという嫌な音がした。黒板を引っ掻いたような音。…ため息が聞こえる。叫び声?小さすぎて分からない。

 「だれ?何なの?」勇気を出して言ってみる…ことはできなかった。

 チャリンッ。お金の音ではない。多分、ストラップの音だ。

 ストラップの方を見ようとしたが、さっきまでなかった影を目撃してしまった。恐る恐る顔をあげる。「…ぎぃゃゃぁァァァァっ」



 第二章 〜ブルースター〜


 そこには、男の子がいた。

 「だ、だれ…ですか…?」声を出して気付いたが、さっきの奇声で喉を壊したらしい。いがいがする。

 「やぁ、わたしはストラップの魔神、ジーニーさ!何でも願いを叶えてあげるよ!ただし、願い事は3つまで。あと、殺人,恋心を変える,願いを増やすことはできないよ!ハハハッ」は?

 「…はぁ…?」

 「なんてね。俺は蒼井 星也(あおい せいや)、星也って呼んでくれな!☆」その漫画の主人公のような(俺、○○○タウンの○トシ!のような)自己紹介に、しばらく私の脳の機能は停止した。

 1分くらい経った後、「どうして…?」という言葉が出てきた。

 「実は俺、幽霊なんだ。このストラップ、君が拾ったろ?」最初こそ驚いたが、普通の人間ならばここにいるのはいろんな意味で気持ち悪すぎる。ぽけーっとしている私を差し置いて、いつの間にか手にしていたストラップをいじりながら星也は話し始めた。「このストラップは、妹が誕生日プレゼントでくれたんだ。素敵でしょ?ブルースターっていう花なんだって。俺の名前にピッタリだと思ったらしい。うちの妹はちょっとした病気でさ。アリス症候群って知っとる?簡単に言うと、物が大きく見えたり、逆に小さく見えたり、歪んで見えたりする病気。妹はよく物が大きく見えて、パニックを起こしちゃう。それでもね、くじけないんだよ。そうそう、名前を言い忘れてた。名前は糸羅(しら)。糸に、目を横に傾けたやつの下に維持の維があるやつ。あいにく、俺漢字苦手だから説明下手だけど、許してね。…どこまで話したっけ?そう、それで、糸羅は本当に良い子。昔からからかわれやすい子だったけど、絶対に笑顔を絶やさないんだ。ね、凄いでしょ?うちの妹。」

 「糸羅ちゃん?変わった名前…」

 「そうかな?俺がつけたんだ。糸羅って、響きがいいなって。」その後星也は10分間妹の糸羅ちゃんについて語った。そしてやっと落ち着いた。「そういえば、君は?」

 「私?私の名前は尾白井 恵梨香(おしろい えりか)。えぇとー、今年から、中3。今さっき福岡から東京に越してきたばかりなの。」

 「じゃあ、一緒やんね。俺も福岡出身たい。俺、博多弁と標準語どっちも話せるタイプやけん、博多弁で話した方がよかかな?」さっきちょっと博多弁混じっちゃってたけどね。

 「ううん、私標準語の方が話せるからいい。」

 「そっか。分かった。」

 「話変わるけどさ、星也はどうしてここにいるの?成仏は?もしかして悪霊とか?」

 「悪霊?違うよ。君が拾ったストラップに宿る魂って感じなのかな?俺、死んだの初めてだからよく分からないんだ。成仏とかも。何か知らない?」ヘラヘラしながら星也が言った。

 「私だって知らないよ。星也は、まだこの世にいたいの?」

 「うーん…そうだなぁ…自分でもよく分からない。でも、成仏した方がいいのかなぁ、多分。」曖昧だなぁ…

 「あっ!」思い出した!「そういえば私の仲良かった先輩が神社の家の娘だったよ!何て言うんだっけ。巫女さん?」

 「巫女さんって成仏のこととか詳しいの?」

 「分かんないけど、何かしらは知ってるんじゃないかな?電話かけてみるよ。」



 第三章 〜ヒメジョオン〜


 2日後、私と星也は原宿のカフェに来ていた。そしてお店の隅の長方形のテーブルを挟んで向かいには、福岡の中高一貫校にいた時の先輩、姫女怨 海月(ひめじょおん うつぎ)と、彼女の兄の百合黄(ゆりお)だ。海月先輩はにこにこ、百合黄は不機嫌そうな表情をしている。(ちなみに、私や先輩と同じ中高一貫校に通っていて、学校1のヤンキーである。あだ名はゆりっちと意外と可愛いので私もそう呼ばせてもらっている。)二人とも、いつもこんな顔だ。

 「あの、わざわざ福岡から来ていただいて、ありがとうございます。」私と星也がお辞儀をする。

 「ううん、全然よかよ!日曜日やし、原宿に来てみたかったけん!」"顔はそこまで可愛くないけど、性格で誰からもモテる女子代表"という異名を持つ先輩は、ほんっとうに優しい。どんなに褒め言葉を述べていても、お世辞やディスりに聞こえない。ちょっとぷっくりしてる丸顔は"そこまで可愛くない"と言われているが、私は可愛いと思う。この笑顔はさすがに可愛い。まぁ、賛否両論の声があるのだが。また、一時期、人気のない夜道で男(多分大人)をボコしていたという噂が流れたが、いつの間にか消え去っていた。

 「それで、成仏のことなんですけど…」

 先輩が星也を見た。「隣にいる霊?」

 「はい。」

 私が返事をしたときには、先輩はもう目を瞑っていた。「お兄ちゃん。」

 さっきまで眠そうにしていたゆりっちは高3だが、実家の神社を継ぐため大学へは行かず修行をするらしい。受験勉強がないから東京のカフェでゆっくりできるという訳だ。「成仏はできない。」…え?

 「ど、どういうことですか?」

 「自殺が原因やな?そのくせに未練がある。それに、誰にも事情を話してない。何も知らずに成仏されると、絶対に後悔する。大体盆にしか戻って来れんと思っとけ。それでもあの世に行きたいと?」顔が怖い。本人は不本意かもしれないけど怖いっす。

 先輩はゆっくりと目を開けて、星也を見た。「自殺した経緯を話してもらってもよかかな?思い残しの理由とか、思い当たることないと?」口調が本当に穏やかで優しい。

 星也はホッと息を吐いた。「分かりました。…もう恵梨香には言ったんですが、俺の妹の糸羅は、アリス症候群っていう希少病なんです。」

 「それって、物が歪んでみえるやつか?」と、ゆりっち。

「はい、それも症状の中にあります。ご存知ですか?」

 兄弟が同時に頷く。

 「じゃあ、説明は省きますね。…うちの両親は、正直、糸羅を鬱陶しく思っていたようです。糸羅が1人で出掛けて発作が起きたら大変なのに、一緒に出掛けることはほとんどありませんでした。大体は、俺が一緒に出掛けました。幼い頃から、両親は何度も糸羅を殺そうとしていた。でも俺には両親を止める勇気なんてありませんでした。」だんだん声が震えていく。「糸羅にちょっかいを出す連中には言い返せるし、殴り返せるんです。でも、両親だけは、俺も育ててもらってきたし…」鼻をすする音。星也は普通の人には見えないので私達3人は下を向いたり窓を眺めたりして星也のことを見ないようにしていたが、それでも泣いていることが分かった。「それで、俺が、死んだ日、3日前、俺の、誕生日、だったんです。4月14日。始業式から、少し経って、新しいクラスの仲間が、誕生日会を、開いてくれて。施設を借りて、大人数で、やってくれ、ました。俺、ついつい、楽しくて…。その日は、午前授業だったので、昼から4時まで、ずっと、遊んでました。解散して、4時15分くらいに、家に着くと、糸羅が、いなかったんです。両親を、問い詰めたら、山に、1人で、おいてきたって!急いで、探しに、行きました。両親の、していることは、犯罪です。でも、そんなことより、何よりも、糸羅のことが、心配で、両親の、ことは、頭に、ありませんでした。すれ違う人に、止められ、ながらも、山に登って、探しました。でも、見つかりませんでした。何度、名前を呼んでも、返事がなく、気配すら、感じません、でした。それで、諦めて、駅に、行きました。死のうと、思って。糸羅を、追いかけようと、思って。あいつ、俺がいないと、何にもできないからなぁ…って。確か、5時半、くらいでした。夕方の、チャイムが、なったすぐ後、ホームから、飛び降りました。」星也はしゃくりあげながらも話してくれた。まさか、そんなことがあったなんて。

 「悲しいこと思い出させてしまってごめんね。でも、それを聞いた限りじゃ、思い残したことがまだ何か分からんちゃけん、星也くんについてもっと知りたいなぁ、よか?」

 「でも、どんなことを話せば、よかとですかね。」だんだん落ち着いてきたようだ。

 「じゃあまず、特技とか、趣味とか、好きなことは?」なんか、面接みたい。

 「特技…介護とか、あと、車椅子バスケットボールかな…」

 「車椅子バスケット?大会に出たりしてた?」

 「いや、ボランティア行った施設でやったことがあって、それで、練習するようになったんです。それに、思い残したことというまでやり込んでもなかったとです。」 

 「そっかー…。お兄ちゃんはどう思う?」先輩はゆりっちの方を見た。

 「本当に妹は死んでるのか?死体すら見つからなかったっちゃろ?」

 「え…」

 「まさか、気付かなかったの?」やっと私も話に加われた。

 「…うん。今、自殺したことをすごく後悔してる。」

 これみよがしにゆりっちがため息をついた。「もう生き返れない。後悔しても無駄だ。これからどうするか考えろ。」

 「どうするって…」星也は背中を丸めた。

 「きっと、思い残しは妹の糸羅ちゃんだよね。そうとなれば、あとは糸羅ちゃんを探そう?その後のことはその時に考えればよかたい。ね?」

 「でも、糸羅ちゃんを探すのは難しくないですか?」また会話に入れた。

 先輩はまず、私を見て、次に心配そうな顔をしている星也を見て、微笑んだ。「恵梨香、私の特技覚えとる?」


 約1時間後、私、星也、海月先輩は私の家のリビングにいた。ゆりっちは、友達と約束があるからと、友達の家に行ってしまった。少しの間、そこに寝泊まりする予定らしい。

 「それで、占いってどんなことして占うんですか?」先輩の特技は占い。基本的に何でも占えるが、個人的に1番好きなのはタロットカードの占いだ。先輩がタロットカードをシャッフルする姿は何だか神秘的なのだ。しかしここにはタロットカードはないので、残念ながら今日はその姿は見られそうにない。

 「今日はー、夢占いをしようかなー。」

 「夢占い?」

 「まず、星也くんには寝てもらいます。それでね、私は夢に出てきたものを読み取って、未来を占う。」

 「あの、俺眠れそうにないんですけど…死んでから欲求ってものがなくなって。」

 「そうだね、霊は欲求なくなるけんね。大丈夫よ、寝れるけん。ちゃんと占うためには、色々準備しなきゃいけんたい。恵梨香、

白い布団あると?」

 「ベッドじゃだめですか?」

 「そうねー、出来れば布団がよかね。」

 「ちょっと探してきます。」私は部屋を出た。

 

 「なかったらどうするとですか?」恵梨香が階段を上がる足音を聞いてから言った。

 「うーん、ベッドでやったことはあんまりないし難しいんよ。出来る限りはやってみるっちゃけど、また別の方法を試すしかないねぇ。」

 「そうですか…」初めて恵梨香からこの先輩の話を聞いたとき、絶対に闇があると疑ってしまった。でも今はそれを後悔している。先輩は、話していると何だか落ち着くし、キャピキャピした、いわゆるぶりっ子みたいな態度でもない。不思議な魅力をもつ人だと思う。

 「恵梨香とはどう?」突然先輩が聞いてきた。

 「え?どうって、何がですか?」

 「実はね、あの子、生まれてすぐお母さんを亡くして、お父さんは会社の社長さんやけん東京に行くことが多かったたい。そのくせシャイで友達も多くないけん、ずっと寂しかったと思うよ。恵梨香のお父さんは、ずっと昔から毎月仕事運を占いにうちの神社に来て下さっとって、私は恵梨香と仲良くなったっちゃけど。やけん、東京に引っ越すのも心配だったっちゃん。本人もほんとは嫌だったと思うたい。君みたいな友達ができて、嬉しいんじゃないとかね。」

 俺が何か言う前に、恵梨香の声が聞こえた。「ありました!敷きましたよー!」

 「ありがとーう!星也くん、行こかー。」


 俺は布団に横になって、目を瞑った。海月先輩が、ぶつぶつと呪文のようなものを唱えている。だんだん瞼が重くなって、思考は停止していった。


 山の中を歩く小さな足音。小学生の女の子…糸羅だ!糸羅が山を降りちょる!でもボロボロだ。発作が起きてしまったんじゃなかとか?大丈夫と?声が出らん。

 シーンが切り替わった。誰かに支えられて、糸羅が何かの中に入っていく。確かここは、山の管理人の山田夫婦の家たい。良かった、優しい人に保護してもらえて。

 山田のおじさんが電話を掛けとる。多分警察だろう。

 糸羅が孤児院のような場所へ入っていった。見たことない所だ。ってことは、地元じゃなかとか。糸羅を案内している人は厳しそうな人だった。糸羅、大丈夫とかね…。少し声が聞こえる。あれ、標準語じゃなかね?つまりここは東京?東京の孤児院にいるとか?何だか視界がぼやけてきた。糸羅!呼んでみようとしてもやはり声は出らんかった。



 第四章 〜シラー〜

 「…ゃ。星也?起きてー。」恵梨香の声が聞こえる。

 俺は目を開けて、体を起こした。顔に何か貼っているみたいで、前が何も見えん。

 先輩が、ペリッと俺のおでこから、御札を剥がした。視界が開けて、先輩と恵梨香を見た。2人は正座をしていて、恵梨香はいつも通りだが先輩は数珠と御札を手にしていた。「気分はどう?良かかね?」

 「何だか、無力な自分に腹が立っとります。あ、あと、さっき見た夢、見覚えがあるとですけど。」

 「そうね。あれは君が電車とぶつかる直前に、走馬灯で見たものやけんね。私もちょっと覗かせてもらったたい。ありがとうね。」

 「それで、何か分かったんですか?」恵梨香が尋ねた。

 「夢で見たことはね、自分の未練に関することたい。糸羅ちゃん、東京の児童保護施設みたいなとこにおるみたいね。良かったね。」先輩がにこっと笑う。すごい安心感だ。


 先輩が友達の家に帰った後、俺と恵梨香で東京中の孤児院を調べた。夢の中で見た人に似とる人を片っ端から探した。いくつか候補があがって、明日行ってみることになった。 

 俺は全く眠くないので、恵梨香に借りた漫画を読んでいた。面白いやつ。今夜は一晩中読むつもりたい!

 恵梨香はベッドに横になっているが、ふと俺に話し掛けた。「星也さ、先輩と話す時、耳がちょっと赤くなるよね。好きになっちゃった?」

 「はぁっ!?ち、違うたい。ただ、ほんとに優しい人だなって思っただけたい。」

 「仕方ないよね、モテるもん先輩は。」恵梨香はフフフ、と笑って毛布を被った。


 3つ目の孤児院に着いた。前の2つはどちらもハズレ。糸羅はいなかった。  

 「あら?どちら様かしら?」眼鏡の女性が恵梨香に気付いてくれた。

 「実は、ある女の子を探しているんです。糸羅ちゃんって子、いますか?」恵梨香は初対面の人と話すとき、声が高く、幼く聞こえる。俺と会ったときもそうだった。先輩の言う通り、恵梨香は人見知りだ。それなのに、平日に中学生が何をしてるのかと思われても仕方がない状況で、糸羅を探してくれている。あの世へ行く前に、ちゃんと恩返しができると良いのだが。

 「しら…?ごめんなさい、そんな名前の子はうちにはいないのよ。」残念、ハズレか。

 「そうですか。では、失礼します。」


 その後もいくつか孤児院に行ってみたが、いないと言われ諦めて帰ってきた。一つだけ曖昧にしてきた孤児院があったが、俺がざっと見に行ってもいなかった。恵梨香がスマホで何かのビデオを撮っていたので、「歩きスマホしとる。」とボソッと注意したらスマホをしまった。

 恵梨香の家の前まで来ると、明かりがついていた。

 「お父さんか加藤が帰ってきたのかな。」恵梨香は嬉しそうだった。

 寂しかったんだなぁ、と思った。

 「ただいま。お父さん、いるの?」恵梨香は靴を揃えることなんて忘れてリビングへ小走りで行く。そして、「あっ…?」と声をあげた。

 恵梨香の靴を揃えた時、靴の個数や大きさに異変を感じた。端っこには、恵梨香のお父さんのものであろう靴。その隣に、新品のおしゃれ靴があった。サイズは20cmないくらいだった。誰のだろう?と思いながら恵梨香を追う。

 「この子、福岡から来たんだって。さ、どうぞご挨拶。」

 恵梨香のお父さんの隣に座っていた小学生くらいの女の子が振り返る。

 その顔を見た瞬間、息と時間が止まったような気がした。糸羅だった。今まで来たこともないような、高級でおしゃれな服に身を包み、確かに座っていた。でもおかしいな、何だか俺、物が見えづらくなってる。何でだろ、あれ、なんか溢れた。…涙か。俺泣いてるのか。そっか、安心して泣いてるのか…

 「初めまして、蒼井 糸羅(あおい しら)です。」

 「蒼井 糸羅!?」恵梨香も事実に気が付いて息をのんだ。

 「そんなにびっくりしなくてもいいのに。仕事帰りに孤児院から抜け出そうとしてるの見て、引き取ること決めたんだよ。でも恵梨香、アリス症候群って知ってるか?糸羅はそういう病気なんだって。まぁ、精神的に落ち着いて治療していけば治るらしいから、全く問題はなし!」と笑顔にグッドポーズ。

 

 先輩は帰り際、ストラップに触れると誰でも俺のことが見えるようになると言った。

 恵梨香は、お父さんと糸羅にストラップを触れさせて、事情を話した。

 それを聞いたお父さんは「運命だぁっ!」と大喜び。

 糸羅と俺は何も言わず、ただ抱きしめ合った。


 

 エピローグ 〜さよならの星〜

 成仏の儀式は、すぐに行われた。恵梨香の家の庭で、恵梨香,恵梨香のお父さん,糸羅,海月先輩が集まり、俺は百合黄さんに成仏される。

 「お盆にまた帰ってくるから。な?」これはまだ大泣きしている糸羅に声を掛けた。そして、先輩に「本当にありがとうございました。また会える日を楽しみにしとります。」と言っておいた。

 先輩は、「こちらこそ、ありがとうね。私も、楽しみにしとる!」と涙目で笑いかけてくれた。

 そして恵梨香は、「ねえ、本当にうちで成仏するの?ここ呪われない?」なんて不本意なことを言っている。全く、シャイなんだから。「失礼な。逆に、有り難いことだと考えて頂きたいよ。」と俺が言うと、恵梨香は「天国に行けるといいね。」と微笑んだ。

 「おい、早くしろ。今日は平日やけん。」と百合黄さんの声が聞こえてきたので、俺は急いでストラップを出し、恵梨香に手渡した。「これあげる!また会いたいけど、自殺なんてすんなよ?死にたくなったら、俺のことを思い出せ。めっちゃ後悔してるけん。」それだけ言って恵梨香の返事は聞かず、百合黄さんの方へ走った。


 やがて、星也の姿が見えなくなってしまった。私はユーミンの「ひこうき雲」を脳内再生して、ボロ泣きした。また、会える日が来るはず。号令なしにダラダラと解散し始めた私達は、全員、何だか清々しい気持ちだった。手に握ったストラップは、星みたいに輝いていた。




               ー完ー

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花《ほし》に願いを 初夏野 菫 @shyokanosmile

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