第15話 これから

「俺の勝ちだな」


 真夜中の河川敷で、黒煙が起こる。


 一人は『舞田マイダ 未架ミカ』の中にいる『魔王ベルフェゴール』と、もう一人、聖剣を持つ『優月ユウヅキ リン』の戦いで、辺りは一面焦土と化していた。


 こうなるまで戦うつもりは無かったが、お互い手加減は出来なかったのだ。


(この世界で俺以外に魔法を使える奴……しかも正体は魔王で 俺と同じ高校に通っていたとはな)


 信じ難い事だとリンは思うが、事実であると受け止めなくてはならない。

 聖剣を内に戻し、魔王の生死の確認の為に近寄った。


「……生きてるか?」


 中身が魔王だとしても、この世界で殺してしまえば当然罪になる。

 そもそもリンはミカ達の関係を知らない。何故自分に接触を図ったのか、この世界で何をするつもりなのか。


 話を聞くまでは、リンも殺しはしないのだ。


「イタタ……」


 よろよろとしながらも、傷を押さえながら立ち上がり、助かったのだとミカは噛み締める。


【我輩は暫く寝る 絶対に起こすな】

「いやボクも寝たいんだけど……」


 完全に燃え尽きた魔王はミカへ人格を戻し、休息を取る事にした。

 一方のミカも精神的疲労から、限界が近かった。


「おい」


「ヒィ!? ごめんなさいごめんなさい! 何卒お命だけは勘弁してください」


 すぐ目の前までやってきたリンに対し、ミカは全力で命乞いをする。

 このまま殺されるのは嫌だと、何としてでも死にたくないと、恥を捨てて頼み込んだ。


「お前は……いや お前達は何者だ・・・・・・・?」


 魔王からミカへと人格が変わった事で敵意が無くなったと感じ、リンは警戒を解く。

 なので脅すようなやり方ではなく、直接訊いた。そしてミカも、リンが剣を納めて事で安心し、素直に答える。


「ええと…… 舞田マイダ 未架ミカです」


「知ってる」


「で……さっきユウヅキくんと戦ってたのは ボクじゃなくてベルフェゴールっていう魔王様」


「それも知ってる」


 何者かと尋ねられても、ミカはそれしか知らない。

 リンからすれば隠しているように思えるが、ミカからすれば、それが自身の持ちいる情報だった。


「隠すのであれば……仕方ない」


「うわぁ〜待って!? ホントにボクはそれしかしらないんだよ!」


 再び聖剣を取り出し、ミカへ突きつける。当然ミカは必死に否定するしかない。


「……本当か?」


 疑いの目を向けるリンに、とにかく信じてもらうおうと魔王の言っていた事をリンに教えた。


「ボク魔王様の生まれ変わりなんだって! 三ヶ月前ぐらいでこの世界に『魔素』ってのが発生したって……!」


「──三ヶ月前だと?」


 リンは心当たりがあったのか、ミカのその情報を聞くとあきらかに反応した。

 そのまま考え込むリン。ミカはとりあえずは助かったと安堵する。


「ユウヅキくんはどうして魔法が使えるの?」


 ミカはリンに尋ねる。そもそも、ミカとしては戦うつもりはなく、話し合いをしに来ていた。

 誤解が解けたかまでは分からなかったが、今なら答えてくれるかもしれないと、勇気を出して踏み込んだのだ。


「もし俺が"異世界に行ったことがある"って言ったら……信じるか?」


「ウーン信じ難いけど……ボクは疑える立場じゃないしなぁ」


 自分だって"自分は魔王の生まれ変わりです"と周りに言っても、誰も信じないだろうと思うと、ミカはリンの言葉を信じざるを得ない。

 

「悪いが詳しく話すつもりは無い お前を信じたわけじゃあないしな」


(ウゥ……面と向かって言わなくても)


 ミカはリンに怖気付き、面と向かってそんな事言えなかった。

 魔王と人格を代わってもらえば、交渉してくれるのかもしれないが、残念ながらこういう場面に限って頼れなかった。

 

「お前は魔王と一緒に何をするつもりだ?」


「ボクはただ魔王様と離れたいだけだよ 魔素があるっていってもまだまだ少ないから お化け退治しながら集めてるんだよ」


「お化け……退治?」


 その反応を見て、ミカはリンの事が少しだけ分かった。

 魔憑きの事を知らないという事はつまり、今までの騒動にリンが関わっていないのだ。


「じゃあ通り魔事件のこととか知らない?」


「ニュースになってたやつか 最近被害者が出たとは聞かないがな」


「……やっぱ知らないか〜」


(俺は馬鹿にされたのか?)


 悪意は無かったのだが、ミカは地味にリンの心を傷つけていた。

 もしかして黒幕なのではと思っていたミカは、漸く敵では無いのだと思えたのだ。


「ユウヅキくんはこの世界でどうするつもりなの?」


「別に何も 平和で平穏な生活を送れればそれでいい」


 一気に親近感が湧くミカ。全く性格は違うが、力を持っていながらも、この世界をどうこうしようと考えていなかった。

 力があるからといって、態々使う必要など無い。そんな面倒な事する必要無いのだと、ミカは考えていた。


「だが……この世界を脅かす奴がいるのなら 俺は戦うけどな」


「え──?」


 だが、違った。


 ミカと違い.リンは何かあれば"戦う意思"があったのだ。


「でも……自分が戦う必要なんてないんじゃない?」


 反論せざるを得なかった。何故自分から戦おうとするのか、そんな面倒な事に関わって、何の得があるのかと。

 ミカには分からなかった。確かに誰かを助けた時、良かったとも思えたが、だからといって正義の味方のように、無条件に助ける事は出来なかった。


「『力ある者の責務』だ 力有る者は力無き者の為に力を振るう必要がある……受け売りだがな」


 少しはにかんだ表情でリンはミカに言う。今までミカは目つきの悪さから、怖いイメージが根付いていたが、その顔には優しさを感じた。


「──守りたい人もいるしな」


 ミカは病院の少女を思い出す。それがリンの言う守りたい人なのだとすぐに分かった。


「お前がどうこうするつもりはなくても 魔王はどうなんだ?」


 リンは魔王の事を知らない。多少の付き合いのあるミカであれば、どういう性格なのかは分かるが、敵として戦ったリンからすればこの世界を脅かす脅威でしかない。


「めんどくさいんだって 世界征服とか だからボクらと同じで平穏を……」


「信じていいのか? その言葉」


 全く信じていない顔だった。


「……どうなんだろ」


 言ったミカもあまり信じていなかった。


 信用はしていいが信頼はするなと、魔王自身に言われた。

 思考を共有しているのだから、嘘は言っていないと思いたいが、魔王はまだ多くを話してはいない。


 実際のところ魔王は自分の身体を手に入れたとして、本当に何もしないのだろうか。


「魔王と話せないのなら……これ以上の会話は意味がない」


 ミカには分からなかった。突然の力をどうするべきなのか、リンのように向き合うべきなのか。

 どうにも思考は『めんどくさい』と考えてしまう、解決する方法は魔王しか知らないのなら、大人しく従えばよい、そう思っていた。


「お前達が何もしないのなら俺も関わりはしないさ」


 リンはミカを残して河川敷を離れていく。敵では無いと分かったが、まだ信用はしていない。


 ミカは呼び止めたい気持ちはあるが、リンから突如、後ろ姿であっても分かる殺気を放つ。


「だがもしこの世界の脅威になるのなら──殺す」


 振り向く事なくリンは言う。だが、感情は伝わっていた。本気だった。

 次は一切の手加減なく、言葉通り殺すだろう。


 ミカは何も言えず、リンの背中を見ながら、ただ黙って見送るしか無かった。






【……やっと行ったか】

「起きてたんだ」


 ミカは夜の河川敷で一人、家に帰る体力が回復するまで、空を見上げて黄昏ていた。

 すると魔王が話しかけてきた。リンがこの場を去るまで息を潜め、様子を伺っていたのだ。

 

「強かったね」

【我輩の全盛期であればあの程度……!】

「ボクもあんな風に強くなれるかな」


 ミカの意外すぎる言葉に、魔王は固まった。


【精神力を使い過ぎたか 思考がままならないようだ】

「失礼な! 本気なんだからね!」


 リンに言われた言葉が頭を巡っていた。"力ある者の責務"とは、自分にも適応されているのか、それが分からなかった。


「魔王様はボクに悪い人になってほしいみたいだけどさ ボクは……誰かを助けられた時 嬉しかったんだ」


 霊に取り憑かれ、『魔憑き』となった人を助けた時、そんな魔憑きに襲われた人を助けた時。ミカは感謝を受けた。

 それはとても恥ずかしくてむず痒くて、心地良い感覚だった。


「魔王様は喜ばないだろうけど……ボクはこの力を誰かの為に使ってみたい その為に強くなりたいんだ」

【なら師匠として 弟子を矯正せねばな】

「──それとね」


 少しだけ芽生えた闘争心。このまま黙っているのは、どうにも我慢出来ない。

 

 次は勝つ。初めて二人の意見があったのだ。

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Badend・Brat・Blood 藤原 司 @fujiwaratukasa

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