第3話 修行と思え

【まだ拗ねておるのか貴様は】


 頬を膨らませ、ミカは昼間の出来事を未だに根に持っていた。

 突然のカミングアウトに驚いたミカが、授業中に声を上げてしまったのだ。


 その所為で職員室に呼ばれてしまった。幸い普段の素行から、ミカは強く怒られる事はなかったのだが、気分の良いものではないだろう。


「酷いよ魔王様 ボクは真面目な模範生徒を目指してるのにさ」

【大袈裟に驚いたお前が悪い】


「でもさ……なんで夜なの・・・・・・?」


 懐中電灯片手に、やって来たのは『夜の学校』である。


 人の多い昼の学校ならともかく、今はもういたとしても、警備のおじさんぐらいしかいない筈だ。


【安心しろ 魔憑きの反応はちゃんとある】

「う〜……お化けとか出ないかな?」

【寧ろ探しに来たのだぞ?】


 相変わらずミカの頭の中に居座る魔王に、早く出て行ってもらう為、嫌々ながら付き合う。


 とはいえ、嫌なものも嫌である。

 

 ミカは学校の怪談系は苦手なのである。もし遭遇してしまったのなら、怖すぎて気絶してしまうかもしれない。


【この時間でないと魔憑まつきは出ないと思ってな】

「え? もしかして夜行性なの 魔憑きって?」

【活発になるのは間違いない】


 ミカが不気味な夜の学校を連れも無しに進めているのは、頭の中ではあるが魔王がいてくれるからである。

 来なくてはならない理由も魔王の所為なのだが。


「ここ──で良いんだよね?」


 話で気を紛らわせながら、目的の教室である怖い話の定番『理科室』にたどり着く。


【ウム……やはり感じるな】

「鍵かかってるよ?」

【我輩を誰だと思っている? 右手を貸せ】


 返事を聞く前に右手の主導権を魔王が奪う。


 鍵などいらない。何故なら職員室で、魔王が『視た』からだ。


【職員室とやらで鍵の形を"覚えた" 後は再現するのみ】


 人差し指の先を傷つけ、微かに流れた血を媒体に、魔力を駆使して増やし、鍵の形に固める。


【理科室ならば……この形だったか】


 本当なら魔力を使わず、魔王は力ずくで開けるつもりだった。だが、それはまずいとミカに止められ、仕方なく穏便に済ませる事となった。

 これならば鍵の為に職員室に忍び込む必要も、鍵を壊す必要も無い。


【余計な魔力を使わせおって】

「余計な事して 次来る時警備が厳しくなってても困るでしょ?】

【ムゥ】


 何処でいつ、魔素や魔憑きが発生するのか分からない現状で、行動範囲を狭まめる行為は避けたい。


 その為騒ぎとなる行為を魔王は望まない。多少魔力を使おうと、今後に支障をきたすと考えれば、使わざる負えなかったのだ。


「でも毎回傷つけられるのやだなぁ 指」

【その都度治してやってるだろう】

「そういう問題じゃあ……】

【良いから開けろ】


 魔王へのクレーム対応は、年中有休である。


 これ以上は無理だと察し、言われた通りにミカは扉を開く。

 静まり返っている教室。当然、誰もいる筈も無い、ただ夜の理科室というだけだった。


「ウ〜……誰もいないよね?」

【いないと困る】

「いたら困る」


 魔憑きの気配がするというこの理科室で、全く人の気配を感じない。

 唯一人影があるとすれば、目の前に二つ並ぶ『人体模型』ぐらいのものである。


「出たよ模型兄弟」

【あの骨と剥き出しの事か?】

「まあ定番だよね 学校の七不思議『動く人体模型』としてはさ」


 若干開き直ってきたミカ。もうここまで来たら動こうが動くまいが、魔王に付き合うしかない。


「他にも『トイレの花子さん』とか『十三階段』とかさ どうして皆怖い物が好きなのかなぁ」

【恐怖に歪む顔が見られるからではないか?】

(それは魔王だけじゃあ)

【考え事は筒抜けと言った筈だが?】


 再び右手の主導権を握られ、自分の手で耳を引っ張られるミカ。

 誰もいないから良いものだが、側から見たこの光景は中々にシュールであろう。


「人の手を勝手に使わないでくれる?」

【分かった 次は左手を使おう】

「左右の話はしてないよ!」


 反省の色は見られず、諦めて魔憑きを探す。


 とはいっても、見た限りは本当に誰もいない。辺りを見渡しても、机の下など探してみるも、ミカの目には何も映らない。


「本当にここなの?」

【魔力を感じる 間違いない】


 仕方ない事だが、一般人のミカからすれば魔力だの魔素などといったものを一切感じていなかった。


「ウ〜……なんか視線は感じるような……?」


 思い込みかどうか分からないが、なんだか覗かれている気がしてならないと、ミカはうるさい心臓の音を止める為に、恐る恐る後ろを振り返る。


 当然誰もいない。やはり気のせいだったのだろうと安堵し、魔憑き探しを再開しようとした時だった。


「ん?」

【どうした?】

「いや……もしかして移動してない? 人体模型」


 元の位置よりズレているようだと、ミカは指摘する。

 というよりも、なんだか二体の人体模型ミカへと視線を向けているのだ。


【なんだ"アレ"だったか 気づかなかったな】

「アレって?」


 訊ねた直後に、ミカは嫌な予感がした。


 頭に浮かぶ嫌な想像。出来ればハズレて欲しいと切に願う。


魔憑きは人間・・・・・・だけ・・ではないのだ・・・・・・

「──へ?」


 情けない声をミカが上げた時、想像は的中する。


 二体の人体模型が、独りでに動き始めたのだ。


「ぎゃああああああ!? 動いたああああああ!?」


 直前の情けない声を遥かに上回る悲鳴を上げ、急いで教室から逃げ出し、鍵をかけた。

 七不思議は本当だった・・・・・・・・・・。あんなにもハッキリと見てしまえば、ミカは信じざるをえない。


「なななっ……なんなのさぁアレェ!?」

【今回のターゲットだ】

「聞いてないよそんなのぉ!」


 ミカは問い詰めたいところであったが、鍵をかけた扉を激しく叩く人体模型を、どうするかを考えるのが先決だった。


 とりあえずは時間を稼げる。霊といっても実体があるからか、すり抜けてやってくる事は出来ない為、不意打ちをされる心配は無い。


 その筈だった。


「──"ガチャリ"?」


 不穏な音。そして、聴き慣れた音がする。


 何ら不思議ではない。扉は外側からは鍵が必要だが、内側からは必要無い・・・・・・・・・というだけの話なのだから。


「お利口さんだってのは聞いてないよぉ!」


 不意に、そして正攻法で扉が突破された。


 急いでその場を離れる。幸い足は遅く、のそりのそりと追いかけては来るが、追いつかれる事は無い。






「なんなのさ!」

【魔憑きだ】

「知ってるよ! なんだって人体模型に取り憑いたのかって話だよ!」


 先日の魔憑きは人間に憑依し、通り魔的に犯行に及んでいた。


【鏡を覗いてみろ】

「鏡──ッ!?」


 走り疲れたミカが、休憩をしている階段踊り場に設置された『姿見』に目を向ける。


 鏡もまた、怪談話ではメジャーなものであろう。死顔が映るや本当に死ぬもの、そして異界へと吸い込まれるといった多種多様な噂を聞く。


 人体模型の件を考えれば、これもまた魔憑きと察し、ミカは咄嗟に身構えた。


【──お前の滑稽な顔が映っているぞ?】

「ほっといてよ!」


 今にも恐怖で泣きそうな半べそ顔。この鏡は何の変哲もないただの鏡である。


 魔王が言いたいのはそういう事ではない。


【魔憑きも我輩と同じく魔力を欲している──が 本来この世界に魔素は存在していない】

「ここ二ヶ月ぐらいで魔素が発生したとかなんとかだっけ?」

【そうだ 魔憑きが発生している原因でもある】


 霊という『思念体』が魔素に反応して形を成し、人間を襲うようになった。


【だが 魔素が発生しているといっても微かなものだ……ではどうやって己を維持していると思う?】

「ええと……人を襲う?」


【確かに人間を襲い 生命力を奪うのも手段ではあるが"イコールでは無い" 本当の目的は人間を襲う事で 発生する『感情』にある】


 それは『恐怖』である。


 先日の魔憑きが人間を襲い、血を啜っていたのも、生命力を奪う事と、己の存在を世に知らしめる事で発生する『畏れ』を欲していたのだ。


【だから魔憑きは人間に憑依する必要は無い・・・・・・・・・・・・ 人間の方が効率は良いが 物であっても問題は無いのだ】


 霊からすれば『怪談』とはうってつけであろう。


 自らが動かずとも勝手に広まり、恐怖と好奇心を抱き、存在を定着させられるのだから。


【人の噂も七十五日 いずれは廃れて消えていく……だからこそ 語り継がれる噂は『偽りの真実』となるのだろう】


「でも魔王様なら倒せるんだよね? だったらボクと入れ替わって……」

【"修行"だ】

「──へ?」


 あまりの唐突な言葉に、今日何度目かの情けない声をミカは発した。


【我輩は傍観に徹する 貴様自身がどう対処するか見せてみよ】


 そんな事を言われると、早く帰りたいという考えしか浮かんでこないミカであった。


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