第2話 決まってしまった

「ハヘェ〜……」


 誰もいない昼休みの屋上。ここなら長閑のどかな時間を過ごせるであろうと、寝転んでため息を漏らす少年がいた。


【何だその腑抜けた声は?】


 周りは勿論、脳内にもいない・・・・・・・事が条件であるが。


「ほっといてよ〜ボク疲れてるんだから」


 頭の中で声がする。ミカは未だに信じられないが、この声は『魔王ベルフェゴール』だと名乗っている。


「昨日から警察の事情聴取がチョーめんどくさい……ボクはただの第一発見者なだけなのにさ」

【犯人を倒したのもお前だがな】

「それは魔王様でしょ〜」


 己の前世が『魔王』だと言われても実感が湧かないが、今こうして会話が出来ている以上、ミカは信じざるをえない


 何より、昨日の出来事が頭から離れないのだ。


「昨日の"アレ"ってさ……夢じゃ無いんだよね?」

【夢ならば 我輩は一体誰なのだろうな?】

「それもそうか」


 青空にゆったりと流れる雲を眺めながら、ミカは改めて昨日の出来事を振り返る。


 この世界に存在しなかった筈の『魔力』の影響を受け、今まで半信半疑だった霊が力を付けてしまい、実害を出すようになってしまった。


 それが『魔憑まつき』と呼ばれる現象であり、魔力を持った霊に憑依された対象は自我を奪われ、人を襲うのだと。


「アレを倒せば魔王様は僕から出て行ってくれるんだよね?」

そのつもりだった・・・・・・・・


 今こうしてミカの中に魔王がいるのは、魔力不足が原因である。

 ミカは魔王の生まれ変わりであり、本来ならば身体に自我が目覚める前に、魔王として転生する予定だったのだという。


【お前を乗っ取るよりも他者に憑依した方が早い それこそまだ自我を持たぬ赤ん坊や 死にかけの者に憑依する方が魔力を使わん】

「サラッと恐い事言わないでよ」


 両者を天秤にかけた時、『舞田マイダ 未架ミカ』という人格を完全に乗っ取るよりも、他に都合の良い相手を探す方が手間が省けるのだ。


 そして、その為に必要な魔力はこの世界では少ない。魔王が転生直後に自我が目醒められなかったのも、魔力不足が原因である。


 今すぐにでも身体は欲しい。が、その為の魔力を集めるには、魔憑きを倒し、魔力を奪う身体が必要になるのだ。


【自然に魔力を集めるには人間の寿命では持たんからな】

「ちなみにどれぐらいの年数なの?」

【二万四千年】

「人間辞めなきゃだね」


 無理である。


 このままではミカは魔王と、一生を共にしなくてはならない。

 流石にそれはお互い不本意であり、ミカも手を貸すしか選択肢がないのだ。

 

「でも戦いたくないなぁ〜」

【だから態々我輩が直々に 『弟子』にしてやるというのだ】

 

 戦うのはあくまでも魔王である。


 が、その為にはミカは人格の主導権を明け渡す必要があり、その間は魔王が身体を好き勝手に動かせてしまう事を懸念していた。


「その弟子っていうのもさ 自分で言うのも何だけど……人格を奪ったままにすればいい話なんじゃないの?」

【何をするにも魔力を使う お前と会話するだけであれば支障はないが 表面化するにしても他者に憑依するにしても 相応の魔力が必要だ】

 

 弟子にするとは、器であるミカ自身を強くする事だ。

 

【惰弱で貧弱で軟弱者め 我輩は哀しいぞ】

「なんでそこまでボロクソなの!?」


 後世に対しての風当たりが強い。


 しかし、魔王からすればはっきり言って、ミカの体型は恵まれたものではない。

 背はそれ程高くなく、筋肉量も少ない。本人も積極性も薄いというおまけ付きである。


【ならば問おう 背丈はどの程度だ?」

「ええと……166?」

【重さは?】

「確か51キロだったかなぁ?」

【不採用だ 出直してこい】

「何今の面接?」


 もし普通の会社で問われたらただのセクハラの様な質疑応答であるが、魔王にとっては死活問題だった。


【表に出て戦うのは我輩だ 今後強力な魔憑きと遭遇した時 命運を分けるのはお前次第なのだぞ?】

「てっきり『魔王に勝てる者などおらん』とでも言うのかと……」


 七欲の怠惰を司る魔王にしては、意外にも小心者なのだというニュアンスを含んで言う。


【良い度胸だ 褒美に耳を引きちぎってやろう】

「コレ魔力使わないの!?」

【使うわ間抜け だが躾をするのには致し方無し】


 当然聞き逃す筈が無い。


 意思に反して動かされた手に、ミカの耳を引っ張って魔王がクレームを入れる。


 自分の器なんだからもっと大事にしてと欲しいと思ったが、今の関係を認めてしまっている事だと気づき、ミカは言うのをやめた。


【慢心とは『怠惰』だ 我輩に相応しい態度であろう ──だが王者としての慢心と 愚者のする慢心するとでは天と地ほどの差があると知れ】

(説得力がある……ような 無いような)

【残念なお知らせだ 心の声は筒抜けだぞ?】


 より一層耳を引っ張る力が強まる。最早拷問の類いだとミカが悲鳴を上げていると、救いのチャイムが鳴る。


「ハイ! 昼休み終わり! 今すぐ教室に戻ります!」

【……チッ】


 不満たっぷりの舌打ちで返事を返され、先が思いやられてしまうミカだった。






【──つまらん】


 授業中。頭の中で不満を垂れる魔王がいた。


 黒板に書きだした数式を、前に立つ教師がここがテストに出ると説明し、皆静かにノートへ書き写す。


【なんだこの退屈な時間は? 何故長時間椅子に拘束されて長々と話を聞かねばならんのだ?】

(うるさいなぁ……)


 そんな時間に苛立ち始めたのだ。


 ミカも例外では無いのだが、これでは全く授業に集中出来ない。大人しくしていてくれと頼んだのだが、これでは意味が無い。


(魔王様? 人前では大人しくって約束が……)

【だから我慢しているであろう 文句はあるがな】


 確かに暴れていたないだけマシかも……等と、思いそうになったが、辛うじてミカは正気に戻る。


(あのね……ボクは学生として 勉学に真面目に取り組んでるの ここでは最低限の知識を身につける絶好の場所なの)

【0に何をかけても0というのはまだ習ってはいないのか?】

(なんで今それを言ったのかは訊かないからね)


 ただでさえ昨日の出来事を受け、ミカは警察だけでなく親や教師、クラスメイトから質問攻めを受けていた。


 どうしてあの場に居たのかや、犯人は見たのかとか、とにかく興味の対象にされてしまい、平穏な日々が壊されているのである。


 そしてこれ以上の面倒事を避ける為、ミカは犯人は『居なかった』事にした。

 襲われた女性は一命を取りとめ、犯人の顔を覚えていない。魔憑きになってしまった人も、襲った記憶は無い。


 ならばこのまま、犯人は居なかった事にした方が目立たずに済むからだ。


(ハッキリと言っておくけど ボクは協力はするつもりだよ? 一生このままはボクも嫌だし)


 だがあくまでも日常を乱さない範囲である。


 そもそも、危険な事に首などに突っ込みたい筈が無い。魔憑きとの戦いを見て、魔王の強さがあれば大丈夫だと判断したからこそ、協力するのだ。


【貴様……この魔王ベルフェゴールと共に過ごす事が嫌だとほざくのか……?】

(メンドくさ!?)


 残念ながら主導権は魔王にあった。


(とにかくボクは魔憑きが出てない間はボクの自由にさせてもらうからね! 絶対だよ!)

【ならば丁度良い】


 魔王は嬉々として告げる。ミカの脳裏を過るのは、嫌な予感を察するのだった。


【この学校に──"魔憑きがいる"】

「マジで!?」


 ミカは昨日今日で魔憑きに遭遇するなど考えてもいなかった。

 これで今日の予定は決まった。本当なら家でゴロゴロ寛ぐ筈だったというのに、最悪な気分である。






「ミカ……席を立つついでに廊下に立つか?」


「あっ」


 最悪な事に、職員室に呼ばれる事も決まってしまった。

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