第弐拾参話 その油断、命取りにつき。
「んーあーなんだ、結論から言うと上手いこと監視カメラの目を避けられたって感じだなー」
白宮家の華鳴の部屋の中で華鳴は1人、画面越しの3人に向かってゲーミングPCの前の椅子に座りながらカラコロと口に咥えた飴を鳴らしながら結論を話す。
華鳴が調べた限りの映像では居場所を特定し得るものは確認することが出来なかったのだ。とは言っても探偵としては素人の目からはという話ではあるが。
確認のため共有をしているが、その結果に華鳴は悔しそうに歯を食いしばり中で飴が砕ける音がする。
自分にもっと力があればと侑が攫われてから何度思ったことかも分からない。
「あたしらが別れた時の時間帯の付近の映像を見たけど中々カメラに写ってなくてなー。上手いことカメラのない住宅街に追いやられたって感じかもなー。映らんもんはどうしようもない」
至って平常心であろうと意識して「ほら」と華鳴は飴が取れて残った棒を口から抜き出し、3人に辛うじて犯人が引っかかっていた映像を見せるために再生する。
そのいずれも男が乗っていた車が走っているものであった。朝には北上して来たかと思うと東西南北あらゆる方向に不規則に曲がりまた南に走って行く。そしてまた暫くすると北の方へと走ってきて無秩序に走り回る。時にはアガル探偵事務所付近をうろついたりして何かをキョロキョロと何かを探す、そんな映像で侑が映っているものは1つもない。動きは怪しいが足が付きそうなものは一つも見受けられない。
「侑ちゃん……」
「あるにはあったんだけどなー。止まる訳でもなく規則性もないんだ。パトロールか何かだとは思うけど手掛かりにはなりそうにもなくてなー」
恋奈の声は今にも泣きそうだ。探偵の仕事を手伝っていてもまだまだ高校生の子供。大好きな侑が攫われ証拠映像すら見当たらないとなると気が気でないだろう。
「ところで和州よ。車のナンバーと男の顔は間違いないかの?」
「それは問題ないですよ。……どっちが接触した相手かは分からないけど」
というのも映像に写る2人組は一卵性双生児の双子を疑うレベルで瓜二つなのだ。更に顔つきや体格だけでなく、髪型や黒服やサングラスといった服装まで合わせているためどっちがどっちなのか分からない。
どこをどう見ても姿形が同じおっさんが並んでいるのだ。気持ち悪さが半端ない。双子ではなく五つ子でも何でも良いがお揃いで可愛いというのは美少女ヒロインに限られた話のようだ。
「うむ。分かったが別にそこまでは良い。どっちが接触して来ようともやることは変わらんからの。間違いはないか確認したかっただけじゃ。念のためにの。華鳴よ、他には無かったのかの? 今のは全部明るい内のものではないか」
「確認出来たのはこれだけだなー。夜とかも漁ってみたんだけどいまいち確認できなくてなー」
「そうか……にしても、規則性も何もあったもんじゃないの。見回りをしているようにしか見えん。じゃが、何か気になる……もう一度見せてくれんかの?」
「んー。だったらそっちで再生出来るようにするから見たい所を選んで自分で再生してくれー」
「うむ。助かる」
歩矢はそう言うと同じような映像を繰り返し流し始めた。
その間、手持ち無沙汰になるのも和州としては頂けない。今やれることと言えば歩矢も繰り返し見ているであろう何のとっかかりもない映像を再生するだけ。
ここで何かに気付ければと再生ボタンを押すも結果は見る前と変わらず芳しくない状況は依然として変わりはない。
「華鳴、周辺地図を出しとくれ」
歩矢は幾度も繰り返し見返して何かに気付いたのか突如として華鳴に指示を出す。その声は僅かに上擦っているようにも聞こえ、場の期待も高まる。
「んー」
華鳴は歩矢の指示通りに地図アプリを起動し画面上に共有する。
「ふむ、侑が居るのは恐らくここじゃの」
暫くスクロールしたかと思うと歩矢は山の麓、正確に言えばそこにある廃校となった元分校に印を付けて明言する。
しかし、そこは廃校であるから故に電気はおろか上下水道まで止まってしまっている。人が居座ることが出来るとは到底考えられず、和州は俄には信じ難い。
「本当なのです!? というかそんな場所があったのです!?」
「ほぼ間違いはないじゃろ」
「何かそこに関わるのが映ってたのかー?」
「いや、車以外に見当たらなかったような気がするけど……」
「和州の言う通り車以外に見当たりはせんかった。じゃがの、奴らの行動に規則性があったのじゃよ」
「規則性……?」
和州も歩矢と全く同じものを観ていたはずだがそれが何なのか全く分からない。ただただ無秩序に車を走らせて警戒しているようにしか見えなかった。
「それはズバリ『帰巣的な行動』じゃの」
「えっと……そんなのありました?」
恋奈と華鳴も首を傾げる中、和州が2人の気持ちを代弁するように歩矢に問う。
「あったの。お主等が気づいておらんだけじゃ」
「だったらもったいぶってないでそれを早く!」
「まぁ、落ち着くんじゃ、華鳴よ。そう急くでない。直ぐに行動出来る訳でもない」
早く侑を助けに行きたくてキレ気味の華鳴を落ち着かせるように歩矢がまったりと話す。
和州も歩矢の言いたいことは分かるが理由が気になり答えを求める。
「気付けば簡単な話じゃよ。あ奴ら何故か夜には行動しておらんじゃろ? んで、朝には南の方からやってきて午後には同じ方角へと戻ってくる。つまりはそういうことじゃろ? で、その辺りで監禁出来る且つ休めそうな場所を地図で見てみるとここしかないんじゃよ。それに、ここを知ってる者はかなり少ない。恋奈もじゃったが地元の人間でも分からん位じゃ。そう考えれば犯罪を起こすには適当な場所ではないかの?」
「なるほど……言われてみればそうですね」
「じゃあ、直ぐに侑を助けにそこに……」
「待て、白宮。まだ作戦だって聞いてないのに」
直ぐに行動をしようと音を立てて椅子から腰を浮かし、直ぐにでもと侑の元に駆けだそうとそした華鳴に和州は静止を掛ける。
「そんなの動きながらで良いだろ」
「といか、作戦はあるのです?」
「場所が分かれば何とでもやりようはあるだろ。なあ、師匠?」
「無論、儂が考えておる。何もただお主等の報告を待っていただけではないのでな。では、今からそれを伝えるぞ」
そうして歩矢は作戦を3人に伝えていく。
その内容はまさかなもので和州も少々、いや、かなり驚かされた。
「あたしはあいつが助かるなら別にどうでも良いが、罠の可能性とかはないのかー?」
「うむ……その可能性は捨てきれんのじゃが、ここで動かん訳にもいかんじゃろう。そうであったとしても成功確率の高い作戦があるのじゃから尚更、の。多少強引になっても可能性があるならば動く、それが探偵にしか出来んことじゃしの」
「……そうか」
スマホ越しの会話が途切れると和州は恋奈に目配せをした。
「僕たちも異論は無いかな」
これはリスクも大きいが成功すれば一発逆転の大チャンスだ。探偵をしていく上で――今回は侑を助けるためで尚更のことだが――和州も多少のリスクを取ることは覚悟している。そうしなければ解決出来るものも何の進展も無いしことは分かっているのだ。
そして泥棒をしていた時にもそういった覚悟は何度もしてきているため和州にとっては今更どうということもない。慣れっこなのだ。
過去の悪事が探偵として活きてくるとはなんと皮肉なことか。
「主等、ここで全てが決まると言って良い。正念場じゃ。無事救出してハッピーエンドといこうではないか!」
「おう」
「んー」
「勿論なのです~」
和州、華鳴、恋奈の3人は思い思いに返事を返す。
「頼りにしておるぞ」
作戦も伝え終わり通話を切ると歩矢は今しがた締まりの無い挨拶をした頼れる3人と最後に可愛い弟子の友人であり部下でもある侑の顔を一人ずつ思い浮かべると、その顔に微笑みを湛えぼそりと呟いた。
既に当たりには夜の帳が落ちている。
時間の確認はしていないため正確な所は分からないが体感では20時とか21時といった所であろう。
お化けも飛び出してきそうな真っ暗闇のとある分校の中で怪しく動く白い光が2つ。いずれも懐中電灯のものだ。とうの昔に廃校になってしまっているためライフラインは全て止まってしまっている故にこうするしかない。
「にしてもなぁ、ボスも人使いが荒いっちゅうねん。なんで儂らがこんなことせなあかんねんや。なぁ、
「何や
少女が捉えられてるであろう一つの空き教室の前でこてこての関西弁を話す瓜二つの男が2人。声もガサガサとかさついており明らかに裏で生きるもののそれである。
その厳つい顔は四角く、所々に傷が付いていてなお一層その風貌がある。これに昼間はサングラスを掛けているというのだから尚更である。というか『ボス』という発言から分かる通りに彼らはヤの付く職業の方々そのものなのだが。
これではお化けも脅かそうと出て来ようにも出て来れない。
そんな大の男2人がそっくりな顔を突き合わせてボスとやらを怖がっているのだから何とも滑稽さが拭えないものである。
「そういう訳あらへんけどなぁ……」
「せやったら黙っときいや」
「せやんな。それが一番やわ」
それだけ言うと竜と呼ばれた方の片割れの男は用を足しに行くためおもむろに立ち上がる。
「……そういやあの兄ちゃん、何してるんやろなぁ」
残された龍の脳裏には何故か昼間に会った髪を白く染めた絶世の美少年の顔が過った。男の調べでは探偵をしていたはずだが、実際に会って話してみると等身大の高校生といった所で今思い出すまで忘れていた程だったのに、何故か。
「なんや、そこォ!!! 誰か居るんかいな。出てきいや」
そういえば隣にいた黒髪のバイトの子も大層別嬪だったと思っていると先ほど席を外した双子の弟の怒鳴り声が聞こえてきた。
誰かが居たのだろうか。ただならぬ雰囲気を感じ取り龍は弟の元へと急ぐ。
「おい、竜。どうしたんや」
「ああ、龍。なんか外から物音が聞こえてな」
「あぁん? 物音ぉ?」
指さす方に手元の灯りを照らし目を向ける。
言葉が出なかった。
そこには思いもよらぬ人物が居たのだ。それは探偵だ。
大和撫子と形容する他ない背の低い黒髪の美女と白髪のイケメン、そしてそこでバイトをする2人の少女たち。
ボスが様子を見に来たとかならまだ分かる。
けど、どうして探偵なのか。相手はただの子供だったはずだ。事務所を観察しても特には動きもなかったはずだ。
どこで気付いたのか? いつの間に?
疑問だけが先行し大声を出しての威嚇すら忘れてしまっている。自分の本分も形無しだ。
そして男が気づいた時には自身の口角が上がってしまっていた。
その探偵、泥棒につき。~両親殺しの疑惑がある女探偵に育てられて泥棒になった少年の話~ 沢田真 @swtmkt
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