満たせ! 座敷わらしちゃん!

フォトンうさぎ

満たせ! 座敷わらしちゃん!

「どうも、屋敷童ざしきわらしです」


 そう言って、テーブルの向かいに座る長い茶髪の少女はにっこりと笑った。側頭部に生えた緑色の角のせいで、コスプレしているように見える。

 俺が住んでいるのは1人部屋のアパートだ。そして誰もこの家に呼んでいない。つまり、向かいに座って微笑んでいるえっちな格好をした少女は不審者ということになる。


 デリヘル? もちろん呼んでません。誰が呼ぶか、仕事から帰ってきた直後に。


 わらしというには大人びた体のライン。背丈や顔の幼さから考えると15歳~18歳くらいの女子に見える。そして、その幼そうに見える年齢には不釣り合いな大きな胸。


 ゆったりと着崩された着物によって露出された肩と大きな胸の谷間に、俺の目はつい釘付けになってしまう。マズい、長くて深い谷間は好きだ。しかも好みな和服の美女。ついつい考えてはいけない考えが頭に思い浮かぶ。

 いやいや何を考えているんだこんな子供に。すぐに俺は視線を座敷童だと名乗る彼女の顔に戻した。


「いや、座敷童って。なんで君みたいな子が俺の家にいるの」


「この前、私を封印していたツボを割ったよね? それで私の封印が解けたから、こっそりついてきたの」


 確かに俺は以前、両手に乗るほどの大きさの壺を割った。祖父が亡くなって地元に帰った時、遺品整理をしている間にお札で封じられている壺をうっかり手を滑らせて割ってしまったのだ。

 どこかおどろおどろしいお札で封をされていたものだから、これは呪いや不幸等を封じていたものだと俺は確信。何か会社や身の回りで不幸なことが起きるのかと、この東京の自宅に帰ってきてから数日間警戒していたけど、こんな形で不幸が訪れるなんて……。


「私、座敷童なんだ。座敷童なので、この家とあなたに取りついて、あなたの欲求を満たして幸せにしてあげるね」


「今、病院か警察に電話しますね」


 頭おかしい子だった。エロい格好をした頭おかしい子だった。すぐさま俺はスマホを手に取って、電話番号を入力しようとする。


「待ってぇ!? 頭おかしい子じゃないよ! 本物の座敷童だよ!? ほら、体の一部を消したりできるよ!? 透明になって、人の目から隠れることができるよ!?」


 そう言った彼女の袖や腕が半透明になったり消えたりする。今の手品ってすごいんだね。


「体を消せる手品すごいね。家の鍵を開けれる技術もすごいね。今警察呼びますね」


「待ってええええぇ!」


 テーブルを周回して、電話をかけようとする俺の袖に彼女がすがりつく。俺の腕を抱え込むように掴んでくるせいで、巨乳が俺の腕に押し付けられる! 柔らかい! おっぱいでっっっか!?


「あなたを幸せにしに来たの! 警察が来ても、私ずっと隠れたままでいるからね! ただあなたが警察に迷惑をかけるだけになるよ! 無駄だよ!」


「卑怯な!?」


 コイツ、体を消す手品で呼んだら呼んだで身を隠す気か!? それだと俺のいたずら電話になるし、警察にも迷惑をかけることになる。ぐぬぬ、小賢しい考えを!


「私、ちゃんとした座敷童なの! 欲求を満たして幸せにする精霊とか妖怪なの!」


「精霊とか妖怪って、自分のことはっきりしてなくない?」


「そっ、そうだね!? じゃあ妖怪で通すね? ま、まずはあなたの食欲を満たしてあげるね」


「あっ、おい!? というか設定を今決めるな!」


 彼女は俺の腕から離れ、どたどたと慌てながら冷蔵庫に駆け寄った。思いっきり冷蔵庫を開け、中に入っている食材を次々と取り出していく。


「ちょっ!? 何勝手に出してんの!?」


「味噌汁や魚料理作ってあげるね? ちょっと待ってて!」


 彼女がキッチンに食材を持って行った瞬間、俺の腹がぐぅと大きな音をたてる。なんだか急激に腹が減ってきたみたいだ。

 今の内に警察呼ぶか? うーん、それはそれで腹が減っている時に事情聴取受けることになるし……?


 数分迷っている内にキッチンから味噌のいい匂いと、トントンとリズムよく大根を包丁で切る音が流れてくる。

 この匂いと音は今の俺には駄目だ、彼女を止めるだけの気力が奪われてしまう。出来上がった料理を想像して、口内に唾液が分泌される。


 そして数十年封印されていたって言ってたけど、座敷童はヒーター使える設定なの? 初見で使いこなせる設定なの?


 律儀に待つこと十数分。テーブルに和食が盛り付けられた皿が並べられた。

 待ってしまった、何もすることなく待ってしまった。腹がもう一度ぐぅと音をたてる。


 大根とシイタケを使った味噌汁。あらかじめ炊いておいたご飯。焼かれたサバに大根おろし。ベーシックな和食だ。だけど、とても美味しそう。

 湯気がほかほか立っていて、温かい内に食べないと損だよと俺を急かしてくる。その様子にごくりと唾を飲み込んでしまう。


 2人分作ったのか、テーブルの向かいに座りなおした彼女の前にも同じ料理が並べられていた。

 何気に食費がかさんだけど? でも、料理はとても美味しそうで……。


「さっ、どうぞどうぞ」


「……いただきます」


 まずは温かい味噌汁を一口含む。直後、俺はたぶん目を見開いただろう。

 だしがいい具合に効いている。風味が良くて、舌を火傷しない程度の適温だ。本当にいつも俺が使っている調味料や素材でこんなものが作れるのかとびっくりするくらいだ。


「美味しい」


「えっへん。私、ヘルシーな和食は得意なんだよ」


 味噌汁を飲んだ後には、白米、魚料理と食べていく。

 箸がすごい速度で進んでいく。美味い! 安物なのに、料亭やホテルで出てくる高級料理みたいだ! 米もあらかじめ炊いておいたやつだよな? 何が違うんだ? 茶碗の温度とか?


 自分でも驚くくらいの速度で食事が終わり、俺は箸を置いた。


「ご、ごちそうさま」


「はい、お粗末さまでした」


「じゃあ私が食欲を満たしたところで、次はあなたの睡眠欲を満たしてあげるね。歯を磨いたらおいでおいで」


 ベッドに正座し、座敷童は歯を磨いてくることを促した。ベッドに居座ってそのまま下りないようなので、俺はしょうがなく洗面所に行って歯ブラシを手に持った。


 おいおい? 俺が手に持つべきは歯を磨く歯ブラシじゃなくて、通報するためのスマホじゃないか? しかし、今俺は猛烈な眠気を感じていたのだ。


 葬式などを済ませて祖父の家から帰ってきて、さらに仕事も済ませた俺の体力は尽きそうになっていた。そんな体で食事を済ませたら、満腹感で眠気が襲ってくるのは当然のことだろう。


 いやでも、警察を呼ばないとこの子が家にある通帳とか印鑑を持っていくかもしれないし。

 そこまでわかっていて、なんで俺は正直に歯を磨いているんだ。食欲を満たしたら、ちゃんと睡眠欲を満たすように誘導されている?


 歯を磨き終わって部屋に戻ると、エロい座敷童が笑いかけながらゆっくりと手招きしてきた。美少女がベッドの上で誘惑しているシチュエーションって、そそる……。


「おいでおいでー」


 彼女の言葉に逆らえなかった。まるで、電灯に吸い寄せられる蛾のように、俺は彼女が座っているベッドへと近づいていってしまう。

 眠い、どうしても眠い。彼女を目にすると、体の中から本能的な欲求が表面に湧き出てしまうようだ。


「こ、この年で膝枕とかさ」


「恥ずかしがることないよ、笑わないよ。」


「ん……」


 いつの間にか俺はベッドに寝て、頭を彼女の太ももに預けていた。膝枕の形だ。


 太ももの上から彼女の顔を見上げようとする。

 いや、おっぱいでっっっか!? 膝枕してもらっていると、下から顔が見えないってどういうこと!? しかもめっちゃいい匂いする! 和室の匂いする! 和風美女は俺の好みだし、興奮が抑えられない! 下からこの大きな胸を鷲掴みにしたい!


 しかし興奮するのも束の間。興奮よりだんだんと強くなっていく眠気の方が勝った。今はとにかく疲れた体を癒したい。


「よしよし、いい子いい子。安心して寝ていいからね」


 頭を優しく撫でられるのが心地いい。家にこんな子供がなぜかいる状況なのに、うとうとまぶたが落ちかける。目の前の光景もぼんやりとしてきて、思考もはっきりとしなくなっていく。


 彼女が穏やかに子守唄を歌う。耐えきれない、まぶたが閉じる。

 座敷童特有の香りなのか、和室に似た匂いをゆっくりと吸い込んで俺の意識はすとんと暗闇に落ちる。でも怖くない。頭を優しく撫でてくれる彼女が近くにいる。うっとりとして幸せだ。


 幸せ、ゆったりとする、力が抜けていく。いけない、優しいこの少女を好きになってしまう。


 ……あれ? 幸せ? 幸運をもたらすような座敷童って、封印する必要ある?


 一瞬だけそんな疑念を抱いたが、その考えは座敷童の優しい子守唄に流されていくのだった。





 気が付くともう翌朝になっていた。俺はいつの間にか毛布をかけられていて、隣で座敷童がすやすやと寝ていた。自然と添い寝になっているよこの状況……。


 寝過ごしたかと一瞬背筋が冷たくなったが、今日は休日であることを思い出してすぐにほっとする。


 身じろぎしたことを察知したのか、座敷童も目をこすって起き上がる。手を挙げてうんと背を伸ばすと、その巨乳が張り出すように主張してきた。目に毒、いや眼福です。


「おはよー。よく眠れた?」


「あ、うん。かなりぐっすりと眠れた」


 料理が上手く、ぐっすりと寝かしつけてくれる。この子、本当に座敷童という存在なのか?


「ありがと……だいぶ満たされたと思う」


「でも、まだ満たしていない欲求があるよ? 私もそれ、満たしたいな」


「残りの欲求? 食欲、睡眠欲――」


 人間の基本欲求ってなんだったかと、俺は指を順番に折って思い出す。出てきた残りの答えは……。


「性欲? い、いやいやいや、そこまでは満たさなくてもいいって。それに、どうやって満たすつもりなんだよ」


 ベッドの上で寝ころぶ俺の腰あたりに彼女が馬乗りになる。そして、両手を伸ばして指を絡め合うように握ってきた。


 心臓がどきりとはねた。体力がある今、彼女と直接触れ合うと理性が大変なことになる!


「こうやって、だよ」


「こうやってっ、て――」


 彼女の情欲に燃える目に魅入られた瞬間、ベッドの上に置いていた目覚まし代わりのスマホが鳴る。


 電話だ。握り合う右手をほどいてそれを取ってみると、祖母からの着信だった。


 しかし、座敷童は俺の上からどいてくれない。どうやらこのままベッドの上から逃がさないということらしい。

 ぺろりと舌なめずりした瞬間、俺の下半身が興奮と恐怖で硬さを増す。人間、死を目前にすると生殖機能が活発になるというよね……?


「もっ、もしもし、婆ちゃん?」


『そっちは大丈夫かい? あなた、お札がたくさん貼られた壺を割ったじゃない? あれ、悪い妖怪を封印しておくとかそういうものらしいっていう文献が見つかってねぇ』


「はっ?」


『なんだったかしら。座敷童ざしきわらしっているじゃない? 家に幸福をもたらすというでしょ? でも、幸福をもたらすのは白い座敷童で、赤い座敷童は不幸をもたらすっていうの。それを封じていたものらしくて』


 赤というよりは赤褐色の、オレンジに近い丹色にいろの着物。いや、でも「赤」褐色に近いオレンジということは「赤」なんじゃねぇのこの子……。


 片手を握る座敷童ちゃんの顔がだんだんと紅潮していく。俺の中で本能や第六感というものが「払いのけて逃げろ」と叫んでいる。


 しかし、相手はこちらの手を優しく握る小さな女の子。乱暴するわけにはいかないという理性が逃げる考えを押しとどめている。


「今日は休日、なんだよね? いたずら――じゃなかった、いっぱい性欲を満たしてあげられるよね?」


「やっ、やめ――」


「やめるの? なんで?」


『どうしたの? 大丈夫?』


 体の震えが止まらない。恐怖や寒さで震えているんじゃない、武者震いだ。俺に馬乗りになっている美少女に己の全てを捧げろと体が興奮している。


 息は荒くなり、心臓がドクドク脈打つ。ざっくりと開けられた胸元、小さくて柔らかそうな唇、怪しい光を灯した目。彼女のあらゆる要素から目を離せない。

 ヤバイ、確実にヤバい。食われる。俺は彼女に全てを捧げてしまう。


『ああそうだわ、思い出した。私達の地方じゃ家にいる悪い妖怪は、座敷童じゃなくてアイヌカイセイって言うんだったわ。幸福はもたらすけど、寝床で散々悪戯イタズラをしてくるという言い伝えがあるんだったねぇ』


 俺の頭の中で一つの答えが導き出される。

 なんでこの女の子は壺に封印されていた? 幸運をもたらしたり、お世話をしてくれるなら封印する必要なんて無かったんじゃないか?


 ということはこの少女には、幸運と引き換えでも封印したいくらいヤバイ事情があるということで……。 


 答えが出た。「この少女、寝床ではヤバイ」。たぶん腹上死させられるくらいに性欲がヤバイ。

 寝床でイタズラって、それサキュバスでは? この子角生えているし、見方によっては悪魔じゃん。


「婆ちゃん……そいつがもし出たら、封印する方法って、ない?」


『いやぁ、もう一回お札や壺を作るしかないんじゃないかい?』


「は、はは、すぐには無理ってことね……ば、婆ちゃん、そろそろ電話切るね」


『声が震えているよ? 東京も寒いの? 体に気をつけてね』


 通話を切ると、座敷童はひょいとスマホを取り上げてベッドシーツの上にそっと置いた。そしてもう一度絡め合うように手を握り、ぐいっと顔を近づけてくる。


「私は、良いと言っているんだよ? 据え膳食わぬは男の恥だよ? ……というより、ふふっ、逃がさないから」


「た、助けっ。なんで俺に構おうとするんだよっ」


「だって……何十年もの封印から助け出してくれた王子様だもん」


 恋する女の子の視線を向けられる。背筋が凍る、下半身はぐつぐつと煮えたぎる。自分の中で生まれ出る矛盾で、混乱が止まらない。


 気が付くと俺は、獣かと思うほどの荒い呼吸を繰り返していた。いけない、彼女にのしかかられているだけで絶頂を迎えそうなほどに興奮している。


「私はあなたのこと大好きだよ? 助けてくれた人を大事にしたいな。ねぇ、えっちな女の子、嫌い?」


「すっ、好きです」


 視線が重なり合い、口から自然と本音が出てしまう。


 んふー、と彼女は満足げに笑い、さらに顔を近づけてくる。

 彼女の姿勢は俺の上に寝そべる形に変わり、唇と唇が触れ合う。


 やがて彼女の口が少し開き、俺の唇が舌でノックされる。

 口を開けちゃだめだ、開けちゃだめだ。沼に引きずり込まれるような快楽に心を持っていかれる。


 「口を開けないの?」 座敷童が視線で訴えてくる。

 ああもう! 可愛い! 本当に可愛い! エロ過ぎる! こんな彼女にしないの、と訴えられたらそれはもう逆らうことなんてできないわけで……俺は閉じていた唇を開いて彼女の舌を迎え入れた。


 彼女の喉で小さくなる声、俺もつられてくぐもった声を漏らす。

 気持ちいい! 気持ちいい!? 心地よ過ぎる!? 安心して興奮する!? 何だこれ キスってこんなにも興奮して気持ちよくなれるものだったのか!? 


 柔らかい、可愛い、声が奇麗、おおきい。駄目だ、俺、この子のことが好きになってしまう。


 ヤバイ、こんな子を好きにしていいと言われて、止まれるわけがない。絶対に踏み入れちゃいけない領域に踏み入れようとしているのに、止まれない。


「ぷはっ。一緒に気持ちよくなろうね」


 それからは、一回や二回では止まらない快楽の暴力。出した分だけ水を飲んではまた交わり、二人で軽食を取ってはまた交わり……。不思議なことに、彼女と交わっている間はまったく萎えなかった。


 捧げ、捧げ、捧げ……。腹の底から持っていかれる、血液も内臓も肉も、全てが快楽と引き換えに放出される液体に変わっていくみたいだった。


 駄目だ、俺、出し過ぎて死ぬ……。


 行き絶え絶えで彼女の中に理性も体力も熱も全てを放出した後、俺の意識はぷっつりと途絶えた。最後に見たのは、自分の下腹部を幸せそうに撫でる座敷童の姿だった。





 ――数か月後



 会社からの帰り道。


 俺は生きていた。彼女との夜の交わりで毎回死にそうになるが、日中は驚くほど元気なのだ。夜に体力を使い果たすのに、この元気はどこから出てくるのであろう。


 彼女が作ってくれるご飯は美味しい。湧かしてくれる風呂も適温だし、掃除もしてくれるし、話し相手にもなってくれる。


 狂暴というくらいの夜の事情を除けば、伝承通りの座敷童そのものだ。……彼女の存在が周りに認知されていないとはいえ、生活費は増えたけどね。


「ただいまー」


「お帰りっ」


 玄関を開くと、エプロン姿の彼女がとてとてと寄ってくる。あぁ、今日も彼女は愛らしい。


「ねっ、今日も満たしてあげるね」


「ん、ありがとう。なんか満たしてもらってばっかりで悪いな」


「いいのいいの」


 にこりと笑う元気な彼女の姿とは裏腹に、俺は少々の不安を覚える。

 若い内は体力が持つだろうけど、老後になったらどうしよう? この子、何十年も封印されていたと言ってたけど、年取るのかな?


 もし一緒に年をとらなかった場合、マジで俺は腹上死するかもしれない。絶対に彼女の性欲に付いていけない。


 彼女が封印されたのって、彼女の性欲を満たせなくなったからだよね?

 それか、精霊や妖怪の類であるということそのものが昔に恐れられていたか。もしかしたら、傾国の存在として警戒されたのかもしれない。


 今後、何十年も一緒にいたら俺は大変なことになるかもしれない。

 でも、それでも……。


 何十年も封印されている間、彼女はどれだけ寂しかったんだろう。何気ない会話を交わすだけで、彼女は屈託ない微笑みを浮かべる。一緒に寝ると幸せそうに寝息を立てる。


 なんてことはない、普通の女の子。恐れられていてずっと一人だったりしたら、どれだけ心細かっただろう。


「どうしたの?」


 微笑みながら首を傾げる彼女を前にすると、今後の不安なんてどうでもよくなった。

 今はこの子が狂おしい程愛おしい。なにより、一人じゃないので日常が寂しくない。


 俺は、彼女を再び封印することなんてしないだろう。だって、こんなにも彼女が愛おしいから。


 彼女に近づいて、ぎゅうっと抱きしめる。ほんのりとした和室の匂い。彼女の肢体の柔らかさ。たまらないほど俺は彼女に魅了されていた。


「えへへっ、あったかぁい」


 両手を広げてぎゅーっと抱きしめ返して、俺の胸に顔をうずめてくる彼女。


 そろそろ彼女と一緒に旅行に出かけようかと考える。温泉旅行でも、海でも山でも、彼女の行きたいところに行かせてやりたい。


 俺の胸板に顔をうずめて深呼吸する彼女を抱きしめながら、幸せにされるだけじゃなくて彼女もたくさん幸せにしてあげたいなと俺は考えるのだった。


「えへへー、すきすきっ。ずっと幸せにしてあげるねっ」


「いやいや、俺も君を幸せにするから」


 ちょっと背伸びした彼女からのキス。俺はもうたまらなくなって彼女をお姫様抱っこし、一緒に居間へ向かった。

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