第17話 俺が一目惚れされるわけがない

 急いでその場から立ち上がり、自己紹介をする。


「初めまして。たちばなしゅうへいって言います」

「知ってますよ。あたし、黒瀬理沙です。よろしく」


 身バレを防ぐべく、年齢だけじゃなく名前も偽って会員登録していた。彼女には申し訳ないが、不正だらけだ。ただ、この手のアプリって偽名だらけだよな? 知らないけど。おそらくは彼女も偽名だと思うし。


「なんか若く見えますね」

「そうですか? れっきとした18歳女子ですよ?」

「そうですよね。スンマセン」

「それはそうと、あたしを選んだってことはお悩み相談ですよね?」

「そうですっ。是非相談したいことがありまして」

「わかりました。じゃあ、場所を移しましょう」

「はい」


 駅前から黒瀬さんが移動していく。そのあとをついて行った。


 彼女は来栖駅を通り過ぎて、さらに南方面へ足を向けていった。だが、こっちは……。


「あのぉ、こっちって歓楽街ですよね?」

「そうですけど? なにか?」

「いや、歓楽街に相談場所なんてあるかなぁなんて」

「ホテルがあるじゃないですか」

「えっ!?」


 いま、とんでもない言葉を聞いてしまったような。ホテルの部屋で相談するのか? じゃあ、その個室代って誰が……まさか俺持ちなの?


「ちょっと待って! 普通の場所が良いんですけど。喫茶店とか」


 そう言うとピタリと彼女の足が止まり、くるりと反転する。そしてこちらに近づき、一言。


「あれ? あたしのこと知らないんですか?」

「え? どういう意味ですか?」

「なんだ、掲示板未読者かぁ。一から説明しなきゃ、かぁ」

「は?」

「あたしのお悩み相談って、そっち系だけど、キミは違うの?」


 ――えっ!? マジっ!? 人気の理由ってつまり……体験させてもらう的な?


「違う違うっ。俺が相談したいのはデート指南なんですけど」

「へっ!? デート指南!?」


 最初は驚いた彼女だが、すぐにお腹を抱えて笑い出す。こちらは真剣なのに失礼極まりない。


「笑わないでくださいよ」

「ごめんごめん。じゃあなに? デートの仕方を教えてくださいってこと?」

「はい」


 下を向きながらそう呟くと、彼女は失笑をやめ、俺に近づいてきた。それもすごい近い距離まで。

 そして下から顔を覗き込むように見上げてきた。前のめりになっているから彼女のEカップがたゆんでいる。


「キミ、面白いね。あたし、気に入っちゃった」


 すぐ彼女が俺の右手を掴み、手をつなぎながら南へさらに歩いて行く。


「えっ!? ちょっと」

「良いから、ついて来て」


 抵抗しようと思えば出来ただろうに、女性と手をつないだ経験の少ない未熟者だからずるずると彼女のペースに巻き込まれていた。


 それから歩くこと15分。辺りは本物のホテル街だ。

 赤やピンクのネオンばかりがひしめく。どの宿を見てもハートマークや過激なポスターが全面にアピールされており、目のやり場に困る。

 なにせ、こんな場所に来たのは生まれて初めてだから。


 幸いにも昼過ぎなので、客の姿はまばらだった。まぁ昼であろうと入ってしまえば中は同じなのだが。その中でやることも。


「んじゃ、ここにしよっか」


 看板には大きく横書きで、Midnightミッドナイト Sunサンと書かれており、入り口横には休憩金額が載っている。


「いや、ムリですっ」

「ねぇ、女の子に恥かかせるの?」


 少し不機嫌そうに言ってくる。ここはネタばらしするしかない。


「スンマセンっ。俺、18歳じゃないんですっ」

「それって」

「ホントは16歳なんです。相談相手が欲しくて不正登録して。だから、こういうとこも入れないんです」


 しばらく沈黙が生じる。下を向いて目を瞑っているから彼女がどんな表情なのか知る由はないが、きっと怒っていることだろう。


「大丈夫だよ」

「え?」


 目を開けて顔をあげると、それでも笑顔の彼女がいた。なぜ怒らないのか。


「だって、あたしも18歳じゃないし」


 俺と同じくあちらもカミングアウトしてきたが、不思議と動じなかった。だって、見た目で違うと思っていたから。どう見ても俺と同いか、下手すりゃ下っぽい。


「ちなみに、何歳?」

「15」

「えっ!? 俺より下!?」

「だから、ね? 入ろ?」


 全く理屈がわからない。なぜ歳まで知った上でラブホに入ろうとするのか。


「なあ、キミ、いつもこんなことしてるのか? 掲示板がどうとか言ってたし」

「あぁ、アレ? アレは誰かが始めた嫌がらせ。彼氏物色目的でこのバイト始めたんだけど、なかなか良いひとがいなくて。出会ってすぐに断って逆上されたことあるし、たぶんその人だと思う。内容は確か、黒瀬理沙を選べばヤらせてくれるって感じだったなぁ」

「じゃあなんで俺と会ったとき、手慣れてる感出したんだよ?」

「それは、その……」


 急に黒瀬さんが頬を染めて下を向く。言葉に詰まり、モジモジしている。


「一目惚れだったから」

「はあ!?」


 絶対におかしい。俺に一目惚れするヤツなんて居るわけがない。これは裏があるな。絶対にホテルに入ってはいけない、そう俺の心が訴えかけていた。


「だから、ね?」

「嘘だな。誰にでも同じこと言ってるんだろ? どうせ数多くの男と――」

「ひどいっ。さっき言ったじゃん。会ってすぐ断ったって。ここまで来たの初めてなんだから」


 少し目に涙を溜めている。だが、名演技かもしれない。


「ひとつ聞くが、俺のどこに惚れたんだよ?」

「顔」

「さよなら」

「ちょ、待ってよ!」


 彼女の嘘を察知し、すぐに回れ右して立ち去ろうとする。その俺の腕を必死に彼女が引っ張る。


「嘘をつくなっ。顔って答えが一番信用ならんっ」

「なんでよっ。キミの顔が好きなんだから仕方ないじゃんっ」

「それにだっ。キミが遊び人じゃないってどう証明するんだ?」

「すれば……わかるじゃん。血が出るから」

「それが遊び人発言だっつってんのっ。マジメな女の子は会ったその日に誘いません」


 俺は北を目指して歩む。しかし、何度離れようともコバンザメのように彼女は俺の腕を取る。


「ごめん。じゃあ、恋人になろ? それで少しずつ始めよ?」

「お断りします。俺、好きなひとがいるんで」


 そう言うと彼女は腕を解放してくれた。そのまま立ち去れば良かったのだが、全然声のしないうしろの様子が気になり、振り返ってしまった。


 ――ッ!!


 見ると、彼女は立ったまま、泣いていた。両手のひらで流れる涙を拭っている。

 嘘か本当か定かじゃなかったが、良い気分にはなれず、ふたたび彼女の元へ駆け寄る。


「泣くなよっ」

「だって……初恋終わったから」

「キミならもっと良いヤツにめぐり合うさ。俺なんかと付き合ったら幻滅必至だぞ?」

「そんなことないっ。キミ以上なんてもうないっ」

「でも、好きなひとがいるのはホントだから。ごめんな」


 非モテ男子が格好つけてみた。どうせ後ほどドッキリでした、みたいなオチに遭うだろうに。


「さっき言ってたデート指南ってヤツ?」

「そう。だから、な?」

「わかった」


 ようやく納得してくれたのか、片手を振ってくれた。

 さよならの合図を受けた俺は手を振り返し、その場をあとにした。




 あれから時間が経過し、いまは夜10時。もうすぐ就寝間近だというのに、明日のデートのことを考えると全然安心感が湧かない。結局、今日の彼女ともいっさいデート指南的なことはできなかった。美羽の当ても外れた俺は、結果的にぶっつけ本番で明日を迎えるほかなくなった。




※※※




 日曜の朝7時。

 こんな早朝だというのに、スマホの着信音が部屋に鳴り響く。

 この長さから察するにこれは電話だと、ベッドに横になりながら手だけを伸ばしてスマホを取る。


「はい、もしもし……」

『朝早くにごめん。まだ寝てた?』


 電話の相手は真白さんだった。あまりの眠気に名を見ずに出てしまったから気づかなかった。昨夜はあのあと、深夜まで寝付けなかったから眠気は半端ない。


「いや、もう起きてるよ。なに?」

『あのね、朝早くに千紗から連絡があったんだけど、今日のデート中止だって』

「えっ!?」


 あまりの幸運に眠気は一気に消えた。


『なんか用事ができたんだって』

「そっか。やったじゃん。これでバレずに済む」

『そうなんだけどさぁ、千紗なしじゃダメ?』

「え? それってデートしないかってこと?」

『イヤなら良いんだけど。今日デートなんだって、ちょっとワクワクしてたし』


 それは俺のことを意識しているってことなのだろうか? いや違うな。意識する相手とは焦って話せないって言ってたし。おそらくは本命の彼氏ができたとき用の練習ってとこだろう。


「良いよ。何時に待ち合わせにする?」

『じゃあ、正午に公園で』

「了解」


 日時と場所を確定させて電話を切った。

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百合から逃げたいカノジョさん、ただいまカレシ募集中!? 文嶌のと @kappuppu

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