第12話 真白さんの手づくり弁当

 次の日。週はじめの月曜日だ。

 制服に袖を通し、部屋を出る。

 出がしらに美羽とばったり会う。


「おはよう」

「……おはよ」


 返事をしてくれたのは久しぶりだ。偽カップル事件をきっかけに少しだけ距離を縮められた気がする。

 先に階段方面に歩いて行き、美羽は階段の際で立ち止まる。そして、こちらを向かずに言ってくる。


「弱点、見つかったの?」

「いや、ぜんぜん。ピンチを救ったには救ったけど」

「敵を助けてなにしてんのよ。しっかりしてよ、アニキ」

「ああ。心配してくれてありがとな」

「……」


 頬を染めてちらりと一瞬だけこちらを見てきた。そのあとすぐ美羽は階段を下りていった。




 学校に向かう通学路の途中でスマホに着信が掛かる。

 ポケットから取り出して見てみると、真白さんからだった。


『お昼ご飯、屋上で一緒にどう? 作戦会議がてら』


 屋上に誰か来たらどうするんだと思ったが、この秘密の関係に背徳感を越えた喜びを感じ、すぐさま返信する。


『了解』


 俺って変態なんだろうか。みんなに内緒で会うことに喜びを覚えるなんて。




 教室に着くと、最初に真白さんが目に入った。あちらもハッとした表情だったが、すぐにリア充たちとの会話に戻っていた。名女優だから。

 その様子を観察していた颯斗が手招きしてくる。


「今、天宮さんのこと見てなかったか?」

「ああ、見てた。目の保養に」

「いや、お互い見てたろ?」


 この男、変に勘が鋭いからな。


「さあ? 誰かと勘違いしたんじゃないか?」

「そうだよな? 真尋は平凡な顔だからな」

「そうそう、って失礼だろっ」

「スマン」


 腹を抱えて笑っているのを見て、ひと安心する。うまく誤魔化せたと思う。




 時間は過ぎ、昼休みがやってきた。


「よし、真尋。昼飯行こうぜ?」

「悪い。先生から呼ばれちゃって」

「そっか。ならぼっち飯かぁ」

「ごめん。また今度な」

「おう」


 悲しい顔をする親友を置いて、教室を飛び出した。颯斗、スマン。


 食堂の横に併設されている購買に到着すると、人だかりの中に体をめり込ませていく。残っている品の中から選ぶのだが、屋上にいるであろう真白さんとのたまご粥エピソードを頭に浮かべ、自然と指は玉子サンドを指していた。購買のおばさんからお金と品を交換し、その場をあとにした。


 一目散に屋上までたどり着き、ドアを開ける。また錆びた音がする。そして、また誰もいない。放課後だからかと思ったが、昼休みでも人はいないのか。この場所、素晴らしい景色なのに人気ないな。


 このまえ、真白さんのおっぱい――じゃなく、頬っぺたを触ったあの青ベンチを目指した。

 物陰のそれを覗くと、まだ誰も座っていなかった。

 わざとひとり分のスペースを開けて左詰めに腰かけた。

 今日はあのときと違って穏やかな風だ。寒さよりも少し暖かさの方が勝っていた。

 目を瞑り、無の境地を目指してみた。


 キキーと錆が擦れる音が耳に届く。音を感じるあたり、全く無の境地じゃないな。

 誰かの足音がこちらに近づいてくる。おそらくは……。


「真尋くん」


 物陰を、目だけ出して覗き込む美少女がひとり。真白さんだ。


「どうも」


 誰がいるかわからず、恐る恐るだった彼女は俺だと知った途端、笑顔で近づき、隣の空きスペースに腰を下ろした。春風に乗って彼女の甘い香りが鼻に届く。シャンプーの匂いだろうか。それとも、彼女自身の匂いだろうか。どちらにせよ、素晴らしい匂いだ。


「これ」


 彼女は背中に隠した白の小袋を俺に差し出してきた。布製の袋に入ったそれは、おそらくは弁当箱だろう。


「どしたの?」

「試食、お願いします」


 袋を受け取った俺に対し、合掌して頭を下げる彼女。どうやら炊事に挑戦したらしい。


「了解」


 上部の紐をほどき、開けて中を見ると白い弁当箱が見えた。それを取り出して、今度はその弁当箱のふたを開ける。


 ――ッ!


 あまりの光景に言葉を失う。

 この結果は確かにわかる。今まで母親に頼りっぱなしだった初心者が初挑戦してみたんだよね?

 だけど、これは……。


「どう?」


 いや、どうと言われても答えようがない。

 白米は炊き方を間違えたのか、箸で突けば全部持ちあがりそうな硬さ。おかず部分に居座るブロッコリーはほぼ生で、だし巻きは黒光りしている。型崩れしすぎたそれは一瞬ゴキちゃんに見えてしまった。最後に見えるこれは……なんだ?


「これはなに?」

「あっ、コレ? たこさんウィンナーだよ?」


 うそ……。どう見てもメデューサの頭にしか見えない。あまりに斬新だ。ウィンナーの先端に切り込みを入れすぎたんだろうなぁ。たこさんウィンナーにするときは、十字に切り込みを入れたあと、それぞれを半分にして8本足にするのだが、これは20本足くらい?


「でも、これ俺がもらったら真白さんのご飯が」


 すぐさま俺が買ってきた玉子サンドを指差してくる。

 これ、なんかの罰ゲーム?


 渋々、玉子サンドを渡す。


「あっ、飲み物買ってくんの忘れたな」

「大丈夫。作ってきた」


 弁当箱に気を取られ、気づかなかったが、確かにもうひとつ細長い袋を持っているとわかる。赤白の唐草模様のような袋から顔を出したのはシルバーの保温ボトル。よく味噌汁などを持ち運ぶためのものだ。

 嫌な予感しかしない。


 ふたを外し、そのふたに中身を注ぐ彼女。

 色は……赤黒い。赤だしなのかもしれないが、なぜだか献血ルームを思い起こさせる。


「はい」


 持ち手の部分を俺に向けて渡してくる。笑顔の彼女におされ、受け取るほかなかった。


「でも、真白さんの飲み物は?」

「真尋くんが口つけたとこと違う場所で飲むから平気」


 それはどうなんだろう。間接キスではないものの、出汁自体は共有しているような気が。


「さあ、召し上がれ」


 この無邪気な天使、どうにかしてくれよ。俺、今晩食あたりで死んだりしないよな?


「じゃあ……いただきます」


 箸をご飯に挿入するもカンカンだ。すぐにおかずに箸を移すも、どれが安全か計り知れない。

 ブロッコリーに近づけると真白さんはしょんぼりし、たこさんウィンナーに近づけても反応は同じ。ってことは自信作はだし巻き? それ一番ヤバいんだけど。

 様子を窺いながらだし巻きに手を伸ばすと、ウキウキしている。やはりそうか。

 覚悟を決めて黒光りを持ち上げると、口に運ぶまでにボロボロと崩れ出す。その切れ端を何とか口に運ぶ。


 ――ッ!! ぐわあっ! まじぃ……吐き出しそう。


「え!? 喉詰めた? コレ、飲んで?」


 真っ青な俺に追い打ちをかける彼女。本気で殺しに来ている。ある意味、星乃さんより怖いんだが。


 渡された味噌汁?を右手で持ち手を持って吸い込む。


 ――ッ!! ぬわあぁぁっっ! 喉がっ、喉がぁぁぁああ!


 想像を絶する味わいが喉をつく。ドロドロなため、なかなか流れ切ってくれず、長時間喉に居座るという地獄絵図だ。


「え!? 美味しくないの? そんなはずないって」


 俺の大げさなリアクションに不信がる彼女がコップを横取りし、右手で持ち手を持って吸い込む。


「うわっ、なにこれぇ……ちゃんとレシピ見たのに」

「そ、そこ……俺飲んだとこ」

「えっ!?」


 コップを手にしたまま勢いよく真白さんが立ちあがり、真っ青な顔になる。味噌汁がマズかったのもあるだろうが、間接キスだと気づいたからだろう。時すでに遅しだ。


「……初めてだったのに」


 少し涙目の彼女。

 いやいや、俺のせい? 自分から付けにいったんでしょ?

 だけど、冷静に考えると俺も間接ファーストキスかぁ。こんな美少女と。


「大丈夫だって。間接なんてノーカンだよ」


 俺が慰めると、少しだけ元気を取り戻して言ってくる。


「そうだよね。これはファーストキスじゃないよね。うん、そう」


 自分で問いかけ、自分で納得している。


 そのあと、もったいないが弁当の中身はあの世行きとなり、玉子サンドを飲み物なしでふたりで分け合った。


「もうちょっと実戦経験を積んでからにしてください」

「はい。ごめんなさい」

「というより、今日の作戦は?」

「なんにも考えてないよ? ただ試食して欲しかっただけだし」


 そっちが本命だったのか。


「でも、とんでもない要求されたらどうするんだ?」

「なるようになるでしょ」

「だと良いけど」


 俺たちは屋上をあとにし、放課後に備えた。

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