二、洛陽

東西


「何やろな、日頃の行いが悪いんかな俺」

 膨れたような顔の大和やまと妹子いもこが同情の視線を送る。遣隋使の一行は既にずいの東都・洛陽らくように辿り着いていた。しかし、目的地である首都・長安ちょうあんはまだまだ先だ。にも関わらず、彼らはその街で足止めをくらっていた。

「何かあったんですか? 」

 そこへ通訳の福利ふくりがやって来る。彼は隋の言葉が出来るからという理由で色んな人に連れ回されたらしく、かなり疲弊した様子であった。

「ほら、我々は長安まで行けなくなったでしょう? だから、大和さんだけそちらへ向かいなさいって話になりまして」

「それは、······つまり?」

「俺は都である長安の化身に会うことが目的やから、洛陽に留まるわけにはいかへんって話」

 福利はやっと話を理解した。この時、隋の皇帝・楊広ようこう煬帝ようだい)は首都の長安ではなく東都の洛陽にいた。そのため遣隋使の一行は洛陽にて皇帝に謁見することとなったのだ。

 しかし、大和が遣隋使に同行してきた理由は同じ都である長安に会うため。長安の化身は長安にいるのだろうから、大和はここにいても仕方がない。

「でも、長安まではそこそこの距離がありますよ?」

 福利がそう言えば、大和は「そやな」と項垂れる。

「俺もう歩くの嫌やなぁ」

「散々歩かされましたからねぇ、ここまで」

 船を降りてからの陸路を思い出したのか、妹子が眉を下げながら溜息をつく。隋という国は非常に広く、都市と都市を跨ぐだけで大移動だ。海を越えてからしばらくは河に沿って船を漕げたのだが、それも途中までのこと。最終的には陸路でここまで歩いてきた。

「洛陽の化身じゃダメなんですか? こんなに立派な街なんだから学べることは沢山ありましょう」

 福利がもっともらしいことを言う。確かに、遣隋使一行から見た洛陽は首都そのもので、ここだけで満腹といった雰囲気だ。もはや長安ではなくとも十分だろう。

「でもなぁ、何かやりきれへんなぁ」

 大和はまだぼやいている。それを見兼ねたのか、妹子が「でしたら」と顎に指を当てた。

「隋の役人の方に長安のことを聞いてみてはどうです? 皇帝陛下に合わせて長安から洛陽に移ってきた人もたくさんおりましょう。彼らなら長安にも詳しいのでは?」

「あっ、それええなぁ」

 大和はパッと顔を上げた。それを聞いて福利がお供を申し出る。

 こうして大和の長安行きは見送られた訳だが、福利と大和が隋の役人に聞き込みをしたところ、どちらにせよ長安の化身は現在西方の国に出向いているのだそうだ。今から長安に行ったところで一年は帰ってこないらしい。

「無理やなぁこれ。俺らここにいるの一年間なんやろ?」

「ですね」

 大和は眉を寄せたが、そこにはどこか安堵の色も見えた。長安への長旅が取り消しになったからだろう。さすがにこれ以上歩くのは嫌だったようだ。結局、二人は長安について聞いてまわり、ある程度の情報は手に入れた。


 しかしその後のことである。二人が聞き込みを終えて迎賓館へ戻ると、ちょっとした騒ぎが起きていた。何でも大使の妹子がいなくなったらしい。

「あいつ断りもなくどこ行ってん。福利何か聞いとらんの?」

「さぁ、何も」

 大和も福利も首を捻って眉を寄せる。しかし、それからしばらくして妹子はひょっこりと帰ってきた。

「お前どこで何してたん? 皆で心配してたんやで?」

「も、申し訳ありません。急に役人の方に呼ばれたものですから。なんでも皇帝陛下への拝賀の日程が決まったそうです。恐らく三日後になるとのこと」

 妹子の言葉に「ほお?」と息をつく。拝賀をするならば、元旦の儀礼に参列するものだと思っていた。そこでは臣下や周辺各国の使節など、幾万人もの人々が皇帝へ拝謁すると聞く。てっきり、自分たちもその列の端くれに加えられるのだと思い込んでいた。

「それ俺も行くん?」

「はい。都の化身も連れてこいと言われました」

「随分慣れてるんやなぁ」

「何がですか?」

「俺らの扱い」

 大和はキッパリ言い放った。妹子は口を閉ざす。言葉の裏を取れば、「倭国やまとの朝廷は土地の化身について何も知らない」と言っているようにも聞こえる。しかし確かにそれも事実なのだ。倭国の権力者たちは大和の扱いに長年困っている。しかし、大和が関心を向けているのはそこではなかった。

「となると、ここの土地の化身たちは自分が何者なのかを熟知してるんやろなぁ」

 大和は自分の存在意義を知らない。そのことに少々焦りを感じていた。何故自分たちは生まれたのか。どうやって土地という存在が具現化したのか。それを人間に問われても決して答えることは出来なかった。だから隋への同行を承諾したのだ。先輩である隋の都市たちに会えば、何か分かるかもしれないと思ったから······。

 深く考え込んでいる大和を妹子と福利が静かに見つめる。彼らもまた土地の化身について何も知らなかった。ただ、その存在が人間にとって何らかの意味を持っている。それだけは薄らと感じ始めていた。

「とりあえずは三日後の拝賀に備えましょう。ね、大和さん」

 妹子が背中を押すように笑う。その健気な笑みにつられたように、大和も顔を上げて微笑んだ。

「せやな。国のためにも俺らが頑張らな」

 彼も重圧を抱えているだろうに、こうして自分のことを励ましてくれる。それが大和は嬉しかった。






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