序章


 「故郷」と言われて何が思い浮かぶだろう。地元に生きる家族や友人、住み慣れた懐かしい家屋、幼い頃に見た広い空、人々でごった返す都会のビル群。

 それはきっとひとつに留まらない。「故郷」というものは曖昧なのだ。必ずしも出生地に限らない。必ずしも誰にでもあるとは限らない。

 しかし、その曖昧なものがこの世に生を受けていたら。ただの抽象的な概念でしかないそれらが、人と同じ形をして我々の住む街を闊歩していたら。

 そんな不思議な世界が、貴方の横に広がっているのかもしれない。


 博物館に保管された絵巻の隅に。何十年も前に撮られた映像の中に。そして、今貴方が乗っている電車の向かいの席に······。


 彼らはいつもそこにいる。

 いつも、いつも、人に紛れて生きている。


 彼らは教科書には載らない歴史の証人だ。しかし一方で、教科書に描かれる歴史的偉人はその存在を知っていたのかもしれない。何の変哲もない我らの先祖も、彼らと同じ鍋を囲んだのかもしれない。

 それこそが彼らの生き方だ。ただ、その地に生きる全ての者に寄り添い、共に笑い、共に泣くだけ。

 死ぬも生きるも神次第、しかし笑うか泣くかは人次第。彼らは通じ合うことを絶たれた神と人の仲介人なのだ。

 

 それぞれの土地を司る、産土神うぶすながみ。別名、土地神とちがみ。彼らは神である己が人間に干渉出来ないことを悔やんだ。それゆえ土地に生を与えた。土地という概念に人間の器を与え、人間の世界に送り込んだ。

 それこそが産土うぶすなさまと呼ばれる土地の化身である。


 そんな彼らは今日もこの世を生きている。人に混じり、人の成りをして生きている。

 人に神に妖に、······全ての時代と人生が繋がる時、彼らの歴史もまた繋がり合う。何百年、何千年もの時の中で、彼らは何を思い、何のために生き、どのように人間を見つめてきたのか。

 これから綴る物語は、そんな歴史の鏡だ。ゆったりと流れる大河を映す鏡。教科書に載る偉人から、何の変哲もない我々の先祖まで。華やぐ都から海を越えた遠い異国の地まで。そこにはいくつもの物語が見える。


 今回は、その中の一つを語りたい。この国に初めて生まれた土地の化身と、初めて彼らに深く迫った冷美な遣隋使の、とある一年間の物語である。











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