第5話 剣士は青い閃光を見る



 イシャール堂の就職試験は厳しい。


 いつもカウンターにいる男性店員だって、事務職だけではなく重い装備や資材を運ぶのをてきぱきと手伝っている。

 なにより血の気の多いハンター達が入れ替わり立ち替わりやってくる店だ、時には思わぬトラブルだって起きる。

 平然と対応できる肝が座っていなくては雇えない。


 なので、それなりの人材である証明として、いまや工業都市廃墟にしか残っていない古い建築素材をとってくること。

 無理に合成人間を倒してこいという試験ではない。現在の自分の力量に合わせてうまく隠れたり逃れたりしながら戻ってくることもまた、ひとつの証明になるという訳だ。



 というのはザオルが即興でそれっぽいことを言っただけだが。

 あの男性店員がイシャール堂で働いているのも偶然の流れでそうなっただけだし。


 しかしマティアスを言いくるめるのは簡単だった。むしろ彼は緊張と崇敬の入り混じった目でその話を聞いていた。


 民間の店や企業が就業希望者ををいきなり工業都市廃墟に送り込むような就職試験なんて、そんなもんあったら大問題のはずだけど。

 ああまですこんと信じてしまうとは。憧れってすごい。



「マティアス、大丈夫か?」

「……はい……たぶん……」

「ちょっと水飲んでおこうか」

「……ぁ、り、がとうございま……す」


 すごく怖い、けど頑張る! 

と意気込んでイシャール堂を出たマティアスは、廃道ルートが近づくにつれどんどん血の気のない顔になっていき、あの大きな扉をくぐるころには今にも吐きそうな様子になってしまった。

 ちょっと可哀想になるほどだった。


 アルドは、お目付役兼試験官という建前で同行している。道中ずっとマティアスを気遣いつつ、ある機械を操作する練習をこっそり繰り返していた。

 ザオルが貸してくれた、まるっこい小さな機械。なぜだか三角の耳がついていて可愛らしい顔が描いてあるので、さながら球体の猫である。


 練習しているのは『むぅびぃ』というやつだ。

 その『むぅびぃ』によって記録されたものは、加工された形跡が認められない限りはあらゆる状況において確固とした証拠能力を持つのだという。

 その記録、つまりマティアスのもうひとつの姿を、まずはマティアス本人に見てもらおうという訳だ。



「うぅ……がんばらないと……ここで……これだけは……踏ん張って……いつかハンターさん達の助けになりたいんだ……」

「そうだよな、頑張ろうな」

「ぐすっ……きょ、今日は、アルドさんが一緒に来てくださっているので……いつもよりは怖くないといいますか……」

「ああ、危ない時は俺が絶対に助けてやるから。大丈夫だぞ。な」


『あっちの』マティアスなら、むしろアルドが窮地に陥るような場面ですらあっさり助けてくれそうなほどだけど。

『こっちの』マティアスはそんなことは一切知らないのだ。恐怖心は本物。少しでも安心してほしくて、ぽんぽんと優しく背中を叩いてやった。



 とはいえ実はすでに、明らかにおかしなことが起き始めている。

『こっちの』マティアスをわざわざ恐怖のどん底に突き落とす必要はないので口に出していないだけだった。

 工業都市廃墟に入る扉を抜け、さらに神経を研ぎ澄ませる。


 廃道ルート99で一度も合成人間に遭遇しなかった。


 こんなことはまずあり得ない。明らかにおかしい。

 ただ、時々気配は感じた。

 今もじっとこちらを窺われているような。合成人間達の意図が分からないぶん余計に不気味だ。


 マティアスは、ザオルから聞かされた資材の特徴をぶつぶつ声に出して確認しはじめていた。

 真っ青な顔で震えながらもちゃんと目的に向けて進もうとしているその様子に、アルドは素直に感心した。


「規格5の……柱の基礎部分……」

「……なぁ、マティアス?」

「旧式魔導コード……の、繋ぎ目に……」

「マティアス」

「あっ、ふぁいっ!? すみません!」

「すまん、ちょっと止まってくれ」

「なんでしょう……?」

「囲まれた。かな」


 ひゅっ、とマティアスの喉が音を立てた。

 人間ってここまで青くなれるんだなぁなどとアルドの冷静な部分がとりとめのないことを考えていたが、体は自然と剣を抜いていた。


 重心を低く構えたついでに、あのまるっこい機械をザオルに教えられた手順で起動させ、空に放った。

 こうすれば勝手に浮いて『むぅびぃ』をやっておいてくれるというのだから、すごい技術だ。


 あちらこちらから、合成人間達が奇妙な静けさを保ったまま姿を表した。目に位置する光源は赤く点滅している。

 マティアスが腰を抜かしてどさっと座り込んだのが音で分かった。

 それぞれ異なる得物を手に、音もなく滑るように囲まれてしまった。少し距離を空けた位置には複数のドローンが、銃口をこちらに向けていた。


 廃道ルート99からずっとついてきていたな。どういうつもりだ。

 なんて尋ねる猶予はもらえなかった。姿を見せるやいなや、ドローン達が一斉に銃撃を放ったからだ。反射的に地面とごく近い位置まで身を伏せ、跳ね飛ぶように横に転がった。


「甚大ナル危険、我ラノ災厄」

「情報ノ共有ハ完了シタ」

「今日ココデ始末スベシ、『不吉ノ青』!」


 銃撃がおさまると同時に、前から後ろからいっせいに飛びかかられる。


 アルドは合成人間達の足元に狙いを定め、迎え撃つのではなく自分から逆に突っ込んだ。まとめて受けてしまえばこちらが不利だ。

 低い位置から回転斬りを放つ。複数の相手を想定したその技は狙い通りに、何体かを同時に巻き込んだ。


 足首のあたりを斬り払われた合成人間が次々と崩れ落ちてゆくが、一度では足りない、人間と異なるしぶとさを持つがゆえに、まだ動く手でそれぞれの武器をこちらに投擲しようとする。


 だがそれも想定済みだった。間髪入れずに繰り出した斬撃技に火属性の魔力を込めることで威力を増大させ、投擲されたそれらを弾き飛ばした。

 炎は十字を切るかのように爆ぜた。合成人間達を呑み込むだけにとどまらず、まだ距離のあったドローン達にまでも届いた。

 反応しきれず真正面から喰らったドローン達が、電磁的な音を立てながら落下する。


 紅い軌跡がじりじりと、熱さを残しながら消えた。



 後方から飛びかかってきたはずの合成人間達については、捨てた。


 否、信じた。

 背後から聞こえる笑い声の主を。



「最後まで、諦めずに戦おう」


アルドは低くしていた姿勢を戻して立ち上がり、振り返った。


「あっはははぁ、誰が諦めるってぇ?」


 マティアスもちょうど、地面に転がる合成人間の頭に突き立てた刃を抜いて、立ち上がったところだった。


 こんな危険な状況だというのについ口角が上がってしまうのは、マティアスにつられているのか。それとも強者と共闘できることを嬉しく感じてしまうからか。


 互いに目が合ったその瞬間、アルドはマティアスに向かって刺突技を繰り出した。

 まったく同時に、マティアスもアルドに向かって小剣の片方を投げつけた。

 アルドの剣はマティアスの肩越しに、彼の背後で鉈を振り上げていた合成人間を貫いていた。

 マティアスの小剣はアルドの顔面のすぐ横を通り、アルドの背後で再度浮き上がったドローンを貫いていた。


「ひゃはははっ」


 投げた小剣の回収のためか素早くアルドとすれ違いながら、マティアスが愉快そうに哄笑する。


「やるねぇ!」

「そっちこそ!」


 何体かが自己修復機能で再び立ち上がろうとしているところに、二度目の回転斬りでとどめをさした。

 マティアスの方も、あっという間に殲滅し終えてしまったようだった。ならばこれで終わりかと思えたその時、



 ずん、と腹に響くほど地面が揺れた。



 振り返ると、最も大型の合成人間が、片膝を地面についた体勢から立ち上がろうとしているところだった。

 その全身から凄まじい殺気が漏れ出しているのを感じ、アルドは慎重に距離をとった。

 マティアスも静かに隣に並ぶ。すぐに飛びかかっていかないあたり、一旦は警戒することを選んだようだ。


 合成人間は威嚇するかのようにぐぁっと大きく口を開いた。ずらりと並んだ歯が剥き出しになって不気味な様相を増す。


「『不吉ノ青』! ココデ必ズ始末セネバナラナイ!」

「あぁ? 不吉の青? なにそれ」

「さっきもそんなこと言ってた気がするな」


 合成人間はぐっと力を込めて完全に立ち上がった。体重をかけられた足元の床にミシミシと亀裂が走る。

 空に向かって咆哮を思わせる叫び声をあげたかと思うと、瞬時にだらりと腕を下げる姿勢に変わった。




 その一撃は、アルドの目では正確に追えなかった。


 自分の右側をなにかが駆け抜けて行った気配だけは感じた。マティアスに突き飛ばされなければ体の半分をもぎ取られていたかもしれない。

 だがかろうじて避けても肩を掠めていったのか、衝撃で防具が吹き飛ばされてしまった。


 マティアスは即座に反応していた。後ろに大きく下がりながら、太い腕での一撃を両の剣で受け止め、力で押し切られる寸前に宙へ飛び上がって避け切った。


「貴様ノコトダ! 一ヶ月前カラコノ辺リニ現レルヨウニナッタナ!」


 くるりと空中で体勢を立て直し、着地すると同時に合成人間の脚によって振り落とされた踵落としを受け流す。

 その踵は、硬質な素材でできているはずの床を深く抉り取ってしまった。


 アルドは自分の剣が欠けていないことを確かめつつ、喉の奥で低く唸った。見事な回避だったが、あそこまでの近接戦闘となっていてはうかつに手を出せない。


 元よりあの合成人間はアルドのことなど眼中になく、マティアスだけを狙ったのだ。アルドが巻き込まれかけたのはたまたま隣にいたからに過ぎない。



「異形ナル戦闘力ヲ持ツ人間! 我々ノ災厄トナリカネナイ、故ニ! 『不吉ノ青』!」

「あぁこの髪の色から来てるわけ? ぶははっ、俺そんなかっこいい名前で呼ばれてたのかよ」

「我々ノ未来ノタメ、今日ココデ必ズ始末スル!」


 つまりは、マティアスを確実に始末するために本拠地に入ってくるまで待っていたということか。


 真っ白な火花が散る。マティアスは灰色の上着を脱ぎ捨てた。


「だからさぁ! シフォンケーキちゃんのサイズが多少デカくなったところでさぁ!」


 距離をとり、二振りの小剣を一瞬で鞘に納めたかと思うと再び地面を蹴る。薄青色の髪が閃くようだった。


 次にその二振りが抜かれた時、マティアスは合成人間の肩に着地しており、小剣は合成人間の首の付け根の両側に、深く、突き刺さっていた。


「脆いのは変わんないだろって」


 赤みがかった火花が小剣を伝うように溢れ出る。合成人間の膝がガクガクと揺れ始めた。


「まだ動きを止めただけだ! アルド!」

「わかった! 俺に任せろ!」


 アルドはオーガベインに手をかけ、合成人間から飛び降りたマティアスと素早く入れ替わるように躍り出た。

 平時では絶対に抜けない呪われた聖剣は、普段の沈黙が嘘のようにするりと抜けた。

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