第4話 剣士は事情を訊くことにした



 マティアスと名乗った青年はしくしく泣きながら、つきまとって申し訳ありませんでしたと謝罪した。


「あ、あの、その……簡単に言うと、ザオルさんに、で、弟子入り希望……の者です……」


 ザオルは腕組みをして、なんとも言えない表情を浮かべている。


「あー、弟子入りをしたいとして、何日も俺につきまとうことになる理由が分からねぇんだが?」

「ううう、本当にごめんなさい……っ!」


 一方アルドは、マティアスの隣でぐったり机に伏せていた。

 イシャール堂を離れてから一時間程度しか経っていないのに、数日分くらいの疲れに襲われている気がする。


 あの後、怖がるマティアスをなだめすかしつつ廃道ルートを戻り、途中でまた合成人間と遭遇したので倒し、シータ区画の買い物客達からの好奇の視線に晒されながら、

どうにかこうにかイシャール堂まで連れてきたのだった。


 ザオルも店先で終わるような話ではないと瞬時に察してくれたらしく、自宅の応接室のようなところに通された。


 そういえば、本当にマティアスが二週間もザオルにつきまとっていた本人なのかどうかまでは確認し損ねたけど。

 なんかもう白状してるからいいよなこれで。



「察するに、話しかける勇気が出なかったってところじゃないかな。極端に内気なんだと思うよ」


 少なくとも戦闘していない時は。

 その言葉は一旦飲み込んだ。まずザオルとイシャール堂周辺をうろついていた件についてが先だ。


「ぐすっ、お、おっしゃる通りです……すみませんでした……あの、僕、見てのとおりひょろひょろなので、逞しい人に昔から憧れがあって……で、でもいざ近付くと緊張しすぎてしまって……!」

「へぇそうかい……」

「あのー、それなら、最初は手紙とかでもよかったんじゃないの?」

「あ……っ!?」


 マティアスは心の底から衝撃を受けたような様子でアルドを見つめていた。

 思いつかなかったらしい。

 好意が暴走する者はいつの時代にもいる。なんて確かに考えたけれど、直球でザオルへの憧れだったとは。


「でもお前さん、その格好からしてハンターやりてぇんじゃねぇのか? なんで鍛治職に?」

「それは、その……っ。た、確かにハンター志望ではあったんですけど……」

「あー泣くな泣くな。責めてる訳じゃねぇからよ」


 マティアスの目からまたぽろぽろと涙がこぼれたのを見て、ザオルが慌ててタオルを差し出している。


「じ、自分は元々、人の役に立つ仕事を、した、したくて、あと、小さいころから、強いハンターさん達への憧れもあって……」

「いい心がけじゃねぇか」

「けど……あの、僕、見ての通り、すごく臆病で……小さいころから虚弱体質で、腕っぷしも、全然ダメダメで」

「まぁ、逞しいようには見えねぇな」

「よ、弱いどころか、その、怖すぎて戦うことすら出来ないほどで……トレーニングだけで体力が尽きてしまうほどなんです……」



 アルドとしては言いたいことが色々と、それはもう色々とあるのだが、とりあえず黙って話を聞いた。


「他のハンターさん達は、り、立派に活動なさってるので、あの、その……負い目を感じちゃって、話しかけるなんておこがましくて、情報交換すらろくにできたことがなくて……。なので本当なら僕なんか…とっくに死んでてもおかしくなかったくらいで……」

「うん……? お前さん、もう実戦には出てるってことか?」

「あっ、そう、それなんです……っ!」


 それまでか細く消え入りそうだった声がふっと明るくなり、わずかにではあるが張りが出た。

『こっちの』マティアスも、楽しそうな声は出せるのか。

 アルドは少し驚いて、ぐったりしていた体をどうにか起こした。


「じ、実は、イシャール堂の装備がいつも僕を守ってくれたんです……! 何度も窮地を救われています!」

「うちの装備が?」

「そうです! だから、えっと、ハンターには向いてないのが身に染みて分かったので、だ、だけどハンター職に関わることをしたいっていうのは諦めきれないので、この素晴らしいイシャール堂でっ! 組成についての科学的な理論を学びたいんですっ!!」


 後半は必死の声色に変わっていた。

 大声を出し慣れていないのは明らかで、痩せた頬を紅潮させ、一気に言い切ってしまってから肩ではぁはぁと息をしている。


「マティアス……」


 アルドが剣士を、バルオキー防衛隊を目指すようになったのはいつだっただろうか。


 最初は子供らしいごっこ遊びが入り口だったかもしれない。

 それでも当たり前のように本物の剣士を目指すようになった自分が、もし、体格や体力の面であまりにも恵まれない体に生まれていたら。


 自分では叶えられないと思い知ってしまったら。どんな気持ちだっただろう。



「なのでザオルさん……! そのっ、サインしてください!!」

「あん?」

「マティアス?」

「間違えた! 弟子にしてください!!」


 マティアスの熱意につられてうっかりしんみりしそうになったが、

『あの時』の様子を思い出して目の前の彼をまじまじと見つめてしまう。

 虚弱ってなんだっけ。



「おいアルド、ちょっといいか」


 ザオルが立ち上がって手招きをした。ちょいちょいと部屋の隅に呼ばれる。

 だいたい何を言いたいのかはすでに察していた。ザオルだって今の話に違和感を抱かない訳がない。


「なんか話が妙じゃねぇか?」

「そう思うよなー」

「確かにうちの装備はエルジオンいちだと自信を持って言えるが、あいつ怖くて戦えないほど臆病なんだろ?」

「うーん? うん」

「そこまで向いてねぇやつを何度も都合よく救う機能なんぞつけてねぇぞ」

「さすが親父さん。話が早くて助かるよ」

「んっ?」


 マティアスをちらっと振り返ると、不安げな顔でじっと俯いていた。

 弱いフリをしている演技ではないと思う。いまの話はすべて本気だ。



「えーと、まず、今日親父さんの後をつけてるマティアスを見つけただろ」

「おう」

「声をかけてみようとしたら、なんだかんだあって逃げられちゃって」

「ふんふん」

「追いかけてるうちに廃道ルートまで行っちゃったんだけど、あいつ、合成人間に出くわしたとたんに完全に別人みたいになって、とんでもない速さで倒しちゃったんだ」

「ふんふん……んっ?」


 ザオルは一度では理解しそこねたらしい。気持ちはよくわかる。


「ん? えっ? あいつが?」

「あいつが」

「あんなビクビクしたやつが?」

「ああ見えて」

「嘘だろおい」

「上着に隠れて見えないけど小さい剣を装備してるよ。よく使い込まれてた。しかも二刀流」

「ほおおー!? すげぇな!?」


 ザオルが目を丸くした。

 二刀流というのは、武器の種類がなんであれかなり難しい戦い方だ。

 どんな達人でも滅多なことでは手を出さない。アルドだって今から二刀流に転向しろなんて言われても絶対に断る。


「というか、信じてくれるんだな親父さん」

「お前が直接見たんだろ? じゃあ疑う理由もねぇよ」

「ありがとう。正直、信じてもらえなくても当たり前だと思ってたよ……。俺も見習いたいくらいの強さだった。本当にすごいよあいつ」

「じゃあ、なんだってあんなに自信がねぇんだ?」

「うーん、俺も混乱してたんだけどね。いまの話を聞いて確信した。本人はたぶん、自分が戦ってる時の記憶がさっぱりなくなってるんだと思う」

「なんだって?」

「たぶんそのせいで、自分はハンターとしてダメだって思い込んでるんだよ」


 二人してうーんと考え込んでしまった。

 ザオルとアルドは今までの付き合いがあるので、すぐに信じてもらえる下地もあるけれど。

 今日が初対面な上、あんなにも自分のことをダメだと思い込んでいるマティアスに同じように話したとして、信じてもらえるとは期待できない、


「あれか? 頭をひどく打って気絶するような乱暴な戦い方しちまうとか?」

「いやぜんぜん。綺麗な身のこなしで回避も鮮やか。それに、どこかで意識がなくなるようなことは一度も起きないんだ。なんていうかこう……はっきり意識もあって喋ってるまっ最中に、パチっと別人に切り替わるみたいな……?」

「ほぉぉ。戦闘特化の天性の質みたいなもんがあるってのは聞いたことがあるぜ。それなのかもな」


 ザオルは感じ入ったという風情で顎髭を撫でた。

 分厚く傷だらけの手は、それだけで鍛治職の生活がどういうものかを雄弁に語っているようだ。

 アルドも剣士によくある手をしている。まだ真剣の扱いに慣れていないころに自分で深く切ってしまった古傷も残っている。


 一方で、マティアスの痩せた白い手を思い浮かべてつくづく不思議に思う。


 体が弱すぎて訓練を積めなかったというような話を彼はしていたが、

仮に実戦ばかりの生活だったのならそれはそれで、自然と体は鍛えられ、使う得物に見合った体になり、使う得物に見合った動きが染み付いていくのが常だ。

 体が変われば戦闘で有利な場面も増えて、何度も危険から生還していれば勝手に肝が据わっていく。


 でもマティアスの場合は。

 体躯が変わらず、記憶の蓄積も不明瞭なまま、手にひとつの傷もつけることなくあれだけのことをやれているというなら。


 まさに天性の異形。




「正直、転職しちまうのはもったいねぇと俺は思うがなぁ。人の役に立つ仕事をしたいってのも、このままハンターを続ける方が叶うんじゃねぇのか?」

「すでに叶ってると思う。本人が分かってないだけで」


 ザオルとアルドは頷き合った。

 本人がこの先どんな道を選ぶにせよ、自分のもうひとつの一面を何も知らないままでは危険がともなってしまいそうでもあるし。


「よし、ここは一肌脱いでやる。ハンターに強いやつが増えてくれりゃぁ、うちのじゃじゃ馬のためにもなりそうだしな。アルド、いっちょ協力してくれ!」

「よしきた!」


 二人はがっちりと握手し、ばっとマティアスの方に向き直った。

 マティアスは二人の勢いに驚いたらしく、椅子から落ちかねない勢いでびくっと体を跳ねさせた。


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