紅霞

清野勝寛

本文

紅霞




「いいなぁ、茜は」

 二人並んで帰る途中、涼が突然呟いた。私は彼女を見上げて、何が、と問い返す。

「女の子っぽくてさ」

 また始まった、と思った。きっとまたフラれたんだろう。それかまた女の子から告白でもされたのだろうか。

 涼は女の私から見ても、カッコいい容姿をしている。ボーイッシュな髪型、目鼻の形はキリっと整っていて、唇は薄く、それでいて艶やかだ。身長は一七五センチもあって、小中高とバスケットをやっていたからか、肩幅や胸板もガッシリとしている。一五〇センチも背丈がない私は、涼を見上げながら話さなければならない。

 そんな見た目に反して、涼の思考は乙女そのものだ。好きなイケメン俳優の動向はエスエヌエスで常にチェックしているし、恋愛脳なので親しくなった異性のことをすぐ好きになる。けれど、男の子の方は、隣に自分よりカッコいい男みたいな女がいるのが嫌なのか、涼に振り向いてくれる人はいなかった。その代わりといってはなんだが、女の子によくモテた。それはもうモテモテである。バレンタインデーは先輩後輩問わず両手で抱えきれないほどのチョコレートを貰っていたし、放課後の委員会や日直なんかで一人残っていると、突然告白を受けたりしていた。涼にその気はないのでその子達には断りを入れるそうなのだが、本人としては複雑なのだろう。友達だと思っていたら突然告白をされるのだ。

「うーん……まぁ、別に私は人並みだと思うけど……というか、そんなに自分が気に入らないなら、もっと女の子っぽい恰好すれば良いじゃない。髪を肩まで伸ばして、ちょっと巻いてとか、パンツばっかりじゃなくてもっとフリフリのスカートにしたりとか……」

「えー、だって似合わないし。髪は癖っ毛だから、茜みたいに真っすぐ可愛い感じにならないし……似合わないし」

 あぁもう面倒くさい。涼とは中学からの腐れ縁で、今は同じ大学に通っているが、一体これまで何度このやりとりを繰り返してきただろう。特に大学に入ってからは酷い気がする。週に一回はこの話をしているんじゃなかろうか。

「まぁとにかく、いつも言っているけど、ないものねだりしたって仕方ないでしょ。変わりたいって思ってるなら、それなりに努力しないと。初めからそんな消極的じゃ、救いようがないわ」

 私からしたら、贅沢な悩みだと思うし。私なんて、普通にフラれるだけだし。自分のことを好き好きって言ってくれる同性もいない。むしろ、涼とセットでいることが多いから、ただでさえ一般市民である私の影はより一層薄くなる。私だって、それなりに努力しているつもりなのに。元が良い奴には、どうやったって敵わないのだ。

「こんなことならいっそ、男で生まれたかったよ。アタシは……」

 そんな泣きそうな顔で言われても困る。今からでも遅くないから性転換手術でもしたら、なんて絶対に言えないし、それこそ神や運命を呪えくらいしか後は言うことが思いつかない。ああもう、本当に面倒くさい。

「良い景色だぁ……ちょっと一服させて」

 思わず一つ溜め息を吐いた後、涼はポケットからタバコを取り出して、火を点けた。それから煙をふう、と吐き出すと、橋の手すりに肘を置いて、ぼんやりと遠くの夕日を眺めている。

「またそんな絵になるようなことを……」

 タバコのニオイが嫌いなので、風上に移動して、涼から少しだけ距離を置く。涼を眺めていても仕方がないので、私も遠くの景色を眺める。地元を離れて二人でこの地に来たけれど、人混みは凄いし、車の量は地元の三倍くらいだし、何より一人暮らしっていうのは割と不便なことばかりでうんざりするけれど、大学に向かう途中にあるこの橋からの景色は割と好きだった。

「涼はこの後バイトだったっけ?」

「そうだよ。そっちは?」

「私は今日休み。帰って映画でも見るよ」

 煙を吐き出しながら、涼は呟く。

「バイトもさぁ、しんどいんだよね。アタシ、このサイズだからなんでか力仕事任されることが多いんだけど、筋力は人並み以下っていうか一般男子以下っていうか……力持ちじゃないからさ……腕とか腰とか、結構痛いんだよね。でも一回受けてしまった手前、きついですとか言いにくいし……それと、他の女の子は、皆レジとか、オーダーとかなのに私だけ厨房とか雑用ばっかりでさ。もしかして、アタシ男だと思われてるんじゃないかって。でも、やっぱり今更か弱い乙女なので力仕事以外に変えてくださいなんて言ったって、いやいやいや、とか言われそうじゃん? 女の子達からも色々頼られるようになっちゃって、断れなくてさ……まぁアタシが悪いんだけど」

 今日はいつになく愚痴が多い。このモードに入った涼には何を言っても無駄だ。仕方がないので、思いつく限りの励ましの言葉を並べ立てる。

「……気遣い過ぎなんだよ涼は。所詮バイトなんだからさ、言いたいことはガツンと言って、気に入らなかったらさっさと辞めちゃったらいいんだ。でも涼は優しいから、それも出来ないんでしょうけどさどうせ。全部をいきなり変えるのはさすがに無理だろうけどさ、一つずつ、変えていったらいいんじゃない。まずはそうだな……やっぱり髪かな? それか、バイト先で仕事がしんどいって偉い人に相談するとか。よっぽどヤバいところじゃなきゃ、話くらいは聞いてくれるよ。で、さ。愚痴だったら別にいつでも聞いてあげるから、一人で悩まないで、ちゃんと言うこと。わかった?」

 そう言ってから涼の背中を叩くと、涼はうぅと呻き声をあげてこちらを向いた。半泣きである。

「ありがとうあかねぇ……あんたがいてよかったよぉお……」

 そう言いながら、涼は私に抱き着いてきた。巨体に包まれ、ガッシリと抱きかかえられたせいで身動きが出来ない。いや、あんた十分力あるって。

「ちょ、ちょっと、落ち着けって」

「ああなんでこんなにいいにおいするのおおあかねぇずるいよぉお……」

 香水くらいそりゃ誰だってつけるでしょ。引き剥がそうにも、右腕は抑えられているせいで、左手しか動かせない。大学から近いこともあって、人の往来はそれなりにある。とても恥ずかしい。涼の足を叩いてみるが、腕の力が弱まることはなかった。落ち着くまでは、この恥に耐え忍ぶしかないのか。

 諦めた私は、空を流れる紅い雲を見上げた。あぁ綺麗だ、凄く……。



「……ごめん、感極まった……」

 どれくらいそうしていただろうか、泣き止んだ涼は恥ずかしかったのか、それとも泣き過ぎたのか、顔を真っ赤にしてそう言った。

「……いいけど。今に始まったことじゃないし」

 髪を手で梳き、服を直してまた二人歩き出す。なんか喋れよと思ったが、まだ恥ずかしいモードから戻ってないようだったので諦める。

「じゃ、バイト頑張って」

 橋を渡り切った先で、涼に別れを告げる。

「あ、うん。ありがとう茜」

 にこっと笑顔を私に見せてから、涼はバイト先へ向かった。なんとか立ち直ってくれたらしい。

 冷たい風が、私の髪を靡かせる。寒い。気温も大分下がってきたようだ。さっさと帰って映画を見よう。涼の背中が見えなくなってから、私は帰路に着いた。


その後。私と涼が抱き合っていたところを同級生にバッチリ目撃されており、「やっぱり……?」という誤解を解くために一人奔走することになるのだが、それはまた別の話だったりする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

紅霞 清野勝寛 @seino_katsuhiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ