反省を強いられる探偵

「不合格……ってレベルじゃないねえ」


 一息ついてからおおよそ一時間後。人気の少ない場所でサワラビから下されたのは、容赦の無さにもほどがある一撃だった。


「おいおい。たしかに俺は動揺はした。したがボロは出してないぞ」


 無論、俺は抵抗の弁を並べた。自分から見ても、確かにあっちにヤられてたのはわかる。わかるが、不合格のレベルにすらなってないのはちょっとおかしくはないだろうか。そこのところを聞いてみたい。


「アレでボロが出ていない? おいおい、向こうは最初から知っていたぜ? 装甲探偵イコール、ジョーンズ・デラホーヤだってな」


「んなっ!?」


 思わぬ一撃に、声が裏返る。バカな。最初ってことは。


「はい。向こうの挨拶を思い出そうか。多分、キミの言う狒々爺ひひじじいから種明かしをされてたんだろうね。出鼻をくじくにはもってこいのセリフだった」


「お、おう……」


 俺はおおよそ一時間前の記憶を掘り返す。たしか、あのブロンドが発した最初の一撃は――



「あっ……」


 思わず声が漏れる。そう。最初の最初ではないが、俺を向いて、初めて放たれた言葉は。。なぜなら、俺は前回の邂逅時には装甲を纏っていた。先のセリフは、装甲の下を解っていなければ言いようがないのだ。


「冗談じゃねえぞ……」


 焦燥が声色に漏れる。バレてたなんてマズいもマズい。早急に戻って、釘の一本でも刺さねばならない。ジョークやハッタリってレベルじゃないぞ。


「はいステイ。今にも現地へ戻りそうな気配が見えるぜマイダーリン」


「誰がダーリンだ」


「他でもないキミですが何か」


 スパイスを効かせたサワラビの手管に、ものの見事に翻弄される俺。しかし実際問題コトはヤバい。なのになぜ、サワラビはこうも落ち着いている? 俺はもう一度、腰を据えることにした。


「……整理したい」


「オーケー。まずはスッパリ言ってやろう。あのヤンとかいう女性に、キミを売るような気配は微塵もない。信用はし難いだろうが、現状は味方だよ」


「お、おう」


 一番聞きたかったところを真っ先に言われて、俺は少々安心した。仮にこれで、製薬会社かいしゃに売られるなんてことがあってみろ。二度とこの街を大手を振って歩けねえ。いや、物理的に歩けない身になる方が先か。


「まあアレだよ。幸いだったのは彼女に嗜虐心があったことだ。つまるところ、ボクの同類だったこと。それを彼女の表情から見抜けたことが大きかった」


「……ありがとよ」


「礼には及ばないよ。今こうして、キミをたーっぷり絞れてるしね」


 ブルシット。余計なことを言っちまったか。だが、俺のような朴念仁でもわかってきたぞ。ヤツは最初に俺をぶん殴るための一撃を持って来て、会話の主導権を奪おうとしたのだ。


「お、顔色が変わってきたね。そう。彼女はキミにボロを出させようとした。だが彼女は、やり過ぎたのさ。そこをボクに捉えられた。優秀さの賜物だね」


「……」


 俺は胸ポケットから煙草を取り出した。とりあえず、コトが急を要しないことは理解できた。俺が大失策を踏みかけたことも理解できた。あそこで急いで喋らなかったことが、俺の唯一の回避ルートだったのだろう。そういう意味では、幸運だった。


「ともあれ、彼女には気をつけた方がいい。アレを純粋な味方と見ていると、足元をすくわれるよ。もちろん、狒々爺とやらも同類だ。饅頭マントウ屋恐るべし、だね」


「昔っからそういう相手だったが、いよいよロクでもなくなってきたか……」


「おおむねそういう認識でよろしい。ボクだって、毎回同行できるわけじゃないしね。ところで……」


 彼女はおもむろに、俺の方を向く。そして目の笑っていない笑顔で、俺に尋ねてきた。嘘は許さないという空気が、ビンビンにみなぎっている。


「あのヤンという女とは、どういった関係なんだい?」


 ***


「ああ。ボクがサーニャ嬢と語り合った、あの夜ね」


「そうだ。キサマが勝手に就寝をキメたあの夜だ」


 帰り道のさなか、俺はサワラビにかつての顛末を語って聞かせた。つまるところ。本命に逃げられたという、無様な話だ。人通りの少ない道を、ゆっくり回りながら行く。下手に聞かれでもしたら、コトだからだ。


「うんうん。やはりキミは物覚えが良い。自分が装甲をしていたことを思い出せてなければ、そのまま主導権は向こうのものだったろうね。そして待ち受けるのは」


「走狗……体の良い小間使いの運命か。冗談じゃねえな。俺は探偵だ」


「その通り」


 サワラビが演技がかった調子で言う。続いて朗々と、歌うように言葉を綴った。人通りの少ない道だからか、彼女は少々大げさになっていた。


「キミは探偵。装甲探偵。この街の闇を、ささやかながらに払う者」


「おいおい、俺を調子にでも乗せる気か?」


「御輿には、とっくに乗っけてるつもりだが?」


 俺の制止にも、彼女の調子は止まらない。不自然なほどに上機嫌だった。ガッデム。デートの真似事に嗜虐心の充足。ついでに自分の立ち位置を再確認できてウッキウキ、ってか? 冗談じゃねえ。反撃の手管を探さねば。


「サァラビィ、上機嫌はわかるが、周囲は見ろよ?」


「見てるさ。人通りは少ないが……油断はできないからね」


「ならば構わん」


 俺たちは道を進む。人気は少なく、話もほとんどは終わりを告げていた。とはいえ、俺の反省項目は十分にある。先手を取られた時、主導権を奪われた時。俺の会話力は、著しく落ちてしまう。改善の策を練らなくては。


「……」


 嫌な気配を感じ取ったのは、その策について思考を回していた時だった。人通りが、少ないを通り越して、に変わっている。およそ混沌が街の形を取ったようなこの下層で、真っ昼間にそんな事が起こり得るのは。


「サワラビ」


「わかってる」


 彼女が数歩の距離を取る。俺は気を漲らせて道を歩く。警戒されていても場に出て来るのは、相当の猛者か、あるいは愚者だ。そして。


「……」


 そのどちらかは、不意に陰から現れた。その出で立ちに、俺は思わずサワラビの肩を押し下げた。ヤツが纏っていたのは、俺で言う装甲。パワードスーツか、あるいは同類か。ともかく、身体を技術の鎧で覆っていた。黒がベースの、いかつい鎧だ。


製薬会社かいしゃの手先か? それとも野良か?」


「……」


 俺の誰何すいかに、返答はない。俺自身も、わかってはいた。こんなやり取りに、まったくもって意味は無い。ハッキリしているのは。


「自衛のためだ。悪く思うな」


「仕方ないね。キミに反省を促すダンスでも踊っておけば良かったかな」


 背後からは共犯者の声。訳のわからないことを言っているが、逃げる気はないらしい。プライドか。それとも、逃げるほうが厄介とでも睨んでいるのか。それはさておき、彼女の声を合図に、俺は奥歯を噛んだ。一瞬の閃光。そして装甲。


「何者かは知らんが、掛かって来い。相手になってやる」


 努めて強く、俺は謎の装甲戦士に言い放った。

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