第34話 奥間②

 一同が呆気あっけに取られる。


「それと交換で話は聞いてやる」


「 …… セフェクさん、何を仰っているんです?」


「セフェク、もしかしてずっと電スカ見てたの?」


「ああ、面白いぞ! オレのいた世界では見たことがない! 欲しいぞ!」


 セフェクは意図せず玩具おもちゃ売り場に差し掛かった子供のように目を輝かせ、そこに駆け引きなどはなく、素直な欲望を伝えているようだ。


「オレらの扱いに困っているんだろう? 大人しくイチと外に出て行くから、その奇妙な板をくれよ。ここの国のルールだ何だはオレらには関係のない話だ。誤解の無いように伝えておくが友好的な意味でな。ルールなどはその国の社会バランスの統制の為であろう? この国からしてみれば突然湧いて出たオレが、利を与えるでも、害を及ぼすでもなく、ただ外に出るだけなのだからこの国の社会バランスに影響しようもない。故にオレらに構う必要もないだろう?」


「やっぱり相変わらずの自己主張を話し始めた …… 」


「トットット、真っ直ぐで気持ちが良いわい」


「おう、その通りだ。オレも初めから言うように外にほおって終わりで良い訳よ」


「そんな簡単には! 宮司、もう少し …… その …… 調べたり …… 」


「その許可証とやらをもらって終わりだ。これ以上に荒立てる気もない」


「トットット、では、一つ良いかの? この電スカはワシの愛用じゃ。そこの『いこる』に手を加えてもらった限定品でな、オンリーワンの品物じゃ。それを手放すには、値する条件を加えさせて欲しい」


「なんだ? 聞いてやる」


「譲るのではなく、返しに来てもらいたい」


「はっは! 原型は問わねぇんだろ?」


「トットット、構わんよ」


「良い、成立だ」


「まとまっちゃったね …… 」


 セフェクは八千矛より電スカを譲り受け、デバイスからの認証を委譲されると、その場で早速遊び始めた。


「ット、話は進みつつも根幹を崩しかねない本題に入ろうかの」


「はい」


「イチのこれからについてじゃが、来週の認定試験に挑むに値するかの見定めになるが、それには試験当日の試験官である問答もんどを呼んでおいた」


「イチくん、よろしく」


 これまで端に座り、声を発する事のなかったその者がイチへ向け挨拶をした。『四書ししょ 問答もんど』、来週に控える試験当日の試験官である。白髪はくはつで初老といった見た目ではあるが、姿勢良く、痩せ型でシュッとしている。片眼鏡が特徴的でいかにもインテリジェンスといった具合だ。


「よろしくお願いします」


 イチはかしこまりながら挨拶に答える。


「では、後は任せるとするかの」


「かしこまりました。早速ですが、イチくん。来週の認定試験は変わりなく受けるお気持ちですかな?」


「はい」


「では、惟神じんの基本習得は終えているか、もしくは終えられそうという事ですね?」


「はい」


「よろしい。では偽りのないものとして受け入れます。少し場所を移しましょう。八門はちもん、お願いできますか?」


「はい」


 問答もんどが頼むと、八門はちもんはすぐさまその華奢きゃしゃな右腕を前へとかざす。


 —— TiTiTiチチチ


壱式開錠いちしきかいじょう!」


 指先に対して垂直に綺麗な円環法式が現れる。風圧は机に置かれていた書類などを散らばらない程度にバサバサと音をたてさせる。髪は揺らぐ程度であり、素人目でも惟神じんがとても安定しているのが分かる。


「 …… (前回の時は、惟神じんに当てられ辛そうだったが、今は呼吸も落ち着いている。イチ …… 手に入れたな)」


 開円はイチの方に目を向け、口元を緩ませた。


「皆さん、そこから動かないで下さい。囲います」


「ほぅ、寄せ名ありか」


 セフェクは電スカを止め、八門に注視した。


あかあお虚空の構図Void composition


 八門が唱えると、ふわりと空間に現れた装束を身に纏う。背後にはうっすらと八門のアラウザルが見える。正八面体のクリスタルのようなものだ。


問答もんどさん、で良いですね?」


「ああ、お願いするよ」


「では、移動します」


 イチとは違い、八門の惟神じんはアラウザルを呼び出してもなお空間は落ち着いていて、激しい風圧などは起きていない。


等活ノ門とうかつのもん!」


 そう唱えた瞬間に、それまでの几帳面に形取られた正八面体のような、美しく調和の取れた形とは対照的に、八門の目の前の地面から、アブクのようにボコボコと地獄のような血の池が沸き起こり、グロテスクに装飾が施された門が出現した。さらに奇妙なのは、このグロテスクな門は、どの人物から見ても全てが正面なのである。

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