第47話 避暑地の名所?へ

「鹿児島――と言うよりも、九州でも山の方に行けばもっときれいらしいけどね。あのときは一応、街の灯りが近くにあったから……記憶では、こちらの方がより鮮明だったような気がする」

「ふうん。望遠鏡があればいいのにね」

 公子のつぶやきに、一成が反応する。

「双眼鏡ならあるよ」

「あれはだめだ。おもちゃだよ。もうちょっといいやつ、買ってもらいな」

 試してみたことがあるらしく、秋山は即座に一成をたしなめた。

 すると、一成が落ち込んだ表情をしたように、公子の目には映った。

「ないよりは、いいかもしれない。貸してくれない?」

 だからというわけでもないが、一成に頼む公子。

「うん、いいよ」

「ありがと」

 笑顔で礼を言う公子に、一成は満足そうにしている。

「公子ちゃん、小学生にまで気を回さなくていいのに」

 秋山が小声で話しかけてきた。

「そうじゃないの」

 言って、もう一度、広がる風景を眺望する。

「いいところだね、一成君の住んでるとこ。コンクリートの建物やアスファルトに囲まれてると、緑がちょっとあるだけでも、羨ましくなっちゃう」

「お店の数が少ないのが、ちょっと不便だけどね」

 満更でもなさそうな一成。

「観光と農業と自然が一つになっているところは、ずっと変わらないでいるんだろうな。そんな気がする」

 そんな秋山に同調する公子。

「変わらないでほしい」

 強く、心の中でそう願う。


 朝ご飯を食べてから、すぐに出発の準備にかかった。

「駅に何時だったかしら?」

 秋山達を車で駅まで送るおばさんまで、時間が気になっているようで、そわそわしている。

「八時十一分、Kぶどう郷発に間に合うように」

「それならまだ、充分、間に合う」

 と言いつつも、雰囲気はあわただしい。たいていの者は普段より早く起きて頭がまだ覚めきってないためか、動作が緩慢なのである。

 ばたばたしたままワゴンに乗り込み、駅で降ろしてもらった。

「八分ある。ちょうどいい具合だよ」

 切符はもちろん、K里まで。最初に甲府で乗り換え、次にK淵沢でも乗り換え、ようやくK里に着く。所用時間は合計二時間二十分といったところ。

 列車内でお喋りする内に目が覚めたか、十時半過ぎにK里に着いたときには、全員、いつもの調子をほぼ取り戻していた。

「これからどうするって?」

 頼井が太陽の光に目を細めながら、秋山に尋ねた。

「最初は、駅のすぐ近くにある美術館。それからバスで、フィールドアスレチック、次にU森ってとこに行って、そこから、叔母さんに買い物を頼まれてるSまでは歩き。次も歩いて」

「ずいぶん歩くんだな」

「ガイドブックを信じれば、全体で約一時間二十分、徒歩だね」

 げんなりする頼井。

「で、最後にM村でオルゴール博物館。お昼は適当に」

 秋山が予定を話している間、公子は要の様子が気になっていた。表面上は元気そうだが、口数が減っているのは相変わらずなのだ。

(おかしいよ。昨日のワイン工場でのこと、まだ気にしている? 一成君が晩ご飯のとき、余計な話をしたもんね。それとも、修学旅行で星を見たっていう話、作り話だと感づいたとか……?)

 昨日から思い出しては原因を考える公子だが、今一つ、ぴんとこない。

(昨日、布団を敷くときだって、何かおかしかったような。カナちゃん、真っ先に端っこを取って、真ん中にユカが来るよう主張したよね……。これ、私と隣り合わせになりたくなかったから?)

 悩んでいると、周りの様子が目に入らなくなる。美術館での鑑賞は、急いで回ったのも理由であろうが、それ以上に公子はほとんど集中できなかった。

 それからも、遊びに集中できないでいた。要が他の友達とはよく言葉を交わすのに、自分に対しては必要以上には口を利かない。そう受け取れる瞬間が、何度も何度も公子に訪れる。

(どうしたらいいのか、分からない。もう謝ったのに。何度も謝ったら、かえっておかしくなる。私が秋山君のこと何とも思ってないって、カナちゃんは信じているはずなのに)

 こういう精神状態では、フィールドアスレチックなどという運動がうまく行くはずもない。靴だけ専用の物を借りたのだが、結果的に靴は無関係だった。何をするにしても、滑るわ落ちるわで、時間がかかってしまった。

「そろそろ昼ーっ」

 全員が出口にそろったところで、一番にクリアしていた頼井が、待ちくたびれたように言った。十二時三十分を少し回っていた。

 これからの予定では約四十分、歩くことになるので、隣接するレストランで昼食を済ませた。

 食べてすぐ動くのは健康によくないということで、結果的にアスレチック場を発ったのは、午後一時四十分頃になっていた。

 バスで一分だけ移動し、U森に到着。ヤマツツジやスズランが生い茂る中、景色を楽しみながら、標高一五〇〇メートル以上という頂を目指す。

 一成がいたからか、予定より少し遅れて、頂上に到着。展望台があって、どちらを向いても素晴らしい峰々の連なりが見渡せた。

「まさに絶景」

 感心する風の秋山。目の前には今、雲のかかったY連峰が開けている。

 ここからの眺めには、思い悩んでいた公子も心奪われた。

「風、気持ちいいっ」

「さすがにK里」

 よく分からない相づちを打った悠香。

 要と秋山が二人でいるのを見越して、公子は悠香に小さな声で話しかけた。

「ねえ、ユカ。カナちゃんの様子、おかしくない?」


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