第28話 注釈付きの告白

 なかなか、都合のいい日は見つからなかった。と言うのも、四月はばたばたと過ぎ去ったし、五月に入ると中間試験、そして修学旅行が控えているからだ。

「うーむ」

 うなっているのは悠香。喫茶店の白い丸テーブルの上には、手帳が三つが寄せ集められていた。開かれたページは、スケジュール欄。悠香の物と、公子のと、要のと。今日は久しぶりに、中学のときの三人組だけがそろった。

「だめだなあ。カナのとことうちらの修学旅行、ちょうど入れ替わりなのが、最大の問題よね。これですべてぱぁ、だわ」

「いっそのこと、六月にしてしまえば」

 公子の提案にも、首をひねる悠香。

「六月は雨が多いから、予定が立てにくい。嫌い」

「じゃあさ、七月」

 要が髪を揺らして言った。きれいにカールしている。

「七月は期末試験でしょうが」

「あ、そうか」

「もう、この話は後回しにしましょ。夏休みに入れば、どうにだってなるわ、きっと」

 公子はストローに唇を当てると、ジュースを一口飲んで、続けた。

「それより、折角そろったんだから、前みたいにお喋りしたいな」

「そうよねー。私、あんまり、キミちゃんと話せてなかったし」

 要はとけ始めたアイスクリームを口に運ぶ。

 二人の様子を見て、悠香は手帳を、音を立てて閉じた。

「わ、私の苦労がっ。……まあ、いいわ。それなら今は、遊びに行く計画は忘れた。ただし、夏休みに行くんなら、本格的な旅行にするわよ」

「それ、面白そうっ」

 はしゃぐ要。

「どこ行こう?」

「か・な・め・ちゃん? その話はもうしないの。お喋りするんだから」

「そ、そうだったね。キミちゃん、学校には慣れたの?」

「ええ。もう、すっかりね。秋山君とか頼井君、もちろん、ユカも、助けてくれるし」

「あ、思い出しちゃった。秋山君、クラス委員長になったんですって? 何だか忙しいみたいで、あんまり会ってくれないの」

 要にしては珍しく、声のトーンが落ちた。

(カナちゃんも秋山君のこと、本気だもんね)

 公子は気持ちを押し隠して、要に声をかける。

「本当に忙しそうよ。さっき言った修学旅行でも、クラスのまとめ役でしょ。先生から色々と指導されてるみたい」

「そうなの? もう嫌われたのかと思って」

「そんなことないって」

「あー、要」

 悠香が割って入った。

「前から聞きたいなあと思っていたんだけど……秋山君に、どんな打ち明け方したの? 私ゃ、喫茶店までついていって、影から見てたけど、さっぱり聞こえなかったもんで」

 途端に、要の顔は赤くなり、うつむいてしまった。

 公子だって、少しばかりどきどきして、悠香の方を見た。

(唐突に、何てことを)

「聞きたい」

 悠香の言葉の調子は強い。

「だってぇ……恥ずかしい」

「私達の他、誰も聞いてないって。誰にも言わないしさ」

「……本当?」

 意外に早く、話す気になったらしく、視線だけ上げた要。

「ほんとだって。ねえ、公子も約束できるよね。誰にも話さないって」

「え? う、うん。話さない」

 悠香に言われて、ついそう答えた公子。本心では、聞いてみたいのは公子もいっしょだ。むしろ、聞いてみたい気持ちは誰よりも強いかもしれない。

「じゃ、じゃあ言うけど……笑わないでよ」

 声が一段と小さくなった。それに相づちを打つ悠香。

「うんうん」

「あのとき、ほんとはね、恋人になってって言おうと思ってたの。実際、家を出るときはそう決心してたのよ」

 そこまで聞いて、公子はつばを飲み込んだ。

「それがね、喫茶店に入って、秋山君と向かい合わせに座った途端、頭の中がパニック状態になっちゃった。もう、何を喋っていいのか分からない。それどころか、顔もまともに見れなくて、とにかく、プレゼントを出して、必死に言葉を考えたの。それで出てきたのが」

「何?」

 悠香の顔は、少し笑みが浮かんでいる。当日、覗き見していたから、まざまざと記憶がよみがえるのだろう。

「『お友達からでいいから、付き合ってください』って」

「何とも、まあ」

 机に乗せるようにしていた上半身を起こして、悠香は椅子の背もたれに身を預けた。その横で、公子も内心、ほっと安堵の息をつく。

「カナちゃん、それで、秋山君の返事は?」

「うーんとね。『友達なら、今でもそうだよ』って言ったの。だから、私、急いで付け加えたわ。『二人きりでデート、してくれる?』って。そしたら秋山君、ちょっと考えたみたいだったけど、『うん、いいよ』って笑ってくれたから、うれしくなって」

「ふむ」

 一つうなずき、悠香は公子に耳打ちしてきた。

「秋山君、思っていた以上に、相当鈍いよ。頭いいのに、こういうことにはうといのかしら? どこまで本気で考えているやら」

 笑うに笑えない公子としては、曖昧にうなずくにとどめた。

「お友達以上には、なってないよね」

「や、やだぁ、ユカちゃんたらっ!」

 一層、頬を赤らめて、要は悠香の肩を叩いた。

「そんなの、とても無理だってばあ。やっと、二人きりで歩いていても、緊張しなくなった程度なんだから、私」

 楽しげに話す要を見ていると、ちょっぴりうらやましくなる反面、私と似たところあるなと思える公子。

(カナちゃんも三年かかって、ここまでたどり着いたんだ。私といっしょ。これ以上、私は進めないかもしれないけど)

 応援したい気持ちと、自分のための気持ちが、公子の中で交錯する。

「そうだわ、キミちゃん!」

「は、はい?」

 大声で呼ばれて、変な調子の返事をしてしまった。

「前の高校で、いい人、見つけた?」

「カナちゃんも、ユカと同じ質問してくるのね」

 心の中では動揺した公子だが、何とか取り繕って、受ける。

「そんな人、いないんだって」

 片方の肘をついていた悠香は、空いている手でお手上げのポーズをした。

「えー、ほんとに? だってだって、それなら、キミちゃん、三年間も好きな人、いないってことになるよ」

 指折り数える要。多分、要自身が秋山のことを好きだと宣言したあのときから数えたのだろう。

「誰もいない? 片想いの人でいいから」

「片想いの人なら……いる」

 これぐらいはいいかと、公子は口を滑らせた。

「え、誰、誰?」

「教えたげない」

「ずるーい! 私は言ったよ、あのとき」

「あれは自分から言い出したんでしょうが」

 悠香が横合いから釘を刺す。しかし、要は記憶にないらしい。

「そうだった? よく覚えていないけれど……とにかく、知りたいよ。ユカちゃんもそうでしょ?」

「別に。無理矢理に聞くのは悪いよ」

「知りたくないのお? 信じられないよ。――そっか、ユカちゃんは好きな人、いるもんね。他人のことにかまってられないとか」

「ばっ」

 立ち上がった悠香。けれども、店内にいた客数名の視線を引きつけたと気づいて、すぐに座り直した。

 こほんとせき払いをし、静かに口を開く悠香。

「えっとね、要。私が誰を好きだと思ってるのかな?」

「決まってるじゃない。頼井君でしょ?」

「言うと思ったわ……。だいぶ前に同じことを言われた覚えがあるけれど、そのときにも言った通り、私は理想が高いの!」

「けれど、口喧嘩しながらも、未だに離れず、仲いいってことは、それしかないよ。ねえ、キミちゃんもそう思うでしょう?」

「それは思う」

 大まじめにうなずく公子。実際のところ、頼井が悠香をどう思っているかはまるでつかめないけれど、悠香の方が頼井を気にしているのは確実だと、公子は考えている。

(頼井君は人気あるから、ぐずぐずしていたらどこかへ行っちゃうよ。女の子みんなに優しいもの。私も何度も励まされて、うれしかった)

 公子の感想も知らず、悠香は、

「幼馴染みとくっつくなんてつまんないの極地。断固、拒否する。恋をするなら、もっと美しく楽しいものがいい。私だって“女の子”したい!」

 と言うだけ言って、残っていたジュースを、ごくごくと一気に飲み干した。そんな悠香の言葉や態度を目の当たりにし、とりつく島もないわとばかりに、公子と要は目を合わせた。

(ひょっとしたら、ユカも結構、苦しんでいる? だったら、ファイト、だよ)

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