宿命の交差点

 あれからマナは美樹ちゃんと連絡を取り合ってるみたいだった。そして、


「日曜日に来られるって」

「美樹ちゃん独りじゃ危ないぞ。前の時だってラッキーみたいなものだったじゃないか」

「あれはジュンが入れてやらなっかたのが悪い」


 結果的にはそうだけど、こんな街に余所者の女子高生が、たとえ昼間であっても歩くのは賛成できないな。別にボクの下宿じゃなくてもファミレスとかの方が良くないか。


「それがね、どうしてもジュンの下宿にしてくれって言うのよね」

「どうして、そこまでこだわるのかな」

「頼む方の礼儀って言ってたよ」


 約束の時刻になりやって来たのだが、


「お、お父様に、お母様まで、どうして・・・」


 ビックリした。まさか三人連れで来るとは。マナのやつ、わざと隠してたな。そしたらマナは如才なく、


「玄関先ではなんですので、むさくるしいところで申し訳ありませんが、どうかお上がりください」


 また美香の御両親と差し向かいになる日が来るとは思わなかった。少し老けたかな。最後に会ったのは高二のお正月だったよな。


「先日は美樹が突然押し掛け、ご迷惑をおかけした事をお詫びします」

「それは構いませんが、どうなっているのですか」


 そこから話はあの時の話にならざらるを得なかった。できたら触れたくない話題だけど、今日はそれを聞くのが目的みたいなものだから逃げようがないよな。


「美香はもともと体の弱い子でしたが・・・」


 美香が小さい時に直面した難病は白血病だった。これも難治性だったらしく、化学療法だけでは治り切らず、骨髄移植まで必要としたそうだ。詳しい事はわからないけど、よく助かったものだ。もう完治したはずだったのだけど、


「病魔は美香を許してくれなかったのです」

「ま、まさか再発したとか」


 正確には再発でないらしいけど、小さい時に白血病も含めた癌治療を行った者は、二次癌と呼ばれるものが発生することがあると言うんだよ。


「美香は体調の変化を感じていたようで、それが段々と大きくなっていく不安と戦っていました」


 だから円山公園の占いに、


「親としては、誠にお恥ずかしい限りなのですが、美香の異変に気が付いたのは五月になってからでした」


 美香さんが病院を受診し検査の結果が判明したのですが、


「またもや白血病です。しかし美香には小さい時の白血病治療で限界まで化学療法剤が使われておりました。さらに再発した白血病のタイプも良くなく・・・」

「まさか美香はそれを悟って」


 ふと見ると御両親の目は真っ赤でした。


「美香は自分の将来が無い事を淡々と受け入れ、わたくしどもに最後のお願いをしたのです」


 美香が心配したのはボクの事。このまま将来の無い自分を捨て去ってもらうと決めたと言うんだよ。どうして、どうして、


「美香は氷室君の事を深く愛していました。愛するが故に、氷室君の美香への愛情を消し去って欲しいと頼まれたのです。その事により、一時的には氷室君は影響を受けるだろうが、必ず立ち直り、新しい恋人を作ってくれるはずだと」


 それがあの突然の転校と引っ越し。そこに美樹ちゃんが、


「姉は闘病生活に入ってからも、ひたすら淳兄ちゃんの事を想っています。出てくる話も、そればっかり。なのに、どんなに説得しても会おうとしないのです。それを見てるのが辛くて、辛くて・・・もう見てられません」


 そんなことに。ボクも胸が苦しくて、なんとか絞り出した言葉は、


「今は・・・」

「美香はそれでも病魔に立ち向かいました。この四年間、考えられるだけの治療を尽くしました。でも、それも限界です。今は最後の時を過ごしています」


 どうして、どうしてなんだよ。どうして独りで戦おうとするんだよ。恋人同士だったんだろ、美香にとってボクは運命の人だったんだろ。運命の人がどうして美香を見放さなきゃ、ならないんだよ。運命の人だから一緒に戦って、負けたって最後までいるのが美香の運命の人じゃないのかよ。


 愛する美香を病魔に奪われるのは悔しいさ。泣くよ、嘆くよ、落ち込むよ。恋だって二度と出来なくなるかもしれない。それがなんだって言うんだよ。それが美香を愛した証じゃないか。そこまで美香はボクを愛してなかったのか、ボクを信用していなかったのか。ボクへの愛は、その程度だったのかよ。


 人を愛するって、その人を最後の人って思うのじゃないのか。そりゃ、そうならない時も多いけど、愛してる間はそうだろうが。だいたいだぞ、自分の死んだ後まで心配するな。残された者は勝手にやるよ。そのまま誰も愛せなくなるのも勝手だろうが。


「ジュン」


 ボクは御両親と美樹ちゃんの前で怒鳴り散らしていたけど、マナの声に我に返った。これは怒りだろうか、愛情だろうか、悔しさだろうか。とにかく収まりのつかない感情がひたすら渦巻きまくっていた。マナは御両親たちをそっと返して、


「どうするの」

「行かないよ。美香とは二度と会わないと決めてるんだ」


 マナはお茶を淹れなおして、ポツリと、


「好きだったんだねぇ。ま、あれだけ落ち込んでたジュンを見てたから知ってたけどね」

「今はマナだ。マナ以外に誰も考えられない」


 マナは誰も手を出さなかったお茶菓子をつまみながら、


「こうやってジュンと暮らしていると、人ってこんなに相手を愛せるものだと思う時があるのよね。マナツが愛した分が倍返しで返ってくるんだもの。こんなこと、信じられる。もう受け止めきれないぐらいジュンには愛してもらってるもの」


 当たり前だ。マナはボクの最愛にして最高の女だ。まだまだ、こんなもんで足りるはずがないだろうが。


「ジュンに愛される女は幸せだよ。ホントにそう思う。美香さんもきっとそうだったからじゃない。ジュンの愛情を独り占めしてあの世に持っていくのがね」


 どういうことだ。


「自分でさっき言ってたじゃない。美香さん以外を愛せなくなるって」

「あれは、その、言葉の綾だ。そうなることもあり得るぐらいだ」


 マナは何かをどこか遠くを見るように、


「マナツは美香さんに感謝してる」


 どういうことだ、


「だって美香さんと続いていたら、ここにマナツはいないもの」


 いや、あの、それは結果論であって。


「今ごろは病院に張り付いてるじゃない。それも高三の時からずっとだよ。そんなところに、どうやってマナツが割り込めるのよ。ジュンとマナツが結ばれたのは、美香さんがあそこまで完璧に引いてくれたからだもの」


 マナ・・・


「病院は聞いておいた。ジュン、行くべきよ。美香さんの最後の時間を一緒に過ごしてあげなさい。それが運命の人であるジュンの使命」

「そんなことをしたらマナが・・・」


 マナはニコッと笑って、


「マナツは信じてるもの。ジュンが死ぬまで離さないって約束してくれたこと。ジュンは約束を破るような男じゃない。今行かないと一生後悔するよ」


 マナはしんみりと、


「もし美香さんと立場が入れ替わっていたら、強情張りまくっても最後に逢いたいと思うよ。だから行っておいで」


 やっぱりマナには勝てないか。美香との清算を済ませたら、すぐに帰って来る。

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