池西との対決

 夏休みが終わり駅に着いたら、


「おはようございます」


 なんと美香さんが出迎えに来てくれていた。


「さあ、参りましょう」


 なんとだよ。ボクの手を取って学校に向かうんだよ。夏休み中もあれこれカップル・アピールをしたけど、今朝のは全校にカップル宣言をしているようなもの。それが必要なのは理解しても、顔が赤くなるのをどうしようもない気分だった。美香さんは教室までその状態にして、


「今日のテスト頑張って下さい」


 二学期が明けるとすぐに始まるのが宿題考査。教室はボクと美香さんのカップル誕生に騒然としてたが、さすがに宿題考査は重要だから、粛々と取り組んでいた。その日の試験が終わった時に予想されていたことが起こった。池西がボクの机に歩み寄り、


「テメエふざけてんのか。オレの女に手え出しやがって」


 来るだろうと思っていたが、さっそくか。さてどう答えようかと考えていたら、美香さんがツカツカと歩み寄って来て、ボクと池西の前に割り込むように立ち塞がり、


「見てお分かりになりませんか。わたくしはあなたとではなく淳司さんと付き合っております」


 池西は顔を引きつらせながら、


「冗談もホドホドにして下さいな。なんで氷室なんかと。こいつはボッチの陰キャの劣等生や。こんなのが五十鈴さんと釣り合う訳ないやんか」

「わたくしは女であり、淳司さんは男です。他に釣り合いとして必要なものはございません」


 池西はそんな答えに納得するはずもなく、


「釣りあっているのは、それだけやんか。こいつは両親から捨てられたクズ野郎や。それだけで五十鈴さんの近づく資格なんかあらへん」


 えらい言われようだが、事実関係として間違ってないか。


「淳司さんが今の状況になったのは御両親の責任もあるかもしれませんが、淳司さんの責任ではございません。そんな淳司さんをクズと断定されるのは言葉が過ぎます」


 クラスのみんなは声一つあげずに美香さんと池西の会話に注目している。そうなっているのは美香さんの態度がいつもとまったく違うからだと思う。これまでどんなに池西が絡んでもやんわり断って来た美香さんじゃないからだ。


「それでもボクとこいつでは差があり過ぎやんか。顔だって不細工やし、運動かって、成績かって比べ物にならへんやんか。どうしてこんな奴を選ばなあかんのや」


 そう言って池西は美香さんに詰め寄って行った。これは拙いと思い、


「池西、いい加減にしろ」


 二人の間に割って入ろうとしたら、


「うるさいわ」


 突き飛ばされた。ここも悩んだのだが、空手の事は伏せたかったから、そのまま突き飛ばされることにした。ついでだから転んだんだけど、


「なにをなさいますか!」


 美香さんの顔色が変わっている。いつも冷静で穏やかな美香さんの目にに怒りが浮かんでいる。美人が怒ると本当に怖い顔になると聞いたことがあるけど、これがそうなのかと思うほどのド迫力。


「こんな弱虫の陰キャのボッチがボクよりエエと言うんか」

「答えるまでもありません。申し訳ありませんが、あなたには何の関心もございません。付け加えさせて頂けば、あなたの女などやらに一度たりともなった事はございません。これでも御納得頂けませんか!」


 立ち上がったボクは、再び美香さんと池西の間に割って入り、


「そういうことだ。美香さんは池西の彼女じゃなくボクの恋人だ。もうあきらめろ」


 すると美香さんはボクの手を見せつけるように取り、


「お話は終わりました。わたくしがあなたを選ばない事はこれまで何度もお伝えしたかと存じます」

「そんな事は許さへんで」

「わたくしが誰を愛そうがあなたには関係がございません。わたくしはあなたではなく淳司さんを選びました。さあ、淳司さん帰りましょうか」


 池西は顔をみると真っ赤になっている。するとボクに蹴りを入れてきた。たく、蹴るならサッカーボールにしとけ。それに蹴りまで入れて来るのは一線を超えてるぞ。さっき突き飛ばされて転んでおいたから正当防衛も成り立つはず。


 過剰防衛にならないように注意しないといけないな。まず蹴りを交わしといて、池西の背後に回り、背中を軽く押してやった。遅いんだよ。そんな蹴りはサッカーボールにしか通用しないよ。池西はたまらず転倒した。


 美香さんは倒れた池西の顔を見下ろした。美香さんは完全に怒ってるよ。怒ってるなんてものじゃない。冷ややかな声で、


「あなたの粗野な振舞は何も産み出さないどころか、多くの物を失うことになります。そんな事さえ、おわかりになりませんか」


 こ、怖い。怖すぎるぞ。美香さんの目は怒りから侮蔑に変わってるじゃないか。まるでゴミムシを見るような目だ。その視線を受けた池西だが赤いを通り越してドス黒い顔になり、


「このアマ、付け上がりやがって」


 立ち上がった池西は怒鳴り声を上げながら、憤怒の形相で美香さんに突進してきた。その勢いにクラスの中で、


『キャァ~』


 こんな黄色い悲鳴が上がった。池西は逆上して何も見えていない。ボクは美香さんの前に素早く回り込んで立った。池西は好都合とばかりにボクに殴り掛かってきた。温いパンチだな。池西の右の拳を受け止めると、そのまま手首を捻り、池西の体を反転させ、さっきより強めに腰を押してやった。


『ガッシャン、ガラガラ』


 突き飛ばされた池西は机に突っ込んで行った。ちょっとやり過ぎたかな。あれだけの勢いで美香さんに殴り掛かったのだから、これぐらいは許容範囲のはず。とはいえまた来るよな。叩きのめすのは簡単だが、やりすぎは良くないものな。どうしようかと困っていたら、


「見苦しいで。五十鈴さんは池西を選ばんと氷室を選んだって言うのが聞こえへんのか」

「そうやそうや、勝手に彼女扱いされたら困るって言うてるやんか」

「美香さんにまで暴力を揮うって最低」

「そうよ、信じられない。クズ野郎は池西君よ」


 逆上のあまり美香さんまで手を出そうとしたのが致命傷だろう。そこまでやればクラスの世論の反発を買う。さすがの池西もその空気に耐え切れず教室からフラフラと出て行った。この日の出来事はクラスだけではなく学校中にすぐに広がった。


「淳司さん、さすがでしたね」


 あははは、美香さんにはバレてたか。


「いえ、皆様、すでにご存じですよ。波濤館の師範代補佐ですもの」


 えっと思ったけど、波濤館はとにかくマナの勇名が轟きすぎて、ボクのことも知らないうちに広まっていたようだ。だから美香さんとのカップルを見ても、


「淳司さんに挑もうなどとは、身の程知らずも良いところでございます」


 だからあれだけ何も言われなかったのか。下手に絡むと何されるかわからないぐらいかな。生まれて初めてそんな目で見られたかもしれない。これが良い事か悪い事か微妙だけど、美香さんを守れたから結果オーライぐらいかな。


 そうであれば、少しだけだが池西を見直した。あいつも美香さんが本当に好きだったんだろうな。それこそ決死の覚悟で挑んで来たのかもしれない。いや、そうじゃなくてボッチで陰キャでひ弱な男の先入観が強すぎたのかもしれない。


 だったら最初に突き飛ばされたのは良くなかったかもな。あれで池西もボクはやっぱり大したことはないと舐めてしまったのかもしれない。結果としては大差ないか。ただ、そうであれば、最後は池西は暴力に訴えると美香さんは計算していたのか。


「淳司さん、申し訳ありませんでした。今日は虎の威を借りる狐をやらせて頂きました」


 なるほど。だからあれだけ強気だったのか。それぐらい鬱憤は溜まってたんだろうな。あの目は本当に怖かったもの。もっとも池西も池西で、あそこまで言われても執着するのは度を越えてるよ。だから、あんな目に遭うぐらいしか言いようがないな。


「だからボクを相手に選んだのか」

「それもあったのは否定しませんが、それだけではございません」

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