内燃機関小説短編集「虹を越えて」

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VOL.01 パパの想い出 Daddy’s Memory

 最近、月の石を収めたアメリカ館がすごい人気らしい。毎日テレビでは何時間待ちとか言って、施設を取り囲むように長く伸びた行列のことを放送している。


 僕は小学校3年生。この間、初めて小学校の社会見学で万博に行ってきた。当然、人気のアメリカ館なんて入れるわけもなく、並ばなくてもいい施設をいくつか見学してきただけだった。

 でも、太陽の塔にはびっくりした。それ自体もすごい迫力だったけど、中の展示にも驚かされた。


 意味はよくわからなかったけれど、『生命の樹』とかいう名前の、生態系や宇宙を現した造形物になぜだか興奮してしまった。


 もっと万博に行きたいなあと思っていたら、ある日、我が家に自動車がやってきた。 いつもテレビのコマーシャルで見ていたやつだ。


 パパはその日からやけに上機嫌。会社から帰ると、真っ先に自動車のそばへ行く。

 何だか、はしゃいでいる子どもみたいで面白い。


「Aタイプエンジン。ツインキャブ。OHV」とか、嬉しそうにパパは言ってくるけれど、何のことか僕はちんぷんかんぷん。


 でも、クーペとかいう格好と、青いボディに入った細いストライプは僕も大好きだ。ママも不思議そうだけど、何だかにこにこしている。


 天気のいい日曜日はいつもドライブだ。


 大きな川沿いの土手を走って、海へ行くのがいつものコース。


 とっても自転車じゃ登れないような坂道を抜けて、学校の飯盒炊爨で行ったピクニックセンターや、

 羊がいっぱいいる牧場にもみんなで一緒に出かけた。


 いつもママがお弁当を作ってくれた。景色を見ながら、大好きなタマゴ焼きが入ったお弁当を食べるのも、僕のお気に入りだ。


 僕はいつもパパの隣の助手席に乗る。本当は運転席がいいけれど、免許がとれるようになるまでちょっと我慢。


 早く乗りたいなあ。


「最高速は160キロも出るんだぞ」て、パパは自慢そうに言っていたけれど、どんなに速いのかは、本当はよくわからない。だって、新幹線より遅いんだもん。


 そんなことを考えていたら、目の前にコーナーが迫ってきた。

 パパは、ブレーキングしながらアクセルを吹かしつつ、チェックのシャツをまくり上げた太い腕でシフトノブを動かした。ハンドルを素早く動かし逆ハンで、悲鳴を上げているリアタイヤを滑らかにコントロールしてみせた。


 何だか、隣で運転しているパパのことが、いつもよりすごく格好よく見えて、

僕はとても誇らしかった。

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