♯4

 メイはこれで話は終わりとでも言うかのように口を閉ざして黙り込む。


「えっと、その魔女が君ってことでいいのかな?」

「は? 何を聞いてたのかしら。そんなわけないじゃない」


 テオの言葉にメイは馬鹿にしたようにそう言った。


「よく考えてみなさい。私がその魔女だとしたら相手がどう思っていたかなんかわかるわけないじゃない

 確かにそれはその鳥だと思うがしかし、第三者にしてもそれは同じことを言えるのではないか。テオがそんな風に思っているとメイが説明してくれる。


「二人はその思いを日記に記していたのよ。そんな恥ずかしい日記を夫婦間で見せ合うなんてことはないわよね」


 ここまで言えばわかるわよねと言った様子でメイはテオの言葉を待つ。テオは少し考え、夫婦という言葉から一つの可能性に思い至る。


「もしかして君はその二人の娘なのか?」

「あら? 思ったより頭は回るようね。そのとおりよ。話の二人の子どもが私よ」


 メイが二人の子どもなら二人の日記を盗み見る機会があっただろう。いや、でも待てよ? 


「人形じゃ日記は読めないよね」

「ああああ、もう! 私は人間だと言っているでしょ! あなたやっぱりバカだわ、大バカよ! いいわよ、その証拠をみせてあげる。私を背負って部屋をでなさい!」


 どこからそんな大声が出るのかというくらいにメイは喚いた。断ったらこのまま喚き続けそうなのでテオは仕方なくメイを背負って部屋を出た。

 メイが指定した部屋は端から2番目の部屋で丁度メイがいた部屋の逆側の部屋だった。そこは何も置かれていない空き部屋だった。メイは絨毯を剥がしなさいと指示し、テオは仕方なくそれに従って絨毯をはがしていった。すると一つの引き戸が姿を現した。テオは命じられるまでもなく戸を開けとそこには下へ続く梯子があった。


「気づいているかは知らないけど部屋の広さは二階と一階じゃ一階のほうが狭くなっているのよ。この隙間を作るためにね。ここを下りれば地下だからお願いするわ」


 テオは文句を言いたくなったがどうにか抑えて苦労しながらもメイと一緒に梯子を下りて行った。

 地下に下りるなりテオは驚いてしまった。二十畳ぐらいの部屋には多くの本が置かれ、壁には何語とも言えない文字がびっしりと書かれていた。そして部屋の中央に魔法陣が描かれ、その上にガラス製の柩が置かれていた。

 自然とテオの足は柩に近づき、そのまま中を覗き込んだ。そこには金髪の少女が眠っていた。その少女の美しさにテオは思わず息をのむ。


「それが私よ。こうして自分の姿を見ると何とも不思議な感じね」


 そんな声が耳元からしてテオは我に返る。


「いったいどうして君はこんなことに?」

「……さっきの話には続きがあるのよ。ハッピーエンドで終わる現実はないのよ。あの後二人は結婚して私が生まれたわ。でもその後すぐに母は死んだわ。不治の病というやつね。父は母を助けようといろいろなものに手を出したわ。魔法にもね。それでも彼女を救うことはできなかったわ。それはそうよね。母の仲間の半数近くの死因はその病だったのだから」


 メイはテオの反応を待つように間をあけてから続きを話す。


「父は母が亡くなった後、すっかり変わってしまったわ。過保護になって私を外に出さなくなったし、より一層魔法にのめりこんでいったわ。今思えば私も同じ病にかかることを危惧していたんでしょうね」

「そしてその危惧が当たった?」

「ええ。二十歳を迎える前に私はベッドから動けなくなったわ。でも結局父は治療法を見つけることはできなかった。だから未来に託すことにしたのよ」


 そこまで話を聞けば大体のことは予想できたが魔法がどうとかはテオには信じられなかった。


「コールド・スリープ。父はそう呼んでいたわね。瞬間的に体温を氷点下に下げることにより一定の状態を維持するらしいわね。そして父がもう一つ行ったのが移魂術よ。魂を別の器に移す禁術ね。もともと老いた肉体を捨て若い肉体に乗り換えるものだけれど父はそれを無生物である人形に対して行ったの。たぶん父は移魂を繰り返さなくていいようにしてくれたのね。魂を剥されるのは想像以上にくるしいものだから。その後父はあっさり亡くなったわ。私をあの部屋に閉じ込めた後すぐにね」


 そうして彼女は人形の体になったということだろう。しかしテオは疑問があったので聞いてみた。


「その器、人形が壊れたらどうなるんだ?」

「……たぶんそっちの体に戻るんでしょうね。魂と肉体はつながっているから」


 テオは話を全て聞き終わると自分がどうするべきか考える。彼女を一体どうすればいいのか、仕事の報告はどうすればいいか。そのまま話しても信じてもらえる気もしない。


「テオ、一つお願いがあるのだけれどいいかしら」

「ん、ああ、うん、何?」


 考え事をしていたため半ばうわの空でテオはそう返す。


「私は生きていますって伝えてほしいのよ、依頼主に。たぶんそれを知りたくてあなたを寄こしたんでしょうから」

「ん、わかった。それは別にいいんだけどこっちからも一つお願いしてもいいかな」


 テオがお願いをし返してくるとは予想外だったようでメイは変な声を上げた。


「ふぇ、へ、変なお願いだったら噛みつくからね!」


 テオはそんな反応を見て覚悟を決めた。考えても答えが出ないなら思ったままに行動しろ。それも一つの教えだ。だからテオはそのまま口にする。


「ぼくと一緒に旅をしないか。記録商人の仕事を手伝ってほしいんだ」

「は? バカなのあなた」


 メイは率直にそう返した。そんなメイにテオは畳みかけるように言葉を紡ぐ。


「どうせここにいて暇だよね。なら自分で治療法を探したほうがいいんじゃないかな。僕が君の足になるからさ。それにさっきの語り、僕はとてもよかったしさ。ほら、僕とメイ、両方に利益があるいい話でしょ?」


 テオは振り返ってメイの顔を見る。残念ながら人形なので表情は読めないのだが。

 しばらくの沈黙の後メイは急に笑い出した。


「………くくっ、あははは、あなたって思った以上に大バカね。でも気に入ったわ。いいわよ。あなたについて行ってやろうじゃない。そのかわり私が体に戻るまでちゃんと責任を取ってもらうから覚悟しなさいよ!?」

「ああ、もちろん。僕も漢だからね」


 二人はそうしてしばらく笑いあった。そこには確かに絆のようなものを感じた。生まれたばかりでまだ頼りない繋がりが。

 そしてここから始まるのだ。本当の意味での僕の、いや僕らの旅が。テオはそんな風に思った。


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