第6話 占領

 火星の指導者カレルレンは、鬼神の如き奮戦で国連艦隊と各国の精鋭EAパイロットを葬った。

 ニューヨーク襲撃の報は、未だ復旧途中の通信網に乗って極めて断片的に伝わり始めた。警戒すべきは、軌道上に待機させられていた火星人を乗せた宇宙船団だった。火星側に戦争の意思があるならば、EA一機で暴れまわるだけで終わるはずがない。

 地球側の軍人や専門家の推測した火星側の戦争プランは、その多くが次の二つに大別できる。

 まず一つ目、世界各地の大都市、又は軍事施設に一部の宇宙船を突入させる質量攻撃を行う。地球側が短くとも数年から数十年間反撃できないように徹底的な破壊した後、火星に帰還する。

 そして二つ目、まず地球上の施設の破壊は最小限に留め、世界に三基しかない軌道エレベーター(フィリピン南東沖のパシフィック1、ジブラルタル沖のアトランティック1、カリブ海に浮かぶアトランティック2〉を占拠。そして少なくとも半分以上の宇宙船に衛星軌道を回遊させ、地球に丸ごと蓋をする。残りの宇宙船を用いて段階的に火星に帰還する。

 この二つの推測は手法は異なるものの、地球側の反撃を封じつつ故郷に帰還し完全な自給自足体制の構築を目指す、という点では一致している。その根拠の一つとして、火星人類と地球人類の圧倒的なマンパワーの差がある。火星人の少ない人口では地球人の反発を抑えきれず、例え狭い範囲であっても地表の占領体制の維持は不可能であると考えられるからだ。また火星人の故郷に対する執拗なまでの拘りに加え、火星環境に適応したが故に地球では生きづらいであろうことを考えれば、なおさらである。

 であれば、今の地球側にとって最も警戒すべきは一つ目の推測だった。では次に攻撃を受けるのはどこか? 限界まで加速した宇宙船が地上に突っ込んでくるのか? それとも宇宙船がEAを各地にばらまき自爆させるのか? それらを防ぎきれるのか?

 世界中が混乱状態の中でできうる限りの厳戒態勢を敷いた。レーダーがまともに使えないため、誰もが双眼鏡で、肉眼で上空を凝視し続けた。しかしいくら待っても最終戦争は始まらなかった。空はいつも通り穏やかで、街が火に包まれることもなかった。

 何故だ? ここが攻撃対象から外れただけか? 他の街はどうなった? それとも火星船団はまだ宇宙にいるのか? 

 緊張の糸を緩められないままさらに24時間以上経過し、世界通信網が限定的に復旧した。地球上のとある地域が最も強力かつ積極的に電波を発信し、情報に飢えた人々はそれを受信する他なかった。その日、世界中の人々がその映像を見た。映像の発信源は日本。映っていたのは火星人だった。

「地球の皆様。私の名はオキサイド。カレルレンに代わり火星政府の新たな指導者となった者です」

 色白の肌に切れ長の垂れ目、そして東洋の龍のような威圧的で神秘的な鹿角が頭部から二本生えている。どこかカレルレンの面影がある顔つきだった。

「今ここに宣言します。我々は日本列島を完全に占領しました。現時点をもって、日本の領土領海領空は火星政府の管轄となります」


 それは地球側のごく一部の者しか提唱しなかった可能性だった。すなわち、「先進工業地域を占領し、火星の経済が自立するまでに必要なリソースを死守する」。

 マーシアンは最も確実に火星復興を成し遂げられる道を選んだ。

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