第5話 起爆


 先の戦争での本格的な登場以来、戦争の在り方を変えてしまった人型兵器、EA。「科学技術制限条約」とも揶揄されるハノーファー条約の影響により、通常の兵器はそのパーツの大半が数世代前の水準の技術で構成される。それはひとえに、最先端技術で作られたパーツはハノーファー条約で開発と製造を禁止される水準のコンピュータ制御により初めて成り立つものであり、制御系が退化すれば、他のパーツも必然的にランクダウンしなければならなくなるからだ。対してEAはコンピュータではなくパイロットの神経系を含む全身を機体の制御系として利用するため、条約の制限をほとんど受けない。精巧な人型でなければならない代わりに人類の本来の科学力を発揮できる特殊兵器は、登場から間もなくして戦場を瞬く間に席巻した。

 だが、その時代の申し子を凌ぐものが、この日ニューヨークに現れた。

 ゴートのサイズは通常のEAとほぼ変わらず、おおまかなシルエットも人型ではあるが、口も耳も鼻も無く、細長いバイザーの眼が妖しく光っている。機体表面にリベット接合の箇所があれば20世紀中盤のSF映画に出てくるロボットのような印象になっていたかもしれない。それほどにシンプルで、異様で、驚異的な機体構造だった。

 人類は後に、ゴートを初の例として、通常とは異なる機体構造のEAをイレギュラータイプと呼称した。

 国連側のノーマルEA部隊は裁判所周辺にバラバラに配置されていた。当初は裁判所に繋がる大通りに全機をまるで儀仗兵の如くずらりと向かい合わせで整列させ、その間を容疑者カレルレンを乗せた車列が通るという演出が計画されていたが、路面が痛む等の理由で却下された。よってやむを得ず近くの広場や公園などの場所に、一ヶ所に一機から多くても三機程度のノーマルを分散配置した。

 結果として、彼らは各個撃破の憂き目にあった。ゴートの視界に写った機体は尽く怪光線を撃たれ、建物に身を隠した機体はビルごと串刺しになった。高層ビルが温いバターのように切り裂かれ、その下敷きになった機体もあった。ゴートに初めて目に見える形での損傷を与えた頃には、ニューヨークに配置されていたEAは、まともに動くことができるのは半数以下だった。

 だがちょうどその頃、2隻の軌道輸送機が2kmほど離れた場所に着陸し計8機のEAを展開した。輸送機の腹とEAの肩にはユニオンジャックが施されている。続いて別地点に日の丸、そしてトリコロール。さらに別の地点には五星紅旗……。

 ほとんど同じタイミングで、各国軍がEAの増援を送ったのである。もちろんこれは火星側の核融合電磁パルス攻撃によって衛星が破壊され、世界中の通信網が麻痺している最中のことである。EAを保有する複数の国の指導者、又は軍司令部はこの騒動を「火星側の襲撃」であり「ニューヨークに増援を送るべき」だと直感的に理解したのである。

 この時代には既に完成形に至っていた軌道輸送機は、従来の航空機とは異なり、むしろロケットのような弾道飛行で地球の裏側まで長くても三十分で到達できる。

 各国は示し合わせたわけではない。これは単なる偶然の一致であった。

 これは地球人類が一様に火星人類を敵視していたことの証明でもあった。

 かつて異星人とは創作物の中の存在だった。侵略者としての配役にせよ、友好的な仲間にせよ、いずれにしても空想の域を出ないものであった。しかし現実の世界でエイリアンメッセージという「現物」が発見され、さらには地球人類と肉体的・精神的に大きく異なる火星植民者を目にしたことで、異星人という単語の概念を覆っていた神秘のベールは剥がれ落ち、生々しい嫌な実感がぬるりと顔を出したのである。

 続々とニューヨークに集結した各国EA部隊は、他国のEA部隊をコンタクトを取りながら、驚くと同時に心の奥底で言い知れぬ感激を覚えていた。その感情は、各国部隊共同でゴートをニューヨーク郊外に攻め立てる過程でピークに達した。

 偶然現地に集まっただけのEA部隊が、自然と緊密な連携を保って組織的な戦闘を行ったのである。これはEAという枠組みを抜きにしても、歴史上初であった。彼らは歴史上初めて、真の意味で人種や肌の色、国籍といった境界線を超越したのであった。少なくとも、各国軍のEAパイロット達はその感動を噛み締めながら戦った。

 最初の増援が到着してから一時間余りが経過した頃には、ゴートは完全に郊外に追い立てられていた。増援EA部隊もそれなりに損耗していたが、遮蔽物の少ないこの場所では民間施設への流れ弾を気にする必要もなくなっていた。対してゴートは右腕を肩から斬り落とされ、左脚は煙や液体金属を吐きながらガクついている。頭部のバイザーアイから射出していた怪光線も、エネルギーを消耗したのかかなり頻度が減っている。もはや誰の目にも、どちらが優勢かは明らかだった。

 増援部隊はゴートを包囲し、降伏を呼びかけた。

 我々の団結を見たか。

 これ以上の戦闘は無意味だ。

 火星の不毛な大地に拘る必要など無いではないか。

 君達の覚悟は見せてもらった。

 だがもう十分だ。

 あんな極限の環境で過ごすからおかしくなるんだ。

 そうだ、お前達はおかしい。だがそれは罪ではない。カレルレン、君がおとなしく投降すれば他の火星植民者の命は保障する。火星など捨てて地球で共に暮らそう。そうすればきっと、

 十数秒間の沈黙の後、カレルレンは答えた。

「やはり相容れないのだな、私達は」

 ゴートを包囲する全てのEAの計測機器が警報を発した。すぐさま事態を察知したパイロットも何人かいたが、誰も間に合わなかった。

 その日、ニューヨーク郊外に核融合反応の火球が出現した。

 カレルレンはゴートの融合炉を暴走させ、自らの機体を一個の反応兵器とした。この自爆攻撃から生き残ったノーマルEAは全体の三割にも満たず、地球側は多くの精鋭パイロットを失った。

 

 

 


 

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