第19話 愛の女神様 拾弐

 夕焼け差し込む放課後の教室。そこには三人の生徒の姿があった。


 一人は安い笑みを引っ提げた少年。


 一人は少女とまがう程の整った顔を持つ少年。


 一人はこの学校の顔であり、十年以上も続く事件の被害者の少女。


 少女――安心院五十鈴改め、浅葱毬は不安そうな表情を浮かべる。


「来る、かしら……」


「さぁな。だが、来たくなるような文言で伝えた」


 確証は無い。けれど、来るような気がしている。


 好は窓枠に腰掛け、その時をじっと待つ。


 三人は何を話すでもなく、ただその場に居るだけ。話す雰囲気でも無ければ、気分でも無い。


 自分達がこれから何をするのか分かっているからこそ、空気は重い。


 無言の時が暫く続いた後、その時はやって来た。


 がらがらと音を立てて教室の扉が開かれた。


 そこには好と茨の担任である奥仲信治とその奥さんである奥仲毬が立っていた。


 奥仲毬の姿を見て、第一関門をクリアした事にほっと心中で安堵する。


 だが、此処からだ。まだ第一関門をクリアしただけで、何も終わってはいない。むしろ、ようやくスタートラインに立ったと言っても良い。本番は此処からだ。


「良く来てくださいました。以前もお会いしていますが、改めて。は法無好です。本日は御足労頂き、ありがとうございます」


 礼儀正しく、一つお辞儀をする好。


 それに合わせて、茨と浅葱毬も頭を下げる。


「それで、法無。俺達に見せたいものってなんだ? 結婚記念日とかはまだ先だけど……」


「それはご家族でお祝いしてください。最初に言っておきますが、今回はあまり楽しい話題ではございませんが、ご容赦ください」


「お、おう……」


 好の慇懃な態度に、多少面食らった様子の奥仲。奥仲毬も同様に、こちらの意図を計りかねるような表情を浮かべている。とぼけているのか、それともこちらの意図が分かっていないのか。


 おそらくは前者である事と仮定しながら、好は油断なく話を進める。


「では、お二人ともご着席ください。話はそれから」


 好は二人に着席を進め、自身は教卓へと回る。


 二人が座ってから少し間を置いてから口を開く。


「さて、では早速。お二人は愛の女神様と言う降霊術をご存知でしょうか?」


「そりゃあ、この街に居れば誰でも、なぁ……」


「え、ええ……私も、学生の頃にした事がありますし」


「話しが早くて助かります。では、愛の女神様の説明は省きましょう。大切なのは、愛の女神様が降霊術であり、人間の霊を呼び寄せる可能性が高いという点です」


「な、なぁ、法無。これ何の説明だ?」


「愛の女神様とその歴史に関する説明です」


「それ、俺達が呼ばれた理由と何か関係があるのか?」


「大有りです。むしろ、愛の女神様が主軸と言っても良いでしょう」


 ちらり。視線だけで奥仲毬を確認する。けれど、彼女はまだ困惑顔を続けている。


 最後まで白を切るのであればそれで良い。それならば、言い逃れが出来ない程までに証拠を並べれば良いだけなのだから。


「続けますね。愛の女神様が流行ったのは十年程前。そこから、緩やかに流行り始めました。そして、現在ではこの町において知らない人が居ない程に有名な占いになりました。とはいえ、こっくりさんとの違いはそんなにありません。地域によってどろけい・・・・という遊びがけいどろ・・・・と呼ばれたり、大富豪と言うゲームが地域によってルールが違ったりといったような違いしかありません」


「まぁ、やってる事はこっくりさんと変わらいないからな」


「ええ。平たく言えば地方版こっくりさん。そこに大きな違いはありません。では何故、これほどまで浸透したのか」


「誰かが真似してやり始めたのが広がっちまっただけなんじゃ無いのか?」


「そういう事例も多いでしょう。ですが、愛の女神様に限って言えば、意図的に広められたものです」


「え? そうなのか?」


「ええ」


 断言する好に、奥仲は驚いた様子だけれど、大袈裟に驚くといった様子では無い。


 話を聞いて、そんな事実があるのかと納得と驚きがない交ぜになっているような驚き方だ。


 奥仲毬も驚いたような顔はしているけれど、それ以上の反応を見せない。


 自身の推理が間違えているのかと勘ぐってしまう弱気をぐっと抑え込む。


大丈夫だ、何度も頭の中でシミュレートした。この推理で間違いは無いはずだ。自信を持て、法無好。


「先生はご存知ですか? 秀星高校の文化祭で、かつて愛の女神様と言う催し物が会った事を」


「あー、確かにそんなのあったって聞いたなぁ。評判良かったみたいだけど、一回しか開催しなかったんだよなぁ」


「そうみたいですね。ですが、それは発案者の考えた筋書き通りの結末です。この企画の発案者は、元々愛の女神様を一年限りで終わらせるつもりだったんですよ」


「そうなのか?」


「はい。この企画の発案者は佐崎智則。十三年前にこの学校の屋上で自殺した秀星高校の教師です」


 ぴくり。


 一瞬だけ反応を示した。相手が示した反応を、好は見逃さなかった。


 焦るな。ゆっくりと、着実に、追い詰めていけ。


「奥仲さんは佐崎智則とは面識があったのではないですか? 確か、秀星のOGですよね? 年の頃も一致してますし」


「俺、じゃないか。毬さん、どうなんだ?」


「ええ、まぁ。授業を受けてはいました。そんなに話をした事は無いですけど。被っていた時期も一年だけですし」


 面識がある。それだけ聞ければ、好には充分だった。


「どんな人物だったかは今は良いでしょう。人伝に聞いた話では、佐崎智則は真面目で仕事熱心な教師だったそうですね。自殺の前日も、特にこれと言っておかしな点は見当たらなかったみたいです」


「そうですね。優しくて、気さくな方でした」


 惜しい人を亡くした。そんな表情で、奥仲毬は言う。


「その佐崎智則が文化祭で愛の女神様を企画した。その理由に、心当たりはありませんか? 確か、生徒会にも入っていて、文化祭実行委員にもなっていましたよね?」


「さぁ……愛の女神様があったのは私が卒業した後ですから。それに、その頃は勉強で忙しくて、それどころでは無かったので……」


「そうですか。では、此処からは私の推理にもならない憶測になりますので、話半分にでも聞いてください」


「なぁ、法無。これ、本当になんの話なんだ? 俺達に関係があるようには思えないんだが……」


「最後まで聞けば全て分かりますよ。ですので、どうか最後まで聞いて欲しいです」


「あ、ああ……」


 真剣な眼差しの好に押され、奥仲は頷く。


「まず、愛の女神様を企画したのは佐崎智則で間違いはありません。企画案にはその名前がしっかりと載っていましたので。ただ、企画をした時期がおかしいんです」


「おかしい? 愛の女神様は十年くらい前から流行ってたんだろ? 時期としてはぴったりじゃないか」


「十年前は流行り始めです。佐崎智則が亡くなった十三年前は恐らく一部のオカルト好き以外は知らないくらいの流行り方だったはずです。そんな時期に、わざわざ名前の知れ渡っていない愛の女神様を使って文化祭の催し物を行おうとするでしょうか?」


「言われてみれば……」


「先見の明というにはあまりに無理があります。世間を騒がせる程のオカルトブームはとうに過ぎています。流行らせようと画策しなければ、この手の話題はこうも流行らない。流行る事を見越した、もしくは流行らせる事も含めて企画の一部だった可能性が高いです」


「と言うと、愛の女神様っていう占いを流行らせた張本人は、佐崎智則って事になるのか?」


「私はそう睨んでます。オカルト好きという噂も無く、真面目な人物が、なんの突拍子もなく愛の女神様という占いと同名の企画を立ち上げるとは思えません」


「たまたまっていう可能性もあるのでは?」


「それも否定できません。けれど、考えても見てください。文化祭の企画で愛の女神様というタイトルにするよりは、秀星の女神様や美の女神様、というコンセプトに合わせた題名にしませんか?」


 愛の女神様は当時の企画書を見た限りではミスコンと同じような内容だった。そして、浅葱毬や森宮伊鶴に確認もしたところ、好きに衣服を着飾り、特技や様々なお題に答えると言った定番の物だった。そこに、愛が絡む余地は無かった。


「愛の女神様の参加者にして優勝者である森宮伊鶴さんにプログラム内容を確認しました。結果、その中に愛に関するようなお題などはありませんでした。もし仮に愛の女神様に関係が無いのであれば、誰かがこの題名を変えた事でしょう。けれど、そうはならなかった。皆がこのお題に乗っかった。女神様という字面だけを見れば、ミスコンとして機能するからです」


「なるほどな。けど、それじゃあなんで佐崎智則はそんな企画を作ったんだ? 通年の企画として考えたなら分かるけど、結果的に一年しか開催してない訳だろ? まぁ、愛の女神様は実際に残っちゃいるが……」


 言って、奥仲は安心院五十鈴を見る。


「奥仲先生から見て、愛の女神様はどう見えますか?」


「どうって……真面目で、人当たりが良くて、模範的な生徒だな」


「奥仲先生は秀星は長いですよね?」


「ああ、五年勤めてる」


「彼女の一代前の愛の女神様、古郡聡子はどうでしたか?」


「どうって……真面目で、人当たりが良くて…………」


 そこまで言って、何かに気付いたように目を見開く奥仲。


「そう、彼女達は細部は違えども、大まかな印象が同じなんです。優しく、真面目で、人当たりが良く、誰にでも平等に接する。大勢を博愛するという意味であれば、彼女達は正しく愛の女神様なんです」


 愛の女神様は当代の愛の女神様が次代を選ぶ。それは奥仲だけではなく、この学校の関係者全員が知っていてもおかしくは無い情報だ。


「まったくとは言えなくとも、大まかに同じ印象を抱かせても違和感の無い人物像。それを作るのが愛の女神様の目的です」


「それは、なんのために……?」


 奥仲の質問に、好は一度瞑目し、小さく息を吐く。


 大丈夫だ。私ならやれる。やってみせろ、法無好ホームズ


「自分が誰かを演じる時に一から人物像を作るよりも、ある程度他の者がイメージを固めている者の方が演じやすい。自分がその人物を演じていたのであれば、なおさらです」


 好は真っ直ぐに奥仲毬を見据える。


「これは、元々貴方が書いた筋書きだ。愛の女神様とは貴方が生き続けるためのシステムだ。そうでしょう? 奥仲毬さん。いや、佐崎智則」


 奥仲毬は好の視線を受け止める。


「……愛の女神様が十年続いて、当代の愛の女神様と怪異探偵と名高い貴方が居て、もしやとは思いました」


 にこりと、奥仲毬は微笑む。


「いやはや、十三年。長かったですね。ようやく種明かしが出来て嬉しいですよ」


 その言葉は、好の言葉に対する答えだ。


 三人に動揺は無い。あるのは、奥仲ただ一人だ。


「え、いや……何を言っているんだ? どういうことだ、法無?」


「言葉通りです。彼女は奥仲毬ではありません。身体はそうかもしれないですが、その中身は違います。十三年前に自身で人生を終わらせた男、佐崎智則です」


「わ、訳が分からない! その佐崎智則は十三年前に死んでるんだろ!?」


「ええ、死んでます」


「ならどうして毬さんが佐崎智則って事になる!? 中身ってなんなんだ! もっと分かるように説明してくれ!!」


 状況に着いて行けずにがなる奥仲に、好は冷静さを保ちつつ説明をする。


「では、かみ砕いて説明しましょう。まず、愛の女神様。これは、こっくりさんと同じで占いとして知られていますが、その実やっている事は降霊術です。つまり、霊を呼ぶ行為です」


「それと何の関係が……?」


「まずは、愛の女神様が降霊術であると認識してください。次に、十三年前の出来事についてです。十三年前、佐崎智則はこの学校の屋上で自殺をした。自殺の理由などは先程も言った通り不明ですが、推測は出来ます。当時、この学校では愛の女神様が流行り始めだった。当時、浅葱毬さんも幾度か愛の女神様を行っていました。その内の最後の一回。この一回だけ、佐崎智則が仕組んだものだったんです」


 佐崎智則は否定も肯定もしない。ずっと薄く笑って好の言葉を待っている。


 何か策があるのか、あるいはこの状況を楽しんでいるのか。


「浅葱毬さん達が愛の女神様をしているタイミングで、佐崎智則は自死を計る。そして、彼女達の行う愛の女神様に呼ばれる。最後に、浅葱毬さんが降霊術の最中に指を離すように仕向ける。そうする事で、彼女にとり憑く事が出来る。短くまとめるとこんな感じです」


 本来であれば、そうなっているはずだ。けれど、佐崎智則はとり憑くだけに終わらなかった。浅葱毬の魂を身体の外へと追いやり、自身がその身体の主導権を握る事に成功している。


 それは、降霊術の域を超えている。


 けれど、それ以外は今ので説明がついている。自信を持って、今度こそ宣言する。


「以上の事を貴方は行った。結果、貴方は浅葱毬としての人生を手に入れた。もう一度言いましょう。貴方は奥仲毬じゃない。貴方は、佐崎智則だ」


 好の言葉に、奥仲毬。いや、佐崎智則は変わらず笑みを浮かべて答える。


「さっきから私は、一度だって貴方の言葉を否定してはいませんよ?」


 それが、好に対する答えでは無い事は分かっている。


 それは、奥仲信治に向けた答えだった。


「そ、んな……」


 驚愕、困惑、動揺。今、奥仲の心の中では様々な感情が渦巻いている事だろう。


 けれど、申し訳無いけれどこれからが本番だ。


「それで? どうするの? 私を裁く? 果たして、法律が役に立つかしら?」


「確かに、私の言う事は証拠足りえないでしょう。全て世迷言と片付けられるはずです。だからこそ、取引といきませんか?」


「取引?」


「ええ。貴方に、愛の女神様の地位を返上します」

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