第5章 ツーリングデートと恋愛お約束条項②
翌日。今日は金曜日――放課後は生徒会執行部の定例会議だ。俺と美月は二度目、そして柏にとっては最後の。
その会議もこれと言った問題がなく、終わりつつある。
「……他に議題がある人はいますか?」
議長を務める柑奈さんが全員を見回して言う。誰も口を開かない。
「……それでは、今日の会議はこれで終了にします。お疲れ様でした」
「お疲れ様でした」
「お疲れ様でした」
幾つかの声が重なる。どの声にも張りがない。多分、俺も。
柏にとってはクラスではなく生徒会執行部がホームなんだろう。だからこっちではお別れ会的なものをするのかと思っていたが、あくまで柏は普段通りを望んだ。
結果、いつも通り会議をして、そのまま解散ということになっている。
「……柏くん、今までありがとうね」
会議が終わって重く沈んだ空気の中、最初に口を開いたのは柑奈さんだった。生徒会長という立場から、自分からという気持ちもあったのかも知れない。
「いえ、僕の方こそお世話になりました」
「……なあ、柏。やはり今からでもどこか皆で行かないか? 最期の日にいつも通り会議をして終わりは寂しいだろう」
これは副会長の若林さんだ。
「ありがとうございます、副会長。けど、このままで」
「そうか……」
「今までお世話になりました」
「いや、あんまり先輩らしいことをしてやれなくて無念に思っている」
「そんなことありませんよ。会長と副会長の生徒会執行部ですから。短い間でしたけど、楽しかったです」
「私は~?」
「勿論ムードメーカーの田切先輩がいての執行部ですよ。お世話になりました」
「うん。転校先でも仲間を見つけて楽しみな」
「はい。ありがとうございます」
田切さんに頭を下げた柏は、同学年の阿樹さんに目を向ける。しかし意外にも先に口を開いたのは阿樹さんの方だった。
「……お元気で」
「ありがとう。阿樹さんも。姫崎くんは噂と違って話しやすくていい奴だから、困ったことがあったら同学年のメンバーとして頼るといいよ」
「――ちょっと待ておい。噂ってなんだ」
「聞くかい?」
唐突な言葉に思わず待ったをかけると、柏は楽しそうに笑う。
「……やめとく」
「ふふ、他のクラスメイトとも仲良くなったそっちから聞き出すといいよ」
「おう……またな、柏」
「うん。また」
そう言って柏は最期に美月へ向き直る。
「我妻さんには僕の後任をお願いすることになって――碌に引き継ぎもできずに申し訳ないと思ってる」
「いえいえー。私は私で役得あるんで全然オッケーですよー」
そう言って笑う美月の顔は少し大人びて見えた。
「でも柏先輩。柏先輩はオッケーじゃないです。いけません」
美月は――いや、これは美月さんモードなのか? 柏に告げる。
「柏先輩が寂しい気持ちは良くわかります。辛くなっちゃうからお別れ会はーって気持ちも。でも寂しいのは行ってしまう柏先輩だけじゃないです。残される方だって悲しいですよー?」
言いながら、美月は柑奈さんを指さす。彼女はもう悲しくて悲しくて仕方ないという顔をしていた。
「私は新しくできた先輩ともう会えないんだーぐらいですけど、深町先輩や副会長にとっては可愛がってた後輩がいなくなっちゃうんですよ?」
「――心外だなぁ。名前が出ないなんて。私も可愛がってたんだけどなぁ」
「勿論です☆ 忘れてた訳じゃないですよー」
重い雰囲気になりすぎないように気を遣ったのか、戯けた様子で茶々を入れる田切さん。美月も空気を読んで大袈裟に敬礼してみせる。
「あと私的には、センパイの唯一の柏先輩がいなくなっちゃうのが可哀想」
「唯一て」
「他にいるんですか?」
「……黙秘権を行使する」
俺がそう言うと、美月はにんまりと笑った。
「とまあそんな訳なので、お別れ会はしないにしても皆で写真ぐらいは撮りましょうよ」
美月がそう言うが、柏は黙ったまま。困ったような顔で俺を見る。
「……こいつなりの惜しみ方なんだよ。付き合ってやってくれ」
「……君にそう言われたら敵わないな」
「はいはーい。それじゃあ先輩方、窓際に寄ってくださーい。入口側からザ・生徒会って感じで撮りましょう! 撮影は不肖私が」
持ち前のテンションと押しの強さで仕切り始める美月。泣き出しそうな柑奈さんも辛そうな若林さんも、飄々とした田切さんも表情から心境が覗えない阿樹さんも全員従う。勿論、柏本人も。
従わなかったのは俺だけだ。
「美月、お前も写真入れ」
「え? でもそしたら誰が撮影するんですか?」
「俺」
「センパイ唯一のお友達の写真ですよ? センパイが入らないでどうするんですか」
「いいんだ、俺は――な、柏?」
「うん――我妻さん、良かったら一緒に写ってくれないかな」
「え、でも――」
「いいから、ほら」
言って美月の肩を押してやる。すると納得がいかないといった顔をしながらも、柏たちの方へ向かう。
俺はスマホを取り出し、全員が並ぶのを待つ。
「真ん中は柏センパイですよねー。左右は会長の深町先輩と副会長で、ちょっとしゃがんでもらえますか? 田切先輩と阿樹先輩、私は後ろで」
こういう時に仕切れるのいい性格だよな。頼もしい。
「センパイ、オッケーです! 可愛く撮ってくださいね!」
「お前は主役じゃねえんだから大人しくしてろ」
「可愛く撮ってくれきゃ嫌ですよ?」
「ごめんな。俺のスマホのカメラ正直だからさ、多分お前だけ可愛く撮れないわ」
「酷い!!」
「はいチーズ」
「早い!!」
美月がぎゃーぎゃー五月蠅いが、そんな美月と俺のやり取りに全員が笑ったところでシャッターを切る。
「はいオッケーっす。ライングループに上げとくんで、各自保存ってことで」
「センパイ待って、もう一枚! 私今絶対目つぶってました!」
「うるせぇな……柏はお前の目が開いてようが閉じてようが気にしねえよ」
「しますよ! ……ねえ柏先輩、私もちゃんと写ってた方がいいですよね?」
「姫崎くん、あんまり意地悪しちゃ可哀想だよ」
美月に泣きつかれた柏が困ったように言う。
「柏が言うなら仕方ねえな――お前ちゃんと柏に礼言えよ?」
「ありがとうございますっ!!」
「何から何まで全力過ぎる……」
戦いたのは若林さんか。すみませんね、やかましいやつで。
「先輩たちももう一回付き合ってください。はい笑ってー」
全員の笑顔を確認してぱしゃり。フォルダーから今し方撮ったものを表示させて確認――うん、全員いい顔だ。
「私目開いてました?」
「大丈夫だから心配するな」
俺はそのままその写真を生徒会執行部のグループラインに送信する。
そして。
「我妻さん、ありがとう」
柏が美月に礼を言う。多分、柏も本当はこれぐらいの思い出は作っていきたかったのだろう。この礼は、きっとそれが叶ったからのものだ。
「いえいえ。時々写真見て私のことも忘れないようにしてくださいね!」
「君のこと忘れるのは難しそうだよ」
「なら良かったです。お元気で!」
「うん。美月さんもお元気で」
柏は美月にそう言って、
「――さて、このままここにいたら泣いてしまいそうだ。お先に失礼します」
「――柏くん、元気でね」
最期に柑奈さんがそう声をかける。
「ありがとうございます。みんな、ありがとう」
そう言って柏が生徒会室から出て行く。
「さようなら」
柏が最期に残した言葉に返せる言葉を持つメンバーはいなかった。代わりに手を振り、あるいは微笑んで――俺たちは柏を見送った。
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