第3章 生徒会と恋愛お約束条項⑥

 翌朝、登校するなり柏が話しかけてきた。


「おはよう、姫崎くん」


「おお、おはよう」


「早速だけど、昨日の件――あの形でOKだよ。我妻さんが名目上の庶務という形で信任投票をしてもらうことになった。姫崎くんは有志メンバーって形で協力して欲しい」


「おお、そうか――今日は生徒会室で報告じゃないんだな?」


「気にしているかなと思ってね。とりあえずの報告さ。できれば今日も昼休みに我妻さんと生徒会室に来て欲しい。正式に会長から話してもらって、それでグループラインとか、当面の仕事の話とかしてもらうからさ」


「心得た。美月と一緒に行くよ」


 頷くと、柏はありがとう、よろしくねと言った後で、


「これは会長は報われそうにないかな?」


「……柏もそうだと思うか?」


 そうに色んな意味を込めて言ったつもりだ。柏はうんと頷き、


「昨日の会長を見ていればわかるよ。あんなに君の言葉に一喜一憂していたらね。会長には随分世話になったからね、恩返しのつもりでああいう提案をしてみたけど――余計なお世話だったかな? 会長の勝ち目は薄そうだ」


「どうなんだろうな……今までモテたためしなんてないのに急に女子と接する機会が増えてな、困惑してる」


「会長のあの様子じゃきっと以前からだよ。昨日今日君が気になり始めたって訳じゃなさそうだ。まあ、あんな出会い方をしたら女子は参ってしまうかもね」


 昨日明かした話を思い出したのか、柏がからかうように言う。


「柏だって同じ状況だったら声ぐらいかけるだろ?」


「多分ね。でも僕なら救急車か――でなければ家の人を呼んで――到着を待ってさよならかな」


「大して変わらないような」


「大いに違うと思うよ。僕なら家が近所と言われても、よほどしつこく頼まれたりしない限りは家まで送ろうとは思わないよ、きっと。そこが姫崎くんのらしさなんじゃないかな。会長も我妻さんも君のそういうところに惹かれているんじゃない?」


「……そうかぁ?」


 美月の方は半分意地って感じがしなくもないが。


「多分ね。いやぁ、複数の女子に好かれるなんて同じ男子高校生と実に羨ましい。僕も転校先むこうに行ったら姫崎くんを見習ってみようかな」


「じゃあまず二輪の免許からだな」


「それも面白いかもね。もしもの時は君に色々聞いてもいいかな?」


「ああ。わかることなら教えてやれる」


「ありがとう。代わりに僕も生徒会の仕事を教えてあげるよ」


「そいつはありがたいな」


 柏とそんな話をしていると、始業前の予鈴が鳴った。


「――それじゃあ姫崎くん、また後で」


「ああ、よろしくな」




   ◇ ◇ ◇




 昼休み。


 中庭に寄って美月と合流し、連れ立って生徒会室に向かう。


 その最中、美月が口を尖らせて言った。


「誤算がありました」


「あん?」


「こうも毎日お昼休みに呼ばれるとは」


「あー……」


「センパイと二人きりのラブ・ハピネス・ワンダフル・ラブ・ランチタイムが取れません」


「小学生のオリジナル必殺技か」


「アモーレ・フェリチタ・ブラビッシモ・アモーレ・プランゾが」


「イタリア語でオリ技作る小学生はちょっと見ないなぁ」


「|ソノ・プリジョニエーロ・デル・トゥ・アモーレ《私はあなたの愛の虜です》」


「……すまん、アモーレ以外は全然わからん」


「愛が伝わってれば十分ですよー」


「……面倒くせえ」


 取りあえず端的な感想を述べ、


「毎日呼ばれるのは今だけじゃないか?」


「だといいんですけどねー。ほら、昨日深町先輩が言ってたじゃないですか。いつでも訪ねてきてもらって構わないし、繁忙期でなければ悩み相談も受けるって」


「……ああ、言ってたな」


「もしかして生徒会役員は昼休み生徒会室に常駐しなければいけないのでは……?」


「……あー」


 その可能性はゼロじゃないかも知れない――が。


「多分毎日いるのは柑奈さんだけじゃないかな?」


「と言うと?」


「柏が毎日生徒会室に行っている印象がない」


「なんで昼休みは中庭でぼっち飯してたセンパイがそんなことわかるんですか?」


「中庭でご飯食べてる、で良かったよな? ぼっち強調する意味なかったよな?」


「……愛故に」


「お前それ言っとけば乗り切れると思ってんじゃねえぞ」


 隣を歩く美月の頭に手刀を落とす。


「痛っ……初チョップ! 今日は私たちの初チョップ記念日ですね!」


「そんな不穏な響きの記念日を作るのは良くないと思う」


 力の抜けることを言う美月にそう言って、


「柏がさ、水筒持ってきてんだよ。それで生徒会室なら飲み物は自由利くみたいなんだよな。柑奈さん、俺にコーヒー淹れてくれたろ?」


「インスタントですけどねー」


「いいだろ、それは。そんなところに対抗意識持つなよ……普段から生徒会室で食べてるなら飲み物はそっちで済ます手もあるじゃん。それをしてないってことは……」


「熱いものが嫌とか?」


「それなら水出しの麦茶でも作っておけばいいじゃん。冷蔵庫も使えるんだから……とにかく毎日はないだろ。当番制もなさそうなんだよな。これだけ行っているのにまだ柑奈さんと柏しか見てないし」


「だといいんですけど。特に明日は……」


 明日は水曜――美月の弁当をご馳走になる日だ。その時間を二人で過ごしたいということなのだろう。


 俺としても柑奈さんや柏に美月に弁当を作ってもらうことを知られるのは構わないが、それを食べているところを見られるのは中々にハードルが高い。


 かと言って弁当はなし、と言うのは作った弁当を俺に食べさせるのを楽しみにしている美月が少々可哀想だ。


 ……まあ、俺もちょっとだけ残念だ。


「昼休みのことは今日聞いてみるよ。明日は中庭で食べる方向にしよう」


「センパイ……そんなに私のお弁当が食べたいんですね? もう明日の朝と言わず今晩から腕を奮っちゃいますよ!」


「オッケーグーグル、あめあめ坊主の作り方教えて」


「大好きなバイク通学を犠牲にしてまで!? 言っておきますけど貴重な週一のチャンスですからね、雨天決行ですよー。雨が降ったら合羽持ってきてくださいね?」


 雨の中合羽着てまで中庭で弁当食う気か? こいつは……


 そんなシュール過ぎる光景の当事者として校内から観測されるのはご免だ。てるてる坊主はないにしても、明日は晴れるように祈っておこう。


「あー、でも雨なら一緒に帰ってくれるんですよね? それはむしろ捗りますね」


「捗らんでいい」


「相合い傘、濡れないようにくっついて歩く私とセンパイ……触れ合う肩、頬を赤く染めて見つめ合う二人! そんな二人を包む雨音……じゅるり、ヘイshiri、あめあめ坊主の作り方教えて!」


「悪かった、な?」


 俺は省みることができる男なので謝ることにした。




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