第3章 生徒会と恋愛お約束条項④

「なんか難しい顔してますねー」


 放課後、下駄箱で俺を待ち構えていた美月は俺の顔を見るなりそんなことを言った。


 どうせいるだろうと予感していたのでそれそのものには驚かないが、


「……腑に落ちないことはある」


「まぁまぁ伺いましょう!」


 美月は通せんぼする形で俺の前に立ち、手を中庭の方へ向けた。


「……バイトまでだぞ」


「はいです♡」


 ニコッと微笑んでみせる美月。


「……無駄に可愛いのが腹立つんだよなぁ」


「腹が立つとは心外ですねー。可愛いカリカノのスマイルですよー?」


 言いながら美月はその場でターンしてみせる。


「いいから、ほら、行かねえなら帰るぞ」


「ノーリアクション!? まさかこれが噂に聞く倦怠期……?」


「倦怠もなにも熱愛の時期さえまだ訪れてないわけだが」


「センパイは私がだんだん好きになーる」


「お疲れ。また明日な」


「中庭行きましょう! ベンチ大好き!!」


「最初からそう言えばいいんだよ」


「センパイが腹立つとか言うから」


「事実だしな。仕方ないな」


「まさかのマジトーン? おかしいな、今の私は結構センパイの好み押さえてるはずなんですけど」


 歩き始める俺に美月は「あれぇ?」と首を傾げながら着いてくる。だから腹が立つのだとも言えず、美月を伴って中庭に向かった。




   ◇ ◇ ◇




「どっちがいい?」


 ベンチに腰掛けると、俺は途中の自販で勝った紙パックの飲料二つを美月に見せる。


「――いいんですか?」


「ああ」


 一つはコーヒー牛乳で、もう一つはフルーツ牛乳。隣に座った美月はさほど悩む仕草を見せずに、


「ありがとうございます。じゃあこちらをいただきますね」


 そう言ってフルーツ牛乳を手にした。ストローを指して口をつけると、嬉しそうに言う。


「センパイからの初めてのプレゼント、嬉しいです。空いた容器は持って帰って飾っておきますね?」


「重いし痛い! カビが生えるから飲んだら捨てろ」


「冗談ですよー」


「お前が言うと冗談に聞こえないんだよ……」


「で、何が腑に落ちないんです?」


 なんなんだ、その切り返しは。


「美月と話してるとなんか疲れるよ」


「そんな馬鹿な。私はこんなにもセンパイを癒やしたいのに!」


「お前マジ楽しそうで羨ましいわ……」


「で、何が腑に落ちないんです?」


 スルーか。


 ……まあいいや。


 俺は隣の美月に昼休みの――というか諸々の疑問を投げかける。


「いよいよお前の行動原理がわからん」


「そうですか? 私的にはシンプルなつもりですけど」


「俺に選択肢を持たせた上で自分を選んでもらいたい――だっけか?」


「いいえ? センパイの幸せです」


「……お前は俺の保護者か」


「一時はそこまで行かずとも近い境地に立っていましたねー」


 何故かしみじみと、美月。


「十年も好きでいたらそりゃあ幸せになって欲しいって願うようにもなりますよ」


「世の中を見てるとそういう風に思えないタイプも多そうだけどな」


「私はそう思うんです」


「辛い思いもしただろうに、ねじ曲がってないのはお前のいいところだよな」


 そう言うと美月は急に頬を赤くした。


「――そういう不意打ちは良くないと思います!」


「普通に褒めただけど」


「それが不意打ちだって言ってるんですよー。甘い空気作ってくれてからでないと、心の準備が! もう、お持ち帰りでもするつもりですか!」


「いや? そこそこに切り上げてバイトに行くつもりだけど」


「そうでした! センパイの馬鹿!」


 何故罵られた……?


 俺の疑問を余所に美月はパタパタと自分の顔を仰ぎつつ、


「……センパイの自発的な選択で私を選んで欲しいっていうのは至高目標ですけど、絶対ではないです。有り得ないとは思いますけど、私よりセンパイを幸せにできそうだなーってヒトがいて、センパイとそのヒトが愛し合うようなことになれば邪魔はしませんよ。センパイがそのヒトと上手くいくようにお手伝いしたっていいくらいです」


「……愛が壮大だ……」


「きゅんとしました? ときめいてくれていいんですよ?」


「どちらかというときゅんと言うよりずぅんって感じだ」


「……酷くないですか?」


「妥当だろ」


「弄ばれる私、可哀想……」


「人聞き悪いこと言わないでくれるかな!?」


「どうどう。私が可愛いからってそんなに興奮したらダメですよ?」


 くっそ面倒くせえ……!


「取りあえずお前を嫁にする男はいろいろ大変だろうよ」


「嫁と言えばオトコノコって嫁にしたいとか言うじゃないですかー。センパイは私をお嫁さんにしたくないんですか?」


「男子が言う『嫁にしたい』はなんつうかもっとスピリチュアルだったりプラトニックなもんじゃねえか? お前に言ったが最後明日には役所から結婚届もらってきそうで怖いんだよ」


「――でも否定はしませんね?」


 にやり、と美月が口角をあげる。この野郎……


「ところでセンパイの疑問は解決したんです?」


「全然してない」


「……じゃあなんでお話脱線させるんですか。ちゃんとお話ししましょう?」


「お前が脱線させてんだよ!」


「――って思うじゃないですかー? 今日の私は特に脱線させたりしてないんですよー、これが。センパイの話に乗ってるだけで」


 ……ほんとだ!


「センパイは私に謝るべきじゃないかなって」


 美月が意地悪く微笑む。


「お前調子乗るなよ?」


「私が好きな先輩は自分の非を認めずにカリカノを威嚇するような人じゃないって信じてます。きらきらー」


「……上目遣いに自分で効果音つける奴、初めて見た」


「私も初めての技です。きらきらー」


「……悪かったよ」


 すごく屈辱的な気持ちでそう言うと、美月は満足げに微笑んだ。




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