第11話 ナポリタン


 商店街にやって来た。

 この辺に住む人達の休日といえばこの商店街らしい。何度か来たけど確かにいろいろと揃っている。

 電車に乗って都会に出るという選択肢もあるのだろうけど、少なくとも今日の俺にはなかった。


「何か食べたいものある?」


 昼時よりは少し早い時間だが、ゴールデンウィークともなればその時間は混むだろうから、少し時間をズラそうという考えである。


「何でもいいですよ。あ、でも酸っぱいのはいやです」


「あんまり選択肢には入ってこないと思うけど」


「悠一さんは何か食べたいものないですか?」


「ねえなー」


 わりと何でもいいタイプである。

 好き嫌いは特にない、と思う。少なくとも今まで口にしてきたものの中にはなかった。


「デートなんですから、レディをエスコートしてもらわないと!」


「俺はレディの意見を聞き入れるタイプのジェントルマンなんだ」


「うわー、屁理屈だ」


 予想通りに本日も商店街は人で溢れている。いろんな店があるから店自体の混み具合はそこまでだろうけど、行き交う人を見ていると出歩く気が失せてくる。こりゃ残りのゴールデンウィークは引きこもりだな。


「じゃああそこにしましょ」


 花恋ちゃんが指差したのは喫茶店だった。


「矢田珈琲?」


 聞いたことありそうでない。

 喫茶店といえば珈琲とかケーキとかのイメージが強いけど、確かに軽食とか置いてたりするしな。


「ここでいいの?」


「はい。ダメですか?」


 にこりと笑って答えた花恋ちゃんは、俺の顔を覗き込んで様子を伺ってくる。


「いや、そんなことはないけど。なんか意外な提案だったから」


 言いながら方向を変えて歩き始めると花恋ちゃんも後ろをついてくる。


「意外、ですかね?」


「キャラ的な話じゃなくて、そもそも昼飯の選択肢の中に喫茶店ってのがなかったからさ」


「あー、そういうこと。このお店、ご飯も結構美味しいんですよ?」


「もしかして常連さん?」


「あたしというよりは月姉が、ですけど」


 この前はそんなこと一言も口にしてなかったのに。お気に入りのお店を俺に知られたくなかったのか? だとしたら残念だったな、今知ってしまった。


「いらっしゃいませ」


 店の中に入ると子柄な女店員が迎えてくれた。黒のロングスカートと白のロングシャツの大人しめな制服、店内には落ち着いたBGMが流れており、だからか騒がしく話すお客も見当たらない。

 読書とかするのにちょうどいい雰囲気の喫茶店だな。


「あんまり混んでないですね」


「まだ昼前だからかな。だとしたら狙い通りでラッキーだ」


 店員さんに席に案内される。

 置かれているメニューを眺めていると、二人分のお冷を持ってきてくれた。


「ちなみに」


 何にしようか悩んでいると花恋ちゃんが声を潜めながら言ってくる。静かな店内だからこそ、大声で話すことを躊躇ってしまうのだろう。


「おすすめはナポリタンですよ」


「へえー」


 メニューの中にあるナポリタンを見る。ナポリタンとあるが種類がいくつかあるようだ。トッピングなんかも選べるし、他のメニューに比べると扱いが良い。


「この店ってナポリタン推しなの?」


「まあ、そですね。他の料理も美味しいですけど、手の込み方はやっぱり一番だと思いますよ」


 サンドイッチやサラダ、バーガーの類も置いてある中でもナポリタンは目立つ。それ以外にもカレーや定食なんかも置いてあり、確かに料理への気合いの入り方はすごい。


「じゃ、俺はナポリタンにしようかな」


「あたしもそーします」


 ナポリタンの中にも種類がある。いろいろとあるけど、唐揚げナポリタンといういかにも子供が好きそうなメニューにしよう。子供の好きなものと好きなものを掛け合わせることにより最高のメニューになるだろうという安直な考えが見え透いている。そしてそれは正しい。

 こういうメニュー、大好きです。


「悠一さんは、子供の頃のことってあんまり覚えてないんですよね?」


 注文を済まし、一息ついていると花恋ちゃんがそんなことを言った。


「まあ、そうだね。朧気に、っていうのも躊躇うくらいにしか覚えてないかな」


「ですよねー」


 俺が答えると花恋ちゃんは残念そうに肩を落としながらそう言った。


「あたし、ほんとに楽しみだったんですよ? 悠一さんがこっちに来るって聞いて」


「それは、まあ申し訳ないとしか……そんなに仲良しだったわけ?」


 デリカシーのない質問だったと思った。花恋ちゃんはむうっと少しだけ頬を膨らませながらスマホを取り出しいじる。

 怒らせてしまったかな、と思ったけれど彼女はスマホを俺の方に向け画面を見せてきた。


「これ、誰だか分かります?」


「……」


 子供が二人。

 一人は黒い髪のツインテール。まだ小学生にもなってないくらいだろうか。幼いながら、どこか花恋ちゃんの面影がある。

 そしてもう片方。

 見間違えるはずもない。カメラ慣れしていないのか無愛想に照れる少年、というか幼児。


「俺、か」


「そうです。お察しのとおりあたしと悠一さんです。どうですか?」


「どうですかって?」


「仲良さげでしょ?」


「いや……」


 そうでもないだろ。

 確かに写真の中の花恋ちゃんは笑顔だ。けど俺はムッとしている。照れているだけなのか、それとも本当に良く思っていないのか、全く覚えていない。


「これを見ても、まだ思い出せませんか?」


「まあ、そだね」


 花恋ちゃんは過去最大級の溜め息を吐く。そこまでのことか?


「ということは、やっぱりあたしとの約束も覚えてないってことかあ」


「約束?」


 当然覚えがないのでそう聞き返すと、花恋ちゃんは唇を尖らせながらこちらを恨めしそうに睨んでくる。


「あたしと結婚してくれるって」


「はあ!?」


 思わず大声を出してしまう。店内の視線が一気にこちらに向いてしまう。俺は頭を下げて座り直す。


「け、結婚?」


「まあ、というのは冗談なんですけどね」


「質の悪い冗談だな、おい」


 過去の俺のジゴロっぷりに危うく引きかけたじゃないか。自分で自分を引くって中々ない経験だぜ。


「じゃあ、本当はなんなんだ?」


 花恋ちゃんは少し考えてから、悪戯に笑う。


「内緒です。今はまだ」


「え」


「がんばって思い出してください。朧気にも満たないような微かな記憶でも、覚えているなら思い出せますよ」


 そんなことを言う。

 正直言って思い出せる気がしない。ある出来事を思い出す時の感覚とは似ても似つかない状態だからだ。もし仮にヒントを出されたとしても、きっとピンとこない。

 しかし、そんなことを言われると気になってしまうのは好奇心を中に宿す人間の性だ。

 何か少しでも情報が欲しい、何かを聞かなければ、そんなことを考えていると、


「お待たせいたしましたー」


 店員さんが料理を運んできた。

 何とタイミングの悪いことだ。花恋ちゃんの方を見ると、にこりと笑ってこっちを見た。

 その笑顔は、この話はもう終わりとでも言っているようで、俺はそれ以上のことを聞くことはできなかった。

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