蒼穹

「シリカに伝道に赴くとは、ずいぶん無茶なことを言い出したものだな、ヴィハーン」


 バクトラの東の国境まで見送りに来た僧の一人が、呆れたように笑った。駱駝にまたがった青年僧ヴィハーンが、東を指さした。指の先には、残雪を載せた山並みがそびえ立っている。


「これからあの崑崙連峰を超え、まずは鵬蘭へ向かう」

「あの山には怪鳥グリュプスの巣があるというが、本当に大丈夫か」

「怪鳥に襲われるほどの法難に会うのなら、それでこそ旅をする甲斐があるというものさ」

「どうしてそんなに楽しそうなんだ?一体前世で何をすれば、それほど向こう見ずな男に育つのやら」


 友の言葉を聞き流しつつ、ヴィハーンは街道の脇に立っている石像に目をやった。厚い胸板に逞しい四肢、角ばった顎、しかしどこか寂しげな眼差し。バクトラ最高の名君と称えられたメナンドロスの像だ。この像を見るたび、ヴィハーンの胸の奥が不思議と高鳴る。


「前世のことなどどうでもいい。大事なことは、これから何を為すかだ」


 ヴィハーンは空を見上げた。鱗雲の浮かぶこの空は、遥かシリカにまで続いている。三千里の彼方にあるというかの国への道のりは困難なものになるだろう。だが、ヴィハーンの胸中は晴れやかだ。バクトラの王の道が途切れるそ先に、どうしても踏み出してみたかった。


(この先どこで倒れても、後悔はない)


 心の中でつぶやくと、ヴィハーンは駱駝に鞭を入れた。砂漠から吹き来る熱風が、頬に心地よかった。

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メナンドロス王の問い 左安倍虎 @saavedra

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