第6話

頬が痛い。間違いなく会心の一撃だ。


「……ってぇ。あんたよくもギルバートの顔を叩けるな」


「今は中身が殿下じゃないから問題ないわ」


ふんっと鼻息を吐いて平手打ちした右手をさするシャーロット。その視線は汚いものに触れてしまったとでも言いたげだ。


シャーロットの割り切り方はある意味凄い。こいつは真の意味でギルバートにしか興味がないのがありありと分かるからだ。


「魔法の知識を失っているのは百歩譲って仕方ないわ。でも能力までも退化していたなら、その時点で殿下を語るゴミとして本物の殿下が見つかるまで監禁して差し上げる」


「……そう言われても試してないから分からないな」


流石に体がギルバートのものだから大丈夫だとは思うが、ここで魔法に失敗したら確かにこの体がギルバートのものなのかも怪しくなってくる。そうなると本格的に本来のギルバートがどうなったのかも気になるし、俺自身も相当やばい。


「簡単な魔法だと証明にならないし……。

 そうね、この魔法が使えるならあなたの体は本物だと認めるわ」


そういうとシャーロットは突然指を鳴らした。

一瞬彼女の体が白く光るとふわりとその体が宙に浮く。


「なっ……何したんだ?」


「浮遊魔法よ。それなりに修練を積んだ魔法士でないと使えない上級魔法。本来なら王国魔法学院を卒業するレベルでないと扱えない代物だけど、私は幼い頃から教育を受けているから勿論使えるわ。

 そして、当然ギルバート殿下も扱えた」


パチンと再度指を鳴らすとシャーロットは足を地につけた。

初めて目の当たりにする魔法に思わず感心して言葉が出ないで呆然としていると、シャーロットが呆れた顔で話しかけてきた。


「何ぼーっとしているの。この程度、ギルバート殿下なら問題なく出来たのよ。

 さぁ、できるということを証明してみせて」


「いや、でもどうやったのかさえ分からないんだが」


さっき魔法の知識がないのは百歩譲って仕方ないっていってただろ。俺には知識さえないことを知っているくせにやり方も教えてもらえずに試せというのは無茶である。


「ああ、そう……やり方よね。

 簡単よ。魔法を使うのに必要なのは集中力とイメージ。呪文や魔法陣などを使って補助することで発動させる三流魔法士もいるけれど、具体的なイメージをもって魔法の発動を念じれば自ずと魔法が発現する」


「集中力とイメージって、まさに知識がない俺には出来ないじゃないか」


「……確かに私は浮遊魔法を使うのに一年かかったわ。自分の体を浮かせるイメージがうまく出来なかったから。

 だけど殿下は初めて浮遊魔法を試したその時に使えたの。あなたの体がギルバート殿下のものなら、知識がなくても問題なく使えるはずだわ」


マジか、ギルバート。

高飛車シャーロットが1年かかった魔法を一瞬で取得したとか化け物かよ。


「言い訳はいいから早くやって」


シャーロットは俺の話を完全には信用していないとは思っていたが、こんな無茶難題で試してくるとは予想外だ。面倒にも程がある。

だが、引き下がるわけにはいかない。


シャーロットは魔法は集中力とイメージだと言った。

集中しろ。頭のてっぺんから足の爪先まで、全身が宙に浮くように念じろ。

鉄の塊である飛行機がどうやって空を飛んでいるのか。ファンタジーものの作品でキャラクターはどうやって飛んでたか。

持てる限りの知恵を絞って、自分が浮かぶイメージを創造しろ。

出来ないとは思うな、ここは魔法が使えるファンタジー世界なのだから絶対に飛べる。


「……浮遊魔法」


呟かれた言葉に反応するように青い光が立ち込めるとふわりと体が宙に浮く。

なんだ。やれば出来るじゃないか、俺。


「……まさか本当に出来るなんて……」


有り得ないと言いたげなシャーロットにざまぁみろという気持ちを込めた笑みを向ける。当然氷のように冷え切った目を向けられたが、今回は俺に分がある。


「……そう。認めたくはないけど、ギルバート殿下の体というのは本当かもしれないわね」


「はは、知識がなくてもイメージだけで魔法が使えるなら俺にも結構才能があるんだよな。ギルバートの記憶がなくても問題ないじゃないか」


「調子に乗るんじゃないわ」


シャーロットはそれ以上言い返してこなかった。

少しだけ気分がいい。

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